第126話 決着。新たな隣人(2)
「まるで意味が分からんッ・・・・・・・!」
ピンポンピンポンと隣の部屋――シェルディアが入って行った部屋のインターホンのボタンを連打しながら、影人は混乱していた。
時刻は午後7時半を少し過ぎたところなので、チャイムを連打したくらいで、他の住民から文句は言われることはないだろう。だが、他の住民に見られれば怪しいとは思われるかもしれない。
客観的に考えてみてほしい。顔の半分を前髪で覆われた男が、チャイムを連打している。まず関わってはいけないと思うのが普通だ。
今日という日は、影人が知らないだけで、実は陽華と明夜が日本最強の光導姫と闘っていたりした日なのだが、見た目陰キャ野郎はひたすらチャイムを連打していた。温度差で風邪引きそうである。
(嬢ちゃんが鍵を開けてこの部屋入ったってことは、答えはもう決まってるようなもんだが、何か、何か信じたくねえ・・・・・・・!)
その感覚が何故なのかは分からない。だがそれは、まさかの出来事に影人がまだ現実を受けきれていない、ということの1つの証明であった。
そしてすぐにドアが開かれて、シェルディアが中から顔を出した。
「? どうしたの影人。私としては、今の今でこんなに速く会いに来てくれるとは思っていなかったのだけれど」
「いや、どうしたのじゃねえよ!? どうして嬢ちゃんが俺の家の隣の部屋にいるんだよ!?」
キョトンとした顔のシェルディアに、影人は少し大きな声でそう言った。
「なぜって・・・・・・・・ここが私の滞在先だから」
「・・・・・・・・・・・・嬢ちゃん。俺はさっきの嬢ちゃんの悪戯っぽい笑顔を思い出した。俺が聞きたいのはそういうことじゃない。理由を教えてくれ」
とぼけたような顔のシェルディアを見て、影人はため息をつく。先ほどシェルディアが浮かべたあの表情は、影人の反応が楽しみだったからだろう。そうに違いない。
状況は未だに受け入れがたいし、混乱していることも変わりは無い。だが、それは一旦置いておく。影人が聞きたいのは、なぜシェルディアがこの部屋の主となったのかの理由だ。
「つまらないわね。もう少し慌てふためくあなたを見ていたかったのだけれど。まあ面白かったし、よしとしましょう」
金髪の少女は数秒で不満げな表情に変わると、チラリと影人を見た。
「とりあえず、サプライズだったかしら。それは成功ね」
「サプライズ? まさか、それが理由か・・・・・・・・・?」
信じられないといった感じで影人の口から言葉がこぼれる。自分を驚かせたいという理由だけで、シェルディアは部屋を借りたのか。いや、それ以前に金銭面はどうしたのだろう。部屋を借りるには敷金や礼金といった多大な金銭が必要だ。それにどのようにして子供のシェルディアが部屋を契約できたのか。影人の疑問は尽きなかった。
「色々気になるって顔ね、影人。まあ、そこは気にしないで。ちゃんと人間のルールに則って、この部屋は手に入れたから」
影人の考えを見透かしたように、シェルディアはそう言った。「人間のルールに則って」という表現は独特というか、普通は使わない表現だが、シェルディアという少女はそのような言葉を使うことが多い。そのような表現もシェルディアを不思議と思う要因の1つだ。
「ああ、後は理由ね。もちろんそれもあるけど、それだけじゃないわ」
「・・・・・・・・というと?」
気にしないで、とシェルディアに言われてしまったので、そのような面はもう何も言わない。おそらくシェルディアの両親がとてつもないお金持ちだとか、そういうことだろう。影人はそう納得した。
「あなたが気に入ったから」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
たっぷり5秒ほど沈黙して、影人は訳が分からないといった風に、言葉を絞り出した。先ほどシェルディアがこの部屋に消えていったときにも、沈黙して驚いたものだが、今のシェルディアが放った言葉はそれ以上に驚くべきものだった。
「俺を気に入った・・・・・・・・・・・・・?」
何だそれは。それが理由だというのか。
信じられないといった感じで、気がつけば影人は首を横に振っていた。
「あり・・・・・えないだろ。俺なんかの・・・・・・・・それだけのために・・・・・・・」
「いいえ、正しくそれが理由よ」
呆然とする影人に、シェルディアが言葉を投げかけた。
「誇っていいわ、帰城影人。あなたは私が興味を抱き、それでいて本当の意味で優しい人間よ。だから、私はここを滞在先に決めたの。まあ、コンシェルジュに電話したりと面倒ではあったけれどね」
「・・・・・・・・・・・・ははっ、何だよそれ」
ドヤ顔で胸を張るシェルディアを見たら、もう笑うしかなかった。
やはりこの少女はどこかずれている。だが、それがシェルディアという少女なのだと影人は改めて思い知った。
「・・・・・・そうか。なら、もう受け入れるしかねえか」
この少女は変わっている。それはもう疑いようのないことだ。
でなければ、自分などを気に入ったからという理由だけで、ここまでしないだろう。
「ええ、受け入れなさい」
「ああ。・・・・・・・・・母さんとかにも嬢ちゃんが隣人になったって伝えとく。じゃあ、また明日」
「ふふっ、そうね。また明日」
こうして、帰城家の隣に新たな隣人が増えたのであった。




