五話・影に抗する存在
【会議室】
「俺らの役目は心影、いや【ロスト】を消すことだ。それだけは忘れるなよ、忘却者。」
「…忘却…者…?そもそも僕はここに入るみたいな話なんて…」
「…忘れてる、か。これも仕方ないか。」
「…え?」
僕は困惑した。俺らの役目?
というか忘れるなってどういう───。
「さて、影山クン、任務の時だよ。」
中心に座る博士が口を開く。
任務、その言葉に妙な引っ掛かりを覚える。
「え、いやだから…なんでそうなって──。」
「…頼む。君にしかできないんだ。」
博士は影山を真っすぐ見据え、そう言った。
「…影山クンは実質初めての任務だからね、加賀クンと冷泉クンに同行してもらおう。」
「え、あの…。」
博士がそう言うと、会議室のドアから勢いのいい音が鳴り響く。
「任務開始だぜッ…!」
「…。」
加賀、冷泉、そして銃を持った重装の兵士らしきひ人がぞろぞろと入ってくる。
「思い出したかね…?」
僕は生唾を飲む。
これはおかしい…さっきから何かがおかしい。
忘却者?僕がなにか忘れたのか?
いや、こんな人達と話したことも聞いたこともない。
僕は何かの夢を見てるのか…?
いや僕は…
──何かを忘れている?
「あの…僕は……もしかして。」
影山は口を開く。
そうだ。
思い返してみればこの風景、何処かで見覚えがあった。
懐かしささえ微かに感じている。
「───マインドウォーカーだったんですか?」
あたりに静寂が訪れる。
触れてはいけないものに触れてしまったのか、
それとも気づくべき真相に気づいたのか。
博士は俯き、目線を下にやると、呟くように言う。
「…やはり任務という言葉でも思い出せないか…。」
博士はゆっくりと席を立ち、自身の純白の髭を触る。
「あぁ…そうだ。君は記憶障害を1年前に起こし、そこから一人の少女と行方不明となっていたんだ。」
「記憶…障害…?」
「君は一年前の我々のことを鮮明に覚えているかね…?」
僕は思い返す。
一年前、何があったのか。
だが、ほんの一部にも満たない程の情景しか覚えがなく、ごく日常普通な日常を送っているだけだった。
「…すみません。懐かしさはあるんですが、後は普通に生活しているだけで…。」
「やはり記憶が消えているか…。しかも記憶が書き換えられている…。」
微かに…覚えてはいる。
でも鮮明には出てこないのだ。
絶対に忘れてはいけないものの筈なのに、
一夜に見る朧な夢のように溶け出してよく思いだせない。
突然ドア付近で考え込んでいた加賀がはっとしたように声を出す。
「…今回の任務で青年…いや影山奏の記憶は元に戻るかもしれない──。」
加賀はいつもの自信に満ち溢れた表情ではなく、曇りがかった表情であった。
「…なに?それはどういう根拠でそう言えるのか詳しく聞きたいぞ、加賀クン。」
「はい、今回の任務である【柊ナノ救出作戦】という作戦で───」
加賀が言うには、今回の任務は
【柊ナノ】という少女が教会という組織に捕らえられているのを救出するという内容らしい。
その柊という少女。この子は【解鍵】という能力を持った子であり、
人の心や記憶、感情等をコントロールできるという。
そしてその少女を救出し、影山の記憶を戻すというのが今回の作戦であると加賀は言った。
「なるほど、柊クンならそれが可能かもしれないのか。」
「ただ、それには問題がありまして…。」
加賀は息を深く吸い、息を整える。
「…ナノも影山とあの件で同時刻に行方不明になっていることはご存じだとは思います。ですがその約一年間で彼女の中に強大な【ロスト】が育っているかもしれない、というのが問題なんです。」
──僕は思い出す。
あの公園で見た、黒い物体の不気味さを。
悲しく「死にたい」と呟いたあの声が未だ頭から離れない。
「…ロスト…『心の中に潜む闇』、か。分かった。もし柊クンからロストが生まれていたなら、その処理も頼むぞ、加賀クン。冷泉クン。現場はT市廃墟街だ、出動を許可する。」
「…了解!」
「……。」
加賀は大きく返事をし、冷泉は静かに頷く。
「影山クン、君にはこの護身になる【ロスト排除装置<斬撃型>】を支給しよう。」
「うわ…ッ重い…。」
僕の手には白色の刀のようなものが。
鞘に入っているので中身は分からないけど、とても鋭利なものに間違いないだろう。
(これを使って僕は戦ってたのか…全然想像つかない…。)
(ただ、使い方がいまいちわからないな…。)
困った僕は壁に立てかけて置いておいた。
するとその直後───
「…博士…俺も任務に同行します。」
