第136話 留学生 アイティレ・フィルガラルガ(4)
「つまりだ。今度そいつが闇奴と戦った時に、俺がスプリガンとして姿を現す。そいつの目的が俺なら、『提督』は俺を攻撃してくるだろう。逆に俺が目的じゃなけりゃ、むやみに攻撃はしてこない。どうだ? これならそいつの真意を見極められるぜ」
「っ・・・・・・・・・・確かにそれならば『提督』の真意を推し量ることは出来ますが、あまりに危険です。『提督』の目的があなたの場合、あなたは『提督』と戦うことになるのですよ?」
影人の提案は、確かに提督の目的を明らかに出来るが、それは危険だとソレイユは感じていた。その提案を行った場合、影人は光導姫ランキング3位の実力者と戦うことになるからだ。
「その時はその時だろ。別に構いやしねえよ。舐めてるわけじゃねえが、光導姫に負ける気はしないぜ?」
「影人、『提督』はあなたが思っている以上に強いですよ。彼女は純粋な戦闘能力だけで言うならば、最強と謳われる光導姫です。あなたの性格上、慢心はしていないと思いますが、油断していると負ける可能性もないわけではありません」
「そこまでかよ?」
ソレイユの提督に対する評価に、影人は少し真面目なトーンでそう聞き返した。ランキングという意味では、この前4位の『巫女』の戦闘を観察したが、あまり脅威には感じなかった。
「もちろんです、光導姫ランキング3位は伊達ではありません。彼女は上位の闇人とも対等に渡り合える程の力を持った光導姫なのですから」
「ふーん・・・・・・・・・そいつは確かに厄介そうだな。だが、確かめない理由にはならねえな」
『提督』の強さを聞いても、影人はどこか他人事のようにそう言った。だからどうしたというのだ。もし戦うことになって負けそうになれば、すぐに撤退すればいい。
「・・・・・・・・本気なのですか影人」
ソレイユは影人の言葉を聞いて、影人が先ほど提案した考えを実行しようとしていると感じた。
「どっちにしろ確かめるなら早いほうがいいだろ。大丈夫、無茶はしねえよ。それに戦う可能性は低いと俺は考えてるしな」
「・・・・・・・・・・はあ~、分かりました。あなたの案に乗りましょう。あなたの言うとおり、『提督』の目的を確かめるにはその考えが1番効果があります」
ソレイユは不承不承といった感じで、影人の考えを受け入れる。リスクはあるが、ソレイユにも影人が提案した以上の考えはまだ思い浮かばないからだ。
「オーライだ。んじゃ、日時はお前に任せる。でも夜で頼むぜ。俺も学生だから昼間は休日以外満足に動けん」
「わかりました。――あ、もう帰ってしまうのですか影人」
「はあ? 当たり前だろ、話はもう終わったんだし。俺も今日は家に帰ってゆっくりしたいんだよ」
ゆっくりと床から立ち上がり、ソレイユに言葉を返す。そもそも今日は1日だらけるつもりであったのだ。影人はさっさと帰ってベッドに寝転がりたかった。
「そう、ですよね。最近はスプリガンのダミー活動をよく行ってもらっていましたし。すみません、では地上に送りますね」
ソレイユは慌てたように作り笑いを浮かべた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はあー」
ソレイユの様子を見て、影人は本当に心の底からため息をついた。全く、神なら嘘はもう少しうまくついてほしいものだ。
影人は再び温かな床に座り込むと、不機嫌そうに言葉を紡いだ。
「さっさとテーブルとイスでも出せよ。俺、紅茶は飲めないから冷たい緑茶でいいぞ。寂しがり屋」
「っ・・・・・・・・・・・何の事ですか? 私は寂しくなんてありませんよ! 影人は私とお茶がしたいんですね!? ふふふ、いいでしょう! 私は優しい神ですから、乗せられてあげます!」
「露骨にテンション上がってるじゃねえか・・・・・・・」
急に元気になった女神を見て、影人はやっぱり言うんじゃなかったと速効で後悔した。
「・・・・・・・・・・・・」
夜。アイティレはロシア本国から用意されたマンションのベランダから、月を見上げていた。
今日は1日風音に学校を案内してもらった。ある程度の施設の場所などは覚えたが、アイティレにしてみればここは外国なので文化的に戸惑うことは、これからあるだろう。
ただ、文化的に同じというか似ているところもある。例えば、家に帰れば靴を脱ぐという習慣だ。多くのヨーロッパ諸国やアメリカなどは、家に帰っても靴を脱がないが、ロシアでは靴を脱ぐ。そしてスリッパを履くのだ。
(風音には悪いことをしたな。私は彼女を騙しているのだから)
アイティレが日本にやってきた目的は留学ではない。留学はあくまで手段だ。彼女の本当の目的は別にある。
「・・・・・・・・・・・スプリガン、貴様は私が粛清する」
潔白な正義を掲げる光導姫は、赤い瞳を細めながらそう呟いた。




