第11話 守護者(2)
「まったく今朝はひどい目にあった・・・・・」
昼休みを告げる鐘の音が鳴り響く中、影人は机に突っ伏していた。正直、体はまだ少し痛むが、まあ仕方が無いだろう。
「・・・・・購買行くか」
ため息一つ、影人は昼ご飯を求め購買に向かった。
普段、影人は弁当派なのだが、今日は母親がおかずがないと言っていたので、仕方なく購買だ。
風洛高校は学食があり、そのフロアに購買がある。フロアは一階なのだが、昼休みは大変混雑する。そんな事情も相まって影人は少し急いで学食へ向かった。
案の定、学食と購買のフロアは混雑していたが、影人はなんとか購買で焼きそばパンとサンドイッチを買うと、空いていたイスに座った。
水を汲んでくることを忘れていた影人は、セルフサービスの水を紙コップに汲むと、取って置いた席に戻った。
「げっ・・・・・」
「おや、君は・・・・」
だが、席に戻ると対面には香乃宮光司が座っていた。長机に置かれている光司の昼食を見ると、学食で一番高い洋風ステーキセットだった。お値段なんと1980円である。悔しいがさすが金持ちだ。
けっ、金持ちめと心の中で毒づきながら、影人は辺りを見回した。だが残念ながら他の席は全て埋まっていた。
仕方なく影人は水を置いて光司の前に座った。そしてそのまま、手を合わせて焼きそばパンを頬張る。
「今朝は大丈夫だったかい?」
「・・・・・・ああ」
ニコニコとした顔でそう話しかけてきたイケメンに、影人は一応返事を返した。形だけでも自分を心配してくれる人間を無視できるほど、影人は人でなしではない。
「そうか、よかったよ。でも不運だったね、まさかあんな所にバナナの皮とは。あ、申し遅れたね、僕の名前は――」
「香乃宮光司だろ」
「え? 僕を知ってるのかい?」
影人が光司の名前を答えたことに光司はひどく驚いたようだった。その反応を見た影人は、まじで言ってるのかと疑ってしまう。
香乃宮光司という人物をこの学校で知らない者はいないだろう。彼の外観もそうだが、そのプロフィールもあって彼のことを知らないやつは、この風洛にはいない。
「・・・・・有名人だからな、あんたは」
焼きそばパンを食べ終わって水で一息ついた影人は、前髪の間から光司を見る。悔しいが、いや悔しくはないのだが(どっちだよ)やはりイケメンだ。
「ははっ、なんだか恥ずかしいものだね。僕みたいなやつが有名人なんて。でも、僕は君と同じただのここの学生だよ。そういえば、まだ君の名前を聞いていなかったね。よければ教えてくれないかな?」
ステーキセットを食べ終えた光司がナプキンで口を拭うと、その凜々しい目で影人を見た。影人は二つ目のサンドイッチを食べ終えると、仕方なく自分の名前を明かした。
「・・・・・帰城影人だ」
「そうか、帰城くんというのか。これからよろしくね!」
朗らかな笑顔で光司は右手を影人に差し出してきた。だが、影人には一体どういう意味なのかわからなかった。
「・・・・・これはどういう意味だ?」
なので影人は素直に光司のその手の意味を聞いた。
「ああ、ごめん。いきなり手を出されても困るよね。別に深い意味はないんだよ、ただ友好の印にと思ってね」
「・・・・・お前、本気で言ってるのか? 俺は今日お前の手を振り払ったやつだぞ」
「気にしてないよ。今朝は僕が余計なことをしてしまっただけだからね」
その言葉を聞いた影人は思わず目を見開いた。だが、光司からは影人が目を見開いたのが分からなかっただろう。なにせ影人の前髪は長すぎる。
(分かっちゃいたが・・・・・こいつは『良い奴』だな)
でなければ、みんなから好かれてはいないだろう。外見や家柄だけではない。光司の人柄の良さも相まって、香乃宮光司は人気者であり有名人なのだ。
中には光司のことを悪く言うものもいる。だが、それはただの嫉妬や悪意が大半だ。人の醜い部分でしかない。
「・・・・・・・・」
正直に言ってしまえば、この手を握らない理由はない。だが影人はこういった人の善意に慣れていなかった。
(だけど・・・・・)
その善意に触れた影人は、つい右手を光司の差し出された手に――
キイィィィィィィィィィィィィィィィィン
「っ!」
突如として脳内に響いたその音で、影人はすぐに席を立った。その際、最後のサンドイッチを頬張ることを忘れない。
「え?」
「ふぁるい!」
影人は光司にそう言うと急いで食堂を出た。走りながら制服のズボンのポケットに手を入れる。そこにペンデュラムが入っているのを確認すると、すぐさま全速力で昇降口を目指す。
(ちっ! よりにもよって今かよ!)
あの音は闇奴が出現したというソレイユからの合図だ。そして影人にも聞こえたということは――
『影人』
「ソレイユ、今回は遠いな?」
急いで靴を履き替えると、影人は校舎を出た。そして人のいない場所に移動した。
実はあの合図により、影人は闇奴が今どこに出現しているか分かるのだ。いま闇奴がいるのはここから5キロほど離れた場所だ。
『ええ、陽華と明夜はもう送りました。影人、十秒後に転送します』
ソレイユからの念話を聞いた影人はその場で大人しく10秒待った。すると、地面から光の輪が現れ影人を包んだ。そして影人は粒子となってその場から姿を消した。