席に座っていた竜崎が突然立ち、声を出す。
その声は微かに震えているようにも聞こえる。
「竜崎クン、君は焦りすぎだ、まだ怪我も治ってないだろ──」
「…影山は自業自得です。一年前に突っ走って柊を巻き込んでまで記憶を失った。これは規則違反の筈でです。なぜ博士は影山にこだわるんです?こいつは記憶さえなければ人格も変わってる、あの時の影山じゃありません。それよりも俺に復讐させて下さ───」
復讐、僕は確かにこの人の過去を見た。
赤い眼の男と対峙するその情景、ひどくゆがんだ意志、殺意、そんなものが交じり合った過去だった。
──そして今、僕は初めて知った。
此処にいる『僕』の存在は前とはかけ離れた人格を形成され、記憶もすべて違う事。
それが頭の中でグルグルと回り始める。
「…周りを見ろォ!!竜崎ッ!」
加賀が声を荒げる。
その言葉は会議室に響き渡る。
「ッ…!?」
「復讐のためにだァ!?俺達は復讐なんかの為に『マインドウォーカー』してるんじゃえよ!」
加賀は竜崎の胸ぐらを掴み、吠えるように怒鳴る。
「俺だって…娘に会えるんならなんだってするさ…。【教会】を許しはしねぇ…。だけどよ、」
加賀の目には涙が込み上げていた。
この人の過去…それは儚く悲しいものだった。
黒く闇に染まっていく娘をみて、この人は何を思ったんだろう。
あれは報復や暴力ではなく、最初に感じたのは後悔という感情だった。
「今は…」
加賀は僕の方を見る。
変わらぬ覚悟の目だった。
「青年の記憶を取り戻すッ…!それだけだ…。」
「…ッ。分かりました。好きにしてください…。」
竜崎は反抗的に加賀から目をそらし、会議室の出口まで足を運ぶ数秒間───
僕の耳に激痛が走る。
手が震えだすような恐怖感、鼻をつんざくような悪臭…。
僕は思わず吐き気を催し、偶然竜崎が触ろうとしているドアに目が行く。
ドアは紫色にどよめくように黒光りしていて、辺りのマインドウォーカー達は竜崎に対して呆れた顔をするだけで、全く気付いていない。
…これは、あの時と同じだ…。
──あの黒い気味が悪い物体…【ロスト】ッ!!倒さなきゃ…ッ!
(あれ…、なんで僕は足が動いてるんだ…?)
(なんであの刀を手に持ってるんだ…?)
気が付くと僕の手には刀が握られていて、竜崎をはねのけてドアの前で仁王立ちしていた。
「影山…ッ!?お前はそこまで俺を邪魔したいのか…!?」
「僕も…よくわからないんです…!?危ないと思ったら体が勝手に…!」
竜崎は両手で僕の胸ぐらを掴み、怒りの感情で高ぶってしまっている。
あ、まずい…あの気配が近づいてる…ッ…このままじゃ…。
『哀れですねぇ…。』
『あぁ。実に哀れだ。消しがいがある…。』
「ッ…!?」
どこからか声が聞こえたような…いやこれは人の『声』じゃない…。
───ロスト…!
「影山ッ…お前がいなければこんなことには…!」
くそ…体を動かしようにも動かない…ッ!
誰か気付いてる人はッ…!
悪臭が近づき、息がしづらくなって声が…ッ…!
──誰かッ!
◆◇◆
九鬼さん!!
「オレ加賀さんみたいなガッツリ男って感じになりたいんですよねぇ!ね!城戸隊長ッ!」
城戸さん…!
「加賀か…?アイツは目立ちすぎだよぉ~蚊がたかればいいのに…グフっ!!」
犬山さんッ!博士ッ!
「また喧嘩っすか…。」
「前みたいに影山クンは反発しないみたいだけどね。」
マサッ!紫野さんッ!
「ふふッなんか昔見てるみたい…。」
「いやだね。これに姉御も加わって三人で暴れまわるんだから片付けが…。」
冷泉さん…ッ!
「……。」
竜崎…さんッ!
「いつもそうだ…お前が先走って崩れてくんだ…ッ」
竜崎は両手で胸ぐらを掴んでいたのを左手に掴み変え、右手の拳を握りしめて大きく振りかぶる。
◆◇◆
『仲間割れですか、もう入ってしまいますか【ゼノン】さん。』
『これは至極簡単だな、【ホーライ】。あの『アンチロスト』はそっぽを向いている。今が好機だ。』
『…アンチロスト…我々が一番嫌う者ですからね、汚い血ですよ…ホント…。』
『アンチロストは避けろ、分かったか、ホーライ。』
『えぇ…。』
ホーライとゼノンと呼び合う2人は“アンチロスト“という“ロスト化“への抗体を持つ者を口にしていた。
◆◇◆
ドアの前にあの二つ『声』がする……。
だめだ、もう…。
───終わるッ!!
その時、一つの光が見えたような感覚を覚えた。
「『【絶望】の果て、それは人のゆく先の果てでもある。絶望を感じた時、それは人の終焉である。』だぞ、青年。忘れたか?」
その光の存在は──加賀だった───。