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第一話:とある少年は呟く。「あー人間やめてぇー」


5月12日(火) 晴れ



 我が輩はクマである。名前はまだない。

「あー人間やめてぇー」と我が輩に溢した人間の名を借りて月島 真昼と名乗っている。


 朝風呂を終えた我が輩は蜂蜜をたっぷり塗った食パンとコーヒーをむしゃむしゃごくごくしてから制服に身を包み鏡の前に立つ。


 歯ブラシを手に取り歯みがき粉とやらをつけ口の中に突っ込んでゴシゴシと擦る。鏡に映る姿は月島 真昼と呼ばれる人間の物である。


 我が輩は元は“ぬいぐるみ”と称されリラックマなどと呼ばれていた一介のクマであった。嫌な油と鉄の臭いのする工場でたくさんの兄弟と共に生まれとある街の棚に乱雑に並べられていた。


 月島 真昼という少年が我が輩を手に取るまでは長い時間はかからなかった。 ……ような気がする。あの頃は時間という物を深く認識していなかったのだろう。


 そして、我が輩を購入した真昼少年は我が輩を丁寧に紙袋に入れ持ち帰りおもむろに紙袋を開けた。しばらく我が輩を眺めていた真昼少年であったがそのうち我が輩を抱き締めて、


「あーこの感触堪らんわー」


 ……とか言い出したのであった。ドン引きである。少年と言っても背丈と顔立ちから察するに高校生ではあるだろうに。 さて、そんな我が輩がなぜ月島 真昼と成ったかと言うとある日“がっこう”という場所から帰ってきた真昼少年が溢した一言から全ては始まった。


「あー 人間やめてぇー」


 そこで我が輩は丁度人間の生活に興味があった頃だったのでこう提案してみたのだ。


「真昼殿、我が輩と身体を交換せぬか?」


「あー うん するする……」


 ……こうして我が輩は月島 真昼と呼ばれる人間となり、真昼殿はリラックマと呼ばれるぬいぐるみとなったのであった。


 いろいろとツッコミところはあるが一先ずスルーを推奨する。



 我が輩は家を出た。“がっこう”までの行き道は真昼殿の頭が覚えているので我が輩であろうと迷うことはない。


 我が輩は赤信号では止まるべきだ。という知識の元に何もない道路で逐一自転車を止めて我が輩を追い越す学生達に首を傾げられるのであった。


 何度見ても思うのだが“がっこう”とは巨大な建物だ。我が輩の生まれた工場よりも大きいだろう。しかし工場と違い“がっこう”は何も産み出さないそうだ。それどころか“がっこう”のせいで死ぬ人間すらいるらしい。本当に“がっこう”とは必要なのだろうか?


 真昼殿の教室である3年8組に入る。ふむ、スカスカである。


 真昼殿のクラスは遅刻者や欠席者が異常に多い、わけではなく元から16名しか居ないのだ。最初に入ったときは他のクラスもそうなのだろうと勝手に思って居たが、他のクラスには30名を越える人数が詰め込まれていて普通に驚いた。聴くところによると“えきすぱーとくらす、りけい”というのはある程度特別なところらしい。


 とはいえ誤解のないように言っておこう。真昼殿は特に勉強が出来る訳ではない。ただ流されるうちに“えきすぱーとくらす”に入り人見知りであるが故に学年が上がる際に一つ下の“あどばんすくらす”に降りることが出来なかったのだ。そして成績や人間関係に苦しみ『人間やめてぇー』発言をしたのだろう、と我が輩は睨んでいる。


 そうして我が輩には何の役に立つのかわからぬ“すうがく”なる謎の呪文の授業が始まったのだった。


 真昼殿は物静かな少年であるようでクラスでの交流はあまりないようで“がっこう”での会話は多くないようであった。


 この日唯一会話を交わした隣に座る女子が飼っているペットの話をしてきて我が輩は思わず“ぬいぐるみ”の話をしてしまったが、慌てて真昼殿の兄が猫を飼っていることを思い出し訂正したのだった。



 疲れはてた我が輩は帰宅し二階の真昼殿の部屋に向かう。真昼殿の兄の部屋と比べれば大分と散らかった部屋であると我が輩は思う。制服を脱ぐ。真昼殿と同様に投げ捨てるように。


 乱雑に散らばったプリント類を一先ず脇に蹴って、我が輩はベッドに転がった。




 ◇今日の真昼殿◇


 頭から布団を被って万歳する形で手を伸ばし、よく眠っていた。


 ぬいぐるみを辞める気は当分ないようである



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