二話・希望
───この世には“管理者”と呼ばれる存在がいる。
“管理者”とは後天性の病気を持つ者であり、自らの人生に強い衝動を受けた者が発症されると言われている。
そんな“管理者”には二種類ある。
──ひとつは光、一方は闇の二つである。
“光としての管理者”は選ばれしヒトが発症し、“闇としての管理者”は心影が必ず発症すると呼ばれている。
心影とは、ヒトの心の隙間から生まれる闇の一部であり、一切の感情を持たないが“本能”を持つ。
通称“ロスト”と呼ばれる存在である。
“ロスト”はヒトの心の欠片であり、ヒトの存在を生まれながらして“心の持ち主”を忌み嫌い、ヒトに対して殺戮本能を併せ持つ凶悪な存在。
──そのロストに対し、討伐の使命を受けた者こそ、“マインドウォーカー”である。
そして今この瞬間その一員である“竜崎令”がロストに立ち向かっていた。
◆◇◆
【T市公園】
(────────ロストか。)
そんな“ロスト”が醜い顔を竜崎に向けた後、姿を瞬時に消してしまった。
竜崎は辺りを確認するも、視認することは出来なかった。
──鼻を劈く臭いが一瞬する。
生き物の死骸が腐ったような不快な臭いだ。
(この臭い、まさか──────)
その刹那、竜崎は痛みとともに前方に吹き飛んでいた。
「なっ……!」
(体当たりされた…!?俺の後ろに回り込んで……?まさか…瞬間移動の管理者か?)
突然の攻撃に必死に思考を巡らせる。
しかし、心影は追撃を始める。
“管理者”とは、闇であっても光であっても、発症者の“過去”に基づいて能力が宿る病気である。
──そして今、竜崎の目の前にいる“ロスト”こそ、瞬間移動能力を持つ管理者だと竜崎は確信するのだった。
(……一撃与えると反撃を食らわない範囲まで後ろへ瞬間移動で戻って、そのあとにまた一撃を食らわせるように近距離まで急接近する戦法か。クソ…ッ。ここまで徹底的に殺しにかかってるとは思わなかったな)
竜崎は一つ一つ攻撃を丁寧に避け、反撃をする機を窺うものの、攻撃が激化し徐々に早くなる。更にロストの体からは消えたはずの黒い霧をまた発生させ、竜崎の精神を煽っていく。
(これじゃ…埒が明かない…!)
ロストは体当たりの体制から手の槍で攻撃する体制に変えると、すぐさま槍が竜崎を捉え、着ている革製の戦闘服の横腹の部分を擦る。ビリビリにその部分が引き裂かれ、腹が丸見えになってしまう。
「……ク……ソ……」
疲労が体に来て、呼吸が荒く、激しくなっていく。
疲労が溜まりに溜まってしまうと能力を上手く使えなかったり様々な弊害を及ぼすことになる。
(考えろ、この状況を打破する方法を……)
竜崎は攻撃を避けながら首に掛かった白い鍵を手にして思考し始める。
(確か、一年前、レイノルズ博士が言っていた……。そうだ、彼の言葉から解決策を探し出すんだ)
◆◇◆
──【一年前】A市マインドウォーカー本部──
「窮地に追い込まれた時の対処法か……ふむ」
白髪の眼鏡を掛けた紳士は顎に手を添え、考える素振りをした後、こう告げる。
「無いに等しいだろうねぇ。まずそもそも、能力保持者を【管理者】と呼ぶことは知識として分かるだろうが【管理者】の能力にはランク付けされていることが多いんだ。全部で四つある。まずは下の階級から説明しようか──」
博士は指を四つ立てて目の間に広げ、説明を始める。
「──なにかしらに影響を与える可能性のある『庸』、ヒトに秘められる能力を解放する制限なく使用できる『解』、そしてその能力を暴走させ、二倍以上の効力を持たらすと言われる『暴』、最後の一つは───」
怪訝な表情で博士は人差し指を立てて声を発する。
「“世界を変え得る力”である『滅』、の四つだ」
「世界を……変える……」」
「あぁ。そうだ。でも君はまだ『庸』の段階の【心剣】を持っているのに過ぎず、余程の運がない限り窮地を脱することは難しい。しかしもし、次の段階に行けたとしたら話は別だがね。」
「……次の段階へ進むにはどうすればいいのですか……。」
「いい質問だな、竜崎クン。では逆に、どうすれば進めると思うかい?」
