六話・意表を突く悪意
──そこには光の存在がいた。
闇に染まることのない希望の眼差しの男がそこにいたのだ。
「竜崎、過去を引きずる前に『今』を見ろ。」
「…。」
竜崎は悔しそうに歯を食いしばるように地面をじっとみている。
『──ハハハハッ─。』
その時、とてつもない<悪意>を僕は感じとった。
「危ないッ!」
僕は危険を察知し、竜崎をドアの前から引きはがすように押しのける。
何故か体が動いたのだ、体の神経が危険だと鳴いてるかのように。
その瞬間、ドアは赤く燃え始め、中から黒い霧が立ち込める。
うっすらと、人影の様なものが見える…。
どちらも黒いフードのような物を被っていて、顔は見えない。
だがその異様なオーラは『人』ではなく、完全に闇の象徴である【ロスト】の気配だった。
「…随分と狭い会議室ですねぇ…」
「あまりはしゃぐなよ、ホーライ。一人でもいいからロストを作成すればいい話だ。」
二人はフードを下す、
───そしてその人影の正体が今明らかとなった。
「…話し合いは───省略させて頂きます…。」
赤眼の男、【ホーライ】。
丁寧口調で、笑顔と無感情で規律している奇人。
「いづれ、世界は終息する。今ここで実証してもよいぞ。ヒトよ。」
黒い装具で身をまとい、顔には黒色の鬼を模した仮面をつけている男、【ゼノン】
体は2メートルほどあり、両手を両袖の中に入れて堂々と立っている。
僕の脳内に突如名前と記憶がフラッシュバックしたように浮かび上がる。
もちろんこんな記憶は普通に生きてちゃ生まれない。
(やはり僕は…記憶が)
「何ぼーっとしてんだ!!博士ッ!皆に指示をッ!」
「安心したまえ、加賀クン。」
「…いくら博士でもそんなハッタリ…ッ」
…その刹那、加賀の横を何かが通った。
僕はその一瞬の出来事を目に映すことさえできなかった。
「オラぁ!」
「…ッ!」
──見えたのは城戸がホーライに対して蹴りを入れた所だけだった。
ホーライと城戸は蹴るのと同時に、窓が割れる音と共に廊下外にある庭に投げ出されていく。
僕は唖然とした。
速すぎる…と。
「…ハハハハハ…ッ面白い…。来い『アンチロスト』お前を潰せばここで終わるのも同然だ。」
ゼノンは仮面の下でそう笑うように指を指して、言った。
その指の先───それは加賀であった。
「…俺はお前らを許さない…ッ!」
加賀はキッと睨みつけ、ロスト排除装置<斬撃型>を手に取り、切りかかろうとする。
「これでも我を切ると?」
「…お、お前…ッ。」
──加賀は切りかかろうとすると突如手が止まる。
その加賀の目線の先には、マインドウォーカの兵士五名が黒い何かによって巻き付けられ、気を失っている。
「ハハハハハッ!ヒトは面白い。いざ自分の仲間や同類のものを人質に取られると体が固まって動けなくなるのか…ハハハッ…なるほど。」
「放せ…。」
「分かった、交渉しようか。この五人の代わりに、『アンチロスト』お前が人質だ。」
「…あぁ、その代わりちゃんと───」
加賀はゼノンのもとに歩き始める。
一歩ずつ、ゆっくりと。
その刹那、僕の頭がズキンと音を立てるほど痛覚を刺激した。
(このロストからとんでもない悪意を感じる…。)
「加賀さんッ離れてッ!」
僕は無意識のうちに口に出してしまっていた。
「嘘に決まっているであろう…。」
ゼノンは驚くほど低い声でそう言い放つと、奴の足元の影が蛇のようにうねりだす。
「【影蛇・暴】」
「…なッ!!」
多数の黒い影の蛇が連続で加賀に目掛け、打撃を加える。
太鼓を打つように重く、容赦なく体に打ち付けていく。
会議室の壁に体が埋まる形になり、その上追撃を喰らう───。
「ゔッ…!ゔぅ!」
(体がッ…壊れちまう…ッ!)
