第1282話 空と空(1)
「帰城影人を消した理由を・・・・・・?」
前『空』である女の言葉を聞いたシトュウは、その顔を疑問の色に染めた。
「ああ、そうだ。お前、世界改変の力を使って影人の存在を消しただろう。その理由は何だ? なぜ、ただの人間であったはずのあの子を、現在の『空』であるお前がわざわざ消した。吾にはそれが不可解だ」
女が『物作り屋』に頼んで、わざわざこの場所に戻って来た核心。女はその理由をシトュウに問いただした。
「確かに、私は少し前に帰城影人の存在を世界から消しましたが・・・・・・なぜ、あなたはまだ彼の事を覚えているのですか? 『空』の世界改変の力は、全ての存在に及ぶ。あなたといえど、例外ではないはずです」
「そうだな。吾も封印が解けた直後は影人の事を忘れていたよ。だが、色々疑問があったから、なけなしの『無』の力を使って、世界改変の力を消した。それだけだ」
「っ、あなたにまだそんな力が・・・・・・」
「言っただろ。なけなしだよ。吾の力は既にほとんど枯渇している。だからそこは安心しろよ」
女は軽く肩をすくめると、少し不思議そうな顔でシトュウにこう質問した。
「それよりも、お前がなぜ影人の名前を知っているんだ? お前たちにとって、たかだか人間の名前なんて覚えるだけ無駄だろう。それとも、影人が名乗ったか?」
「確かに、私が名を尋ねると彼は自身の名を名乗ってくれました。ですが・・・・・・帰城影人の名前は特別なのです。この真界において。何せ、彼は私たちですら完全に滅しきれなかったあなたを、ただの人間でありながら封じた者ですから」
女の質問にシトュウはそう答えた。そう。シトュウがあの時、影人の名前を聞いた時に反応したのは、影人が目の前の先代の『空』であった女を封じたからだ。地上世界に追放された女の気配が完全に消えた時、全知の力でその事を知ったシトュウは愕然とし、シトュウからその事を聞かされた他の真界の神々も驚愕した。
封じたのは帰城影人という人間。しかも当時は子供だった。ゆえに、真界の神々にとって、影人の名前は特別なのだ。帰城影人。その名前は唯一真界の神々にとって、刻まざるを得ない名前であり、そこには一種の畏怖の念があった。今はシトュウが世界改変の力を使ったので、シトュウ以外の真界の神々は帰城影人の存在を忘れているが。
「・・・・・・あなたの封印が解かれた理由も、今分かりました。私が帰城影人の存在を消したがために、彼があなたを封印したという事実も消えたのですね。そして、世界が彼の代わりにあなたを封じた代わりを探しても、その代わりはどうしても見つからなかった。その結果、あなたの封印は解かれた。・・・・・・『空』である私とした事が・・・・・・」
全知の力を使わずに、シトュウはその答えに辿り着いた。その答えに女は頷く。帰城影人の存在が消えて多少時間が経っていて、女がつい先ほど封印から解かれ、時間のラグがあったのは世界が影人の代わりを探していたためだろう。迂闊だった。影人の頼みを聞いてしまったために、女の封印は解かれてしまったのだ。シトュウは内心で自分を責めた。
「そういう事だ。まあ、力がほぼ無くなっても、吾を封じるなんて事は基本不可能だからな。影人が例外過ぎただけで。あの子以外に、吾を封じられる者などいるかよ」
少し不快げに女はそう吐き捨てると、こう言葉を続けた。
「それよりも、お前のさっきの言葉だ。シトュウ、あの子はお前に名を尋ねたと言ったな。つまり、影人はここに来たんだな。この『空の間』に」
「・・・・・・はい。彼は少し前に、何の前触れもなく、ふらりと私の前に現れました。通常、人間がこの世界に、この場所に入って来る事は出来ません。ですが、帰城影人はこの場所に来た。恐らく、あなたと関わりがあったからだと私は思っていましたが」
「あー、確か吾は封印される前に、影人の中にほんの少しだけ自分の魂の一部を滑り込ませたからな。なるほど、影人がこの場所に入って来れたのはそのためか」
シトュウの説明を聞いた女は同意するように頷いていた。女が影人の中に飛ばしたのは、本当にごく一部の小さな小さな魂のカケラだ。染み、あるいは影と称すべきような。その極小の魂のカケラにあった神性のようなものが、影人をこの世界に入る事を許可したのだろう。女はそう考えた。