「日々鍛錬、ですか?」
「う~む、五十点だ。確かに鍛錬も必要だが、それは当たり前過ぎる。正解はな、『人の心を戻すこと』を続けることだ。」
「『人の心を戻す』……こと、ですか。」
「あぁ、人の闇の部分が染み出すとロストが分離して生まれてしまうことは分かるだろう?それを我々は討伐しなきゃいけない。だが、そのロストが分離してしまった人“自体”はどうなるだろうか」
俺は答えることが出来ずに、黙ってしまう。
だが博士は説明を続行する。
「いずれロストは自らが『光』となる為に本能的に持ち主を求めるんだよ。」
「求めるというのはどういう事ですか…?」
「端的に言えばだね、持ち主である自分の存在を消し、持ち主になろうとする。誰にも知られずに持ち主は消え、ロストと入れ替わる。作り話に聞こえるかもだが、本当だ。もしかしたら君の知り合いも『ロスト』になってしまっているかもね。」
すごく話が長い彼だが、たまに興味を沸かせることを言う。
そんな俺のことは知らずに博士は本題に入っていく。
「おっと、悪い癖で話が随分と逸れたな。今の君に出来る対処法はたった一つだ。『人の心を戻す』度に、それにいわゆる人の『魂』が宿り、それがいずれ溜まっていくんだが…」
それと彼は言うと、俺の首の下に掛けている鍵を指さした。
俺が首を傾げ分からずにいると、
「それとは、『リベラ・キー』だ。」
「これが…。」
話がとても長い彼が指さした白い鍵はマインドウォーカーに入団したときに支給された物だった。
とても小さく持ちやすい形状をしていているが、重厚感がある。
……というか、こんなものどうやって使うのか全然分からなかった。
「そうだよ竜崎クン。『リベラ・キー』の使い道は二つある。一つは先程も言ったが、『人の心を戻す』ことに使うんだ。ロストにはね──」
また彼の長話が始まった。
博士は頭は良いんだが少し抜けているんだよな…。
彼の話を要約すると『ロスト』には『持ち主』の【記憶や人格】があるのだという。
それらを閉じ込めるための鍵穴なるものが存在していて、それは常時は体の中に隠しているらしい。
「博士、少し話が長いのでは?」
「あぁ、すまんすまん。その鍵穴を開くために『リベラ・キー』が必要なのだよ。開くことで『持ち主』の【記憶や人格】が戻るのだが、もし開くことなくその『ロスト』が消滅してしまうとだね…」
博士はゆっくりと息を吸い、吐く。そして、
それを行うと口を開き一言呟くように放つ。
「“持ち主死ぬ”という事になる」
覚悟したようはな面持ちで俺を見ると
『兄貴、今まで…ありがとう…ッ』
と“もう居ない者”の言葉が脳裏に響く。
俺は突拍子もなく何故か涙していた。
「そんな人を助けられるように僕等は必死にならなきゃいけない」
博士はにこやかな笑いを見せる。
だがそこに悲しさが紛れているように見えもした。
「…もう一つの使い道はな、」
「次の段階に行くための【鍵】だよ、竜崎クン。その道を切り開くのは君が考えるんだ」
◆◇◆
(『リベラ・キー』を使うのか…?)
堅く拳を握りしめる。
(でもどうやって使うんだ…?)
ロストはまだ攻撃を続ける。
息が切れそうで心臓が悲鳴を上げ、吐血してしまう。
「ぐはっ……!」
(これで俺は生きて帰られることができるのか…?)
(このまま俺が攻撃を避けなければ、一輝に会える…。)
ロストの黒い霧が復活し、辺りを闇で包み込む。
夜は深けるばかりで、一秒が一分に感じるほどに気持ちが圧迫していく。
(苦痛から、孤独から解放されたい。でも今ロストに殺されれば……。)
今死ねば全てから解放される。
暗闇に見えなくなる弟の夢も見なくなるし、罪悪感で死にたくなることもない。
朝起きて後悔することも、写真を見て泣くことも、憎しみであふれ出ることも、もうなくなる。
『兄貴なら……きっと…っ…』
声がする。
したような気がするだけかもしれない。
(……弱音を吐くな俺。なんの為に此処に来たと思ってる…。思い出せ、あの日を。そして俺を再び奮い起こしてくれッ…!)