「『アンチロスト』…やっぱりそうか、【ホロス】様の言う通りだったか。もう我々に対抗する術は無かったようだな。」
「ハハハハハッ…ロスト化しない唯一の人間…。とも呼ばれた奴が今此処で死にかけているぞ…?あの時みたいに突っ走ってみろ…影山ァ…。」
ゼノンは僕に対して言っていた。
だが、僕の足は動けなかった。
…もうすでに体が恐怖で染まっていたのだ。
「あ、あぁ…。」
ぼくはあまりの恐怖で情けない声が出てしまう。
「ハハハハハッ…恐怖かァ…弱いッ!脆いぞォ…!」
ゼノンは笑っている。
その姿は鬼畜そのものだ。人をあざ笑い、無下にする。
「ゔ…ッ!調子にッ…ッ乗んなぁ!!!」
蛇に打撃を受けていた、加賀はそう叫び、手で一匹の蛇の頭を掴む。
そうするとシューシューと音を立てて、消えていく。
「ちッ…『アンチロスト』の特性か。」
一匹残らず蛇の頭を消した加賀はふらつきながら呟く。
「アンチロストの特性…、それは自分の寿命を削ることでロストによる攻撃耐性、威力を底上げする…。だからッ。」
加賀はゼノンに指を指し、こう言う。
もう声もガラガラで疲れ果てているようだった。
「ぶっ殺す…ッ!」
「ハハハハハッ!!悪いが…無理だ。」
僕はあることに気付く。
さっきまでいた、五人の兵士が居なくなっていることに…。
「…あれ…あの人たちはッ?」
「我と戦っているうちに忘れていたか?ハハハッ滑稽だッ!」
「…【心剣・庸】ッ!」
その一瞬を捉えたかのように竜崎が手から光を放ち、剣状の物を突出させゼノンの腹部目掛けて突き刺した───かのように思われた。
「庸とはッ我は見くびられたものだな…ハハハッ」
「なん…でッ…。」
「ヒトは勝機もないのに挑もうとする…よほど愚かなのだろうか…。」
全く、剣の刃が通らないのである。
「…意志が弱い…」
ゼノンが呟くと、加賀はふらつきながらも、意識を保ちながら言う。
「竜崎…ッよく…やったな…あとは俺が…ぶん殴るッだけだ。」
「まだ立つか、『アンチロスト』。お前らに勝ち目はない。ハハハッ分からないのか。」
「さっきからッ『アンチロスト』ってうるせぇなッ。俺にはな…ッ名前があんだよ…ッ」
「俺はッ…。」
「加賀英五郎様だぁぁぁぁぁあ!!」
加賀はそう叫ぶと、何もない所から三人の冷泉が突如として現れ、ロスト排除装置<放出型>をゼノンに対して構えている。
「……。」
「面白いッ…ハハハッ!!」
それを見た犬山は呟くように博士に言った。
「あたしの作った『対ロスト迷彩装置』どうすか?ロストにも人にも見られないように透明の迷彩機ですよ。だいぶ初期型で数分しか持ちませんけど。」
「あぁ、犬山クンの開発力は計り知れないよ。加賀クンを囮にして戦う戦法は悪くなかったな。加賀クンには申し訳ないが…。」
「あのバカ坊主は死にませんよ…並み程度のことじゃ。」
「信頼しているのかい?」
「えぇ、悪い意味で。」
軽く博士が笑うそぶりを見せて、不思議そうにこう言った。
「そういえば、奇襲部隊で九鬼クンもいた筈だが…。」
「ん?確かに。そういえばサポート課の金崎と紫野も───」
◆◇◆
『数分前・中庭』
「オラッ!」
「ッ…!」
城戸とホーライは中庭に落ち、二人は綺麗に着地する。
「サプライズは好きじゃありませんよ…?」
「うーん、何が狙いなんだ?お前ら。」
「随分と単刀直入ですね…?」
「あぁ、面倒が嫌いなんでな!速さが取り柄だからなッ。たしかお前、能力炎斬だよな。」
「ほう?正解ですね。私のことを知ってくれて光栄です。」
ホーライは深くお辞儀をする。
「…ただ──残念ながらそれだけでは大正解ではありませんね。」
ホーライはゆっくりと作りこまれた笑顔を上げる。
「あぁそうかよぉ!知らねぇな!」
ホーライが気付いた時にはもう目の前に足があった───。
「なッ!」
「わりぃな!話なげぇと思ってよ!一気に距離詰めちまったぜ、へへッ。」
右頬に城戸の足が当たり、ホーライは二メートルほど後ろに吹き飛んでいく。
「なるほど…ふふッ…」
「何笑ってんだ?ささッ!一発で決めちまうか!【速脚・暴】ッ!!燃やすぜぇぇ!」
城戸はその場で足踏みするように足を動かしていき、回転数を上げて時速100キロのスピードでホーライに突っ込んでいく。
(ホーライの能力は炎斬…明らかに機動力には長けてねぇし単騎戦では絶対におれが有利───)
「…ふふッ【奪取・暴】」
(動けねぇ…あれ…?もしや、足を掴まれてるのか…!?)
城戸の足はホーライの手でしっかりと掴まれていた。
「私の方が…速かったですねぇ…。」
「ッ…!?」
なんと城戸が突撃する直前にホーライは目の前にいたのだ。
ホーライの能力は炎斬のはずなのに───
「速さだけが取り柄の城戸さん、戦いましょうよ。速さで…。」
───彼の顔は狂気に満ち溢れていた。