第1017話 過去の世界(1)
「――おい、奴隷。これを向こうの広場まで運べ」
黒い癖毛の彫りの深い顔をした男が、地面に置かれた何か大きな袋のような物を指差しながらそう言った。
「・・・・・・・・・・分かりました」
男にそう言われ頷いたのは前髪が異様に長い少年だった。少年は男の言葉の意味を正確に理解していなかったが、ジェスチャーと今までの経験から何を言っているのか推測できた。少年は大きな袋を何とか肩に抱え、ヨロヨロと歩き始めた。
(ったく、何でこんな事になったんだかな・・・・・・)
重いとモヤシなような肉体が悲鳴を上げる。そんな肉体の悲鳴を敢えて無視しながらその少年、帰城影人は内心でそんな事を思った。
影人がこの場所に連れて来られてから、大体1週間が経った。大体というのはこの場所――正確にはこの世界だが――には、カレンダーも時計もないからだ。ゆえに、影人は自分が眠り朝が何回来たかを数え、自分が何日ここにいるかを数えていた。
(ちくしょうめ、あの金髪と黒髪の奴ら。あいつら俺を助けるために連れて来たんじゃなく、奴隷として売るために俺をここに連れて来やがって・・・・・本当に恨むぜ・・・・!)
荷物を運びながら、影人はここに来た時の事を思い出す。男たちにこの町――ここも正確には都市だが――に連れて来られた影人は、すぐさま奴隷として売り払われた。何が何だか分からない内にだ。男たちは奴隷屋と思われる男に影人を売り渡し金を受け取ると、満足気な顔でどこかへと消えて行った。
そして影人は手に縄を巻かれ、服も剥がれ白い簡素な服とサンダルのような服を着させられた。ついでとばかりに前髪も掴まれ顔も確認された。前髪が珍しいからかは知らないが、髪を切られる事はなかったが、商品として店に並べられた。
それからは早いものだった。物珍しさからか影人はすぐに売れた。影人を買ったのは豊かな黒髪と髭を生やした男だった。それから影人はこの町の郊外にある男の家に連れて行かれ、仕事を覚えさせられた。影人は言葉が分からなかったので、仕事を覚えるのは苦労したが、そこは男が所有していたもう1人の奴隷が、ジェスチャーで影人に仕事を示してくれたので、影人は何とか仕事を覚える事に成功した。
(だがまあ、飯は食わせてもらえるし簡素だが寝床もある。そのぶん労働はありえんキツいが・・・・・あのままあいつらに拾われなかったら、今ごろ死んでたかもしれないから、良しとするべきか・・・・?)
広場に到着し肩から荷物を下ろした影人は、大きく息を吐きながら、しかしそんな事を考えた。何とも複雑な気持ちだ。
(まあこいつはまだ推測の段階でしかないが、多分ここは過去の世界ってやつなんだろう。ソレイユはあの黒い歪みを時空の歪みって言ってたからな。俺はその歪みに呑み込まれたから、過去の世界にやってきた・・・・・・・・それなら色々と辻褄は合う。まあ、世界史が不勉強なせいでこの時代がどの辺りなのかは全く分からんが・・・・)
広場に運ぶ荷物はまだあるため、影人は再び元の場所に戻る。影人に分かっている事は、ここが過去の世界、それもヨーロッパのギリシャ辺りという事だけだ。それ以外は元の時代に戻れる方法も、ほかの事も何も分からない。
「よし、次は畑を耕せ」
全ての荷物を運び終えた影人は現在の自分の主人に仕事が終わった事をジェスチャーで伝えた。影人の主人である豊かな黒髪と髭を生やした男は、妻である女性とゆっくりと話をしながら影人を指差し、次に畑に指を向けた。何を言われたのかここ1週間の経験で分かった影人は、畑の方へと向かった。