竜崎は攻撃してきた槍の両手を瞬時に両脇で挟んで捕らえる。
重心がずれてバランスが取れなくならないように両脚に力を入れ始める。
「これでお前は瞬間移動をしようものなら、俺もついていくことになるッ…!」
「お前はもう動けない…少しでも抵抗してやる…ッ…お前らロストを根絶やしにするまで!死ぬわけにはいかないッ!」
(苦痛、後悔、沢山してきた。ここで引き下がることはできない…でも、足と手が引きちぎれるぐらい痛い…)
押さえていた槍の手は気付かないうちに離れていた。
「ッ…!?」
竜崎は逃げられたのかと思い、また辺りを探し始める。
(どこだッ……!今逃がしたら…終わるッ…)
◆◇◆
【T市公園】─影山side─
影山は少しの間、黒い霧によって気を失っていた。
『シニタイ……』
まだ声がする。
黒い霧で辺りの視界が失われているはずなのに、誰かがそこにいる気がする。
さっきから聞こえていた声が『心の叫び』のようなものに変わる。
『シニタイッ!!!』
「えっ…」
『アアアア!!!』
その声は轟音となり、辺りを移動するように聞こえる。
移動というより瞬間的に聞こえる声の場所が変わって聞こえてくる。
ついに目の前に声の主が現れた。
誰なのかと目を張り、耳を傾ける。
─────その正体はあの黒い物体だった。
(…悲しいような…苦しいような気を感じる…。)
物体は影山に近づき、体当たりを食らわす。
後方に飛んでいく影山は、どういう状況か全く掴むことは出来ない。
「痛い……ッ」
アレは人なのか、それとも違うのか。
人でないとしたらどうしてあんな悲しいんだろう。
僕は昔から人の顔を伺いながら得意ではあったけど、あそこまで鮮明に思いが透けるように見えてしまったのは初めてだ。
不思議と痛覚よりも思考が巡る。
体がフワフワと軽く感じて、とても体が楽になる。
(もう死んじゃうのか……。)
死とは突然現れるものだとは当然分かっていた。
ただ、いざ目の前に現れると恐怖感が体を支配する。
もう死ぬんだ、と。
「『マイ……」
声が聞こえる。
小さな声だ。
もう天国についたのかもしれない、いや或いは地獄か…。
「『マインドウォーカー』だァ!安心しろォ!」
「…………。」
(ここは……!?)
目を覚ますと、二人の男が立っていた。
一人は坊主頭のガタイのいい高身長の中年の男。とにかく声がデカい。
そしてもう一人は、鼻から下を鉄製のマスクのようなもので覆っている青髪の男がいた。
マスクの青髪は大きなリュックを背負っていて、大男はアサルトライフルのようなものを持っている。
「青年ッ…!そこに寝て待てよぉ!」
「………。」
坊主頭は大きな声でそう叫ぶように言い、青髪は無表情でうなずいた。
「わ、かりました…。」
(この二人からはとてつもない覚悟のオーラを感じる…。)
二人は黒い霧を進み、闇の中へ消えていった。
◆◇◆
【T市公園】──マインドウォーカーside──
「竜崎のヤツ、また無理してるなァ」
「……」
「竜崎は瞬間移動持ちのロストとは相性が悪いってんだ、相性には気を付けろって何回も言ってんのにな!」
「しかもまだ『庸』ランクでよくそこまで戦おうとするよなぁ、あいつも」
「……」
青髪は頷き、持っているリュックサックを地面に置き中身を漁る。
そこから出てきたのは一メートルほどのスナイパーライフルのような様相の青い銃だった。
「お前それ使うのかぁ!センスあるなぁ!」
「……」
「よく見ると【排除装置放出型】の壱型じゃねえか!なんで初期武器なんかお前が…」
「……」
「っておい!!無視すんな!」
「……」
「あっ…お前喋れないの忘れてた…すまねぇ…。それにしても青に塗装するなんてお前どんだけ青好きなんだよぉ~」
青髪は坊主のダル絡みを回避すると、黒い霧の中に指を指す。
「あぁ、そうだ。仕事だぁ、仕事ぉ!さっさと終わらせておでん食うぞ!冷泉!」
「……」
「俺らは皆の希望でもあるからな!張り切ってやってやるぜ!」
マインドウォーカー戦闘員『加賀 英五郎』
同じく戦闘員副長『冷泉 信』
はロスト討伐と竜崎救護へ向かった。