最終話:とある少年は決意する。「惰性で生きるのはもう飽きたんだ」
5月20日(水) 雨
我が輩はクマである。名前はまだない。一晩費やしてみたが結局良い名は浮かばなかった。
我が輩はいつものように起床した。ついでにくしゃみを1つする。風邪を引いたのかもしれない。生乾きの髪で飛び出したのが原因だろう。
喉が渇いていたのでとりあえず飲み掛けのペットボトルを開きスポーツドリンクをラッパ飲みと呼ばれる飲み方で吸飲した。
真昼殿は2Lの“あくえりあす”なるスポーツドリンクを飲料水として部屋に常備しているのだ。
もうあと数ヶ月で夏となるがそうなればやはり冷蔵庫なしでは厳しい物があるだろうか。一階の冷蔵庫には
「お前の物は俺の物」を日夜主張し続ける真昼殿の兄上殿が出没するため出来れば置きたくない物だが…… 閑話休題とする。
真昼殿はあれからずっと虚ろな目で何もない宙を睨んでいる。死についての結論はまだ出ていないようだ。
動揺? 哀悼? 否、あれはただの思考だろう。我が輩としては触らぬ神に祟りなしといったところである。
しばらくあの状態のままならば少し会話をしようと決めて我が輩はなんとなく窓から顔を出してみる。
昨夜からずっと雨が降り続いていて、どんよりと濁った空が我が輩を見下ろしていた。
『地上にある星を誰も覚えていな──
「はい もしもし?」
……ちなみに『』内は真昼殿の携帯の着信音である。ツッコミを入れてくれるなと誰かに向かって言ってみる。
『斉藤やけど、明日映画行かん?』
「誰と?」
『田嶋と』
「何の?」
『×××』
「……行く」
『他に誰か誘えそうな人おらん?』
「男には」
大橋殿は映画など意外に好きかもしれぬが。
『じゃあ女子誘っといて じゃ』
「え 斉藤ど」ツーツー
……我が輩にどうしろと言うのだ?
クラスの知り合いの女子と言えば大橋殿と辛うじて御園殿しか居ないのだが、大橋殿はともかく我が輩が御園殿を誘うのか……?
いや、ともかくこれでメールを打つ大義名分は得た訳だが。
えーっと……
……えーっと、
ぼすんっ
湯気を吹いて爆発した。……のは、まあともかくとしてだ。
とりあえず手短に用件だけを伝えたメールを制作する。
これでいいのかだろう? ……これでいいのだろうか 小説よりも丁寧に推敲する真昼殿の指があり少し笑えた。
送信した。
大橋殿からの返信は早かった。日程が合わないとのことであった。
御園殿からの返信は遅かった。残念ながら×××は一度見たので行かないとのことであった。機会があればまた誘って欲しい。ともあった。
我が輩は少々の落胆と同時に安堵した。何を話せばいいか全くわからないのだ。
5月21日(木) 晴れ
結局、男3人での映画となった。色気のない物だ。平日なせいか映画館は比較的に空いていた。豚イルフルエンザ万歳である。
映画館はア○オなるショッピングセンターの中にあるので空き時間に少々の買い物をすることになった。
そこで我が輩は真昼殿は気の効く割りにマイペースなのだなぁ と感じた。
例え会話の少ない微妙な空気であっても真昼殿の思考はそれを改善しようとは思わない。むしろ五月蝿いよりは静かなほうがいいとすら考えているらしい。それが真昼殿がクラスの皆と相容れない理由なのだろうか。
考え方の相違。温度差。
正しいのは恐らく真昼殿ではないのだろう。しかしそれを誤りだと真昼殿は考えない。
『輪を乱す異端者』それが彼らにとっての月島 真昼の存在。
その位置を容認することが可能なことも彼らにとっては異端なのかも知れない。
……などとこの映画を通じていろいろ考えてみた。普通におもしろかったのであった。人間とは多用なことを考え物だと感心した。
映画が終わり外に出ると携帯電話にメールが一件あった。
御園殿からであった。感想を求めている内容のようであったのでおもしろかったと素直に評して送った。ヒロインが主人公への風当たりに激昂するあたりは実によかった。あんなように素直に生きれたらどれだけいいだろうか。
私も同じ部分に感動した。と、御園殿は言った。社交辞令かも知れないが好意を抱いている女性と思いを共有出来ることは素直に嬉しかった。
ただヒロインがどれだけ怒ろうが世間という大きな山は動かない。その無力感こそがこの映画がのテーマであり制作に関わった多くの人間が伝えたかった物なのだろうと我が輩は漠然と感じた。
それでも人々は生きようとする。呼吸をする。その意志こそが何よりも尊い。
恐らくそれを失ったときに人はその存在に意味を無くすのだ。
真昼殿はきっと意味を失った者の一人だ。
しかし、取り戻すことは出来る。
だからは我が輩は言う。
そこに小難しい物など何1つとして必要ない。
『あなたが好きです』
恐らくはその一言だけが、真昼殿が意味を取り戻すために必要だったから。
◇今日の真昼殿◇
アトガキヘツヅク




