第1話 謎の男スプリガン(1)
皆様のお暇つぶしになればこれ幸いです。拙い物語ではありますがどうぞ。
幸福か不幸か何て言うのはその人の精神状態によるものだろう。ある人は、ご飯をいっぱい食べるのが幸せだと思うし、またある人は体を大きくするために無理矢理いっぱい食べるのは苦痛であり不幸だと思うこともあるだろう。
それと同じで日常に飽き飽きとして、非日常に巻き込まれたことが幸福と捉える人もいれば、非日常に巻き込まれるのが不幸と思う人もいる。いや、というか不幸と思う人の数の方が圧倒的多数だろうと思う。誰しもがきっと面倒で危険な非日常というやつには巻き込まれたくはない。非日常を求めるのは少数派だ。そして、俺こと帰城影人は少数派ではなく、多数派だ。
だが、何の因果か俺は非日常というやつに巻き込まれてしまった。これも全てあのクソ女神のせいだ・・・・・
「・・・・・・・・・」
春の陽気が過ぎ去り、夏の到来が近いことを教える暑さが広がり始めた5月。
東京都立、風洛高校2年7組に通う帰城影人は、自分の席で本を読んでいた。長すぎる前髪に覆われた顔は、髪が顔の半分ほどを隠し、本当にそれで目が見えているのかを疑うほどだ。
だが、本人はしっかりと見えているらしく、その証拠に本のページを手繰る指は次のページを捲っている。教室の隅の窓側の席で、真一文字に口を結び本を読んでいるその姿は、彼のビジュアルも相まって、俗に言う陰キャそのものである。
「・・・・・・・・・」
しかし、そんな彼が読んでいる本は『どん〇こい、超常現象』。その何とも言えない本のチョイスは、果たして彼を暗い性格の人物と断定するにはいささか微妙である。だがまあ、見た目は完全に陰キャそのもの。
そんな見た目も相まって彼には友達と呼べる人物が、すこぶる少ない。明確に友達と言えるのは隣のクラスの一人だけだ。さらにはこの少年、性格も社交的ではないときているため、新しいクラスになって一ヶ月も経った今でも、クラスメイトから授業以外で話しかけられたことは一度もない。そして影人もまた、そんな状況を全く苦と捉えていなかった。
ふと教室の時計を見てみると、時間は8時28分を示していた。あと2分で正門が閉まり、ホームルーム開始を告げるベルが鳴る。そんな時間にその声は聞こえてきた。
「ぬあぁぁぁぁぁぁぁぁっ! やばいやばい! 遅刻するぅぅぅぅぅぅぅ!」
「大丈夫よ、陽華! 今までもなんとか間に合ってきたわ! だから今回も――」
と、ちょうどそんな時。キーンコーンカーンコーン、という全国の学校共通のチャイムの音が鳴った。
「よし、閉めるぞ!」
そんな声を高らかに言い放ったのは、体育教師、上田勝雄34歳独身。趣味といえる趣味もなく、30を過ぎて楽しみと言えるのは、未来への希望溢れる生徒たちに嫌がらせをすること。もちろん、それは大々的なものではなくちょっとしたものである。そう例えば、遅刻ギリギリの生徒が滑り込む前に先に門を閉めてやろう、とかそう言った類いのものだ。
「明夜やばいって! もうチャイム鳴っちゃった!」
「いや、大丈夫よ陽華! まだチャイムは鳴っている途中! ならば必ず勝機はある!」
そんなことを言い合いながらも、二人の少女は正門めがけて走っていた。それはそれは全速力で。
「ふはははっ! もう遅い! もう閉めちゃうもんねー!」
門だけにってか。窓の外の教師の言葉を聞きながら、影人は心の中でそうツッコんだ。というか、34歳のおっさんがもんねーって。普通にキモいわ。
「あはははっ! 朝宮さんと月下さん、またやってるよー!」
影人と同じく窓の外の光景を見ていた女子生徒が、面白そうにそう言った。まあ、今の言葉からもわかる通り、この光景はもはやこの高校の日常風景になっていた。
「ええい、やらいでかー!」
「奇跡を見せてやろうじゃないのっ!」
陽華がヤケクソのように叫び、明夜もそれに続くように声を上げる。あとほんの少しで門が閉まろうというその瞬間、二つの疾風が門を通り過ぎた。
「ぜはぁ・・・・・ぜはぁ・・・・・! なんとか間に合ったー!!」
「ふぅ・・・・・ふぅ・・・・! 今日もセーフ!」
正門を潜った二人の少女、朝宮陽華と月下明夜はハイタッチをした。それを見ていた体育教師は、とても悔しそうな顔をしている。
そんな体育教師を残して、二人はホームルームが始まっているだろう教室へ急いだ。
「・・・・・毎朝、毎朝よくやるよ」
窓の外から目線を外すと、影人は一人呟いた。窓の外では体育教師がとぼとぼと校舎に戻っているのが見えたが、それはどうでもいい。
朝宮陽華と月下明夜。隣のクラスに属するこの二人は、この高校の有名人だ。1年の頃からコンビで何かとお騒がせする少女たち。
朝宮陽華は活発という言葉がピッタリのショートカットの髪の明るい女の子。運動神経がよく、大食い。
月下明夜は一見クールそうな外見に見えて、実はポンコツというギャップがある少女。ロングヘアーで、部活は書道部。かなりの達筆であるという噂である。
この二人はいわゆる幼馴染みというやつらしく、小学校からの付き合いらしい。らしいというのは、クラスメイトがそう言っていたのを聞いていたからだ。二人とも度がつくほどのお人好しで、1年の頃からその人柄で学校の人気者になっている。
「まあ、どうでもいい・・・・・・」
影人は自分の癖である独り言を呟くと、担任のホームルームの連絡事項に耳を傾けた。影人自身はあの二人にさして興味はない。というか、そもそも他人にあまり興味はない。そんな俺はさしずめ一匹狼。影人は自分のことをそう思った。
まあ、そんな心情からも分かる通り、こいつは厨二病である。見た目陰キャで、厨二病。余裕でスリーアウトだ。
というか、こいつは一匹狼なのではなく群れからはぐれただけと言った方が正しい。だが、そんなことは本人は死んでも気づかなさそうである。
廊下からドタバタと音がしたので見てみると、陽華と明夜が小走りで隣のクラスに向かって行くのが見えた。そんな様子をチラチラと見ている影人。興味がないとは一体何だったのか。その様子は傍から見れば興味があるようにしか見えない。
だが、誤解がないように言うが、影人は本当に興味がないのだ。いや、本当に興味がない。決して振りではない。
ではなぜ、あの二人のことを気にしている感じなのかと言うと、それには理由があるのだ。
「ちっ、何で俺があいつらのこと気にしなきゃならないんだ・・・・・」
前の席に座っている男子生徒は、また後ろのやつ何か言ってるよとうんざりとしていた。ちなみにこの男子生徒に限らず、クラスメイトから影人は陰キャでヤバイ奴だと思われている。スリーアウトどころではない、試合終了であった。
未だにブツブツと文句を言っていた影人だったが、ホームルームが終わり、1限目の授業が始まると大人しく教科書とノートを開いた。
何はともあれ、今日も今日とて今日が始まる。