第107話 あちら側の者(1)
「・・・・・・・・・やはりここにいたか。シェルディア」
馴染みのある力の気配を感じたレイゼロールは無意識にそう呟いていた。
東京のどこか。周囲が森林に包まれた場所。人間を適当に闇奴化させたレイゼロールは、そんな場所にいた。
(あの力の規模は、恐らく『世界』の展開か・・・・・・)
周囲の空間を自らの望むままに、あるいはその者の本質で周囲を覆う、馬鹿げた業だ。そんなことはレイゼロールにも出来ないし、またシェルディア以外にそんなことが出来る人物を自分はまだ見たことがない。
(化け物め・・・・・・・・)
レイゼロールをしてもシェルディアはそう思わせられる存在だ。
元々が人間である闇人とは違う、純粋な人外。そういう意味ではレイゼロールと同じ存在だが、戦闘能力という面では今のレイゼロールはシェルディアには遠く及ばない。
「・・・・・・まあいい。目的は達した」
今回のレイゼロールの目的は、シェルディアが東京にいるかの確認だった。その確認のため適当な人間を闇奴化させたのだ。
目的を達成した今レイゼロールがこの地に留まる理由はない。
レイゼロールは影へと沈んだ。後に残されたのは静謐な森だけだった。
「はてさてどうするか・・・・・・・・・」
適当な物陰に隠れ、変身を解除した影人はソレイユの転移により元の場所に戻っていた。
『どうかしたのですか?』
「別に大したことじゃねえよ。・・・・・・・・ただ、子供に送るプレゼントを何にするか考えてるだけだ」
暇なのか再び語りかけてきたソレイユに、影人はそう答えた。このまま1人でシェルディアに送るプレゼントについて、悩んでいても埒が明かないと悟ったため、第三者に話してみよう考えたのだ。
『子供ですか? 影人に子供がいたとは初耳です』
「んなわけねえだろ。ふざけるのも大概にしろ、クソ女神」
『誰がクソ女神ですかっ! 全く冗談に決まっているでしょう。あなたは冗談も通じないんですね。可哀想な人です』
「おう、てめえ表に出ろや」
傍から見れば勝手に喋って勝手にキレてるヤバイ奴である。その証拠にすれ違った小学生くらいの子供たちも、「ぶっちぎりでヤバイ兄ちゃんだ」「お薬キメてるのかな・・・・・・」「通報しなきゃ・・・・・・・」などヒソヒソと言い合っている。
もちろんそんなことには気がつかない前髪野郎は、変わらずにソレイユと話を続けた。
「まあどうでもいいやり取りは終わりにして、女子は何をもらえば嬉しいんだ? お前も女神っていうくらいだから、性別は女だろう? 何かアドバイスはねえか?」
『あなたの私に対する見方はよくわかりました。控えめに言って、1回ぶん殴りたいですが、私は寛大なので今回は大目に見ましょう』
ブチ切れる一歩手前のようなソレイユの声が響く。寛大な奴はそんな声音にならないと思うが、言えば今度こそキレることが予想されるので、そんなことは言わない。
『そうですね・・・・・・・私の場合はプレゼントというよりは献上品の方が多いですが、たまにラルバがそういったのものをくれることがあります。ラルバは色々なものをプレゼントしてくれますが、私はどんなものでも嬉しいです』
「・・・・・・・・・つまり?」
ソレイユが何を言いたいのかいまいち理解できなかった影人は、そう聞き返す。
『ありきたりですが、どんなものを貰ってもそこに思いがあるなら嬉しいという事です。そこに性別の違いはありません』
どこか諭すような口調のソレイユの言葉が脳内に響いた。良いことを言ったという実感がソレイユにはあったのだが、それを聞いた影人は逆に諭すような口調で言葉を述べた。
「は? ・・・・・・・・あのな、そんな当たり前のことは聞いてないんだよ。俺でも分かるわ。聞きたいのは、具体的な例だ。おわかりか、女神さま?」
『え・・・・・・・』
その反応から、ソレイユはおそらくドヤ顔で言ったのだろうが、影人が聞きたかったのはそんなことではないのだ。
影人の返答を聞いたソレイユは、目には見えないが明らかにあたふたしていた。
『そそそそ、そうですよねッ! 今のはこう女神的アドバイスの1つと言いますか、あなたがその心を持っている確認といいますか・・・・・・!』
「お前・・・・・・・・」
別に悪いことはしていないのだが、いまごろ勘違いによる羞恥で顔を赤くさせている女神を想像してしまうと、こうさすがに可哀想な気持ちになった。
『ええとですね、とにかく! ――ん? すみません、影人。来客のようです。この話はまたの機会に。――もう一度言いますが、先ほどの私の言葉はあなたを試しただけですからね!』
「そんなことは1回も言ってねえだろ・・・・・・・」
ずいぶんと都合のいい来客だなと影人は思った。おそらく嘘ではなかろうか。
そして、よく分からない捨て台詞と共に、ソレイユは念話を遮断した。
「結局、俺が決めるしかねえか・・・・・・・」
困ったように頭を掻きながら、影人はため息をついた。




