第1016話 知らない場所(4)
「あ、町に案内してくれる感じですかね? ありがとうございます。いや、本当に助かりました」
男たちのジェスチャーと雰囲気からそう予想した影人は笑みを浮かべ頭を下げた。男たちは変わらずにニコニコとした顔で影人の肩に手を乗せ続けると、道を歩き始めた。
「俺たちのポリスまで後1時間ほどだ。行くぞ。そうだ喉が渇いていないか? 水をやろう」
金髪の男が腰に紐で括り付けていた皮袋を影人に手渡した。影人は少し驚きながらも、その皮袋を受け取った。
「あ、ありがとうございます。これは・・・・・っ、水ですか。助かります、ちょうど喉が渇いていて」
受け取った皮袋の中身を見た影人は嬉しげな声でそう言った。そして影人は皮袋の中の水を飲んだ。水は温かったが、水分を欲していた体は喜んでいる。影人はその事がよくわかった。
「ぷはっ・・・・ありがとうございました。生き返りましたよ」
「ふっ、満足したか」
影人は皮袋を金髪の男に返した。男は影人から返された皮袋を再び腰に括り付けた。
それから2人の男に連れられた影人は、約1時間ほど道を歩き続けた。正直、モヤシの影人からすればかなり疲れたが、案内をしてもらっている手前文句は言えなかった。
「着いたぞ。ここが俺たちの都市だ」
黒髪の男が影人にそう言った。影人は変わらず男が何と言ったかは分からなかったが、男がどのような事を伝えたいのかは分かったような気がした。
「ここが・・・・・・・」
影人は自分の前に映る光景を見てそう言葉を漏らした。
影人の前に映るのは、まず門だった。門の周りには高さ3メートルほどの石の城壁のようなものがあり、門の前には胸部と腰部に鉄の鎧の一部を纏い槍を携えた男が2人立っていた。
「おお帰って来たか。で、そいつは何だ? 奇妙な見た目と奇怪な格好をしているが」
「化け物の類か?」
門番であろう2人の男は影人に訝しげな目を向けてくる。門番たちに影人をここまで連れて来た男たちはこう説明した。
「道端に倒れていてな。どこかの都市の脱走奴隷かと思ったが、それにしては言語が通じない。だから、異邦人だろう」
「珍しかったから連れて来たというわけだ。奴隷として売れると思ったからな。仕事の内容は、まあ買い主が仕込むだろう。言葉もまあ、何とかなるだろう」
黒髪と金髪の男が門番の男たちにそう言うと、門番たちは納得したような顔を浮かべた。
「そういう事か。じゃ、高く売れたら一杯奢れよ」
「楽しみにしてるぞ」
門番の男たちはそう言うと体を退けた。
「ふっ、仕方ないな」
「ならせいぜい高く売れるように願ってくれよ。ほら行くぞ、異邦人」
黒髪と金髪の男は苦笑しながら影人を連れて門を潜った。
「っ・・・・・!?」
門を潜り、影人の前にこの町の全貌が飛び込んでくる。その光景に、影人は驚いたような表情を浮かべた。
(何だよ、この町は・・・・・・・・・)
影人が最初に抱いた感想はそんなものだった。周囲には影人を連れて来た男たちと同じような服装をした人々が多くいる。ある者は人と話し、またある者は何か荷物を運んでいる。そこにいる人々は、皆西洋人のような顔立ちであった。
影人がいる場所は広場のような場所なのか、取り囲むように店のようなものが並んでいた。石の建物のような店もあれば、布を広げ何やら装飾品のような物を売っているバザー形式のような店もある。いずれにしても、この広場は賑やかだった。
視界の奥には小高い丘が見え、その丘の上には白い石で出来た神殿のようなものが鎮座していた。
「こんな場所、今の世界にあるのか・・・・・? どう見てもヨーロッパだろここは・・・・」
そんな言葉が影人の口から漏れる。もちろん、西欧諸国の全てが近代的な都市というわけではないだろう。だが、いくら何でもここは違いすぎる。文明のレベルとでも言えばいいか。明らかにそれが、自分がいた世界とは合っていないように、影人には感じられた。
(あの神殿。似てる気がする。ギリシャの、確か名前は・・・・・パルテノン神殿だったか・・・・?)
影人は現物を直接見た事はない。しかし、テレビや画像などで見た事はある。影人が見たその神殿は確か所々崩壊していたが、影人の目に映るそれは、崩壊している所もなく白い荘厳な美しさを放っていた。
その神殿に目を奪われている影人に、黒髪の男は自慢げな顔でこう言った。ただし、やはり影人にはその言葉は分からなかったが。
「ここが俺たちの都市。最大にして最高の都市――アテナイだ」
――それは古代に栄えたとある都市国家の名前。後世にまでその名が伝わる、その時代の最大の都市の名前。古代ギリシャ時代の1つの象徴。
紀元前8世紀から4世紀。影人がいるこの世界は、後に古代ギリシャ時代と呼ばれる世界だった。
帰城影人は、その世界にいた。




