ファイナルディアロゴス
* * *
喫茶店の扉を開けると、僕がいつも座っているカウンター席ではなく、一人故に、今まで一度も座ったことの無いテーブル席に佐伯リリアはいた。
「わざわざ呼び出さなくても、僕はいつもここにいるからそんなことしなくていいよ。ところで、我がアイソレーションサークルに入部するか決めてくれたの?」
「いや、そうじゃなくて、ちょっと気になるものを見つけたからさー。君に一応伝えておこうと思って」
佐伯リリアが僕に示してきたのは、一つのネットニュースの記事だった。そういう社会的コンテンツの類に一切手を付けない僕にとって、それは稀有な情報源だった。
「○○町で謎の施設発見! 警察が捜査を開始。失踪事件と関与か?」
その記事に写っていたのは、やはり僻地に建つ、アイソレーションサークルの武器庫だった。僕の顔が凍りつく。
「やっぱりねー。佇まいが似てたから、怪しいと思ったんだよー」
佐伯リリアに弱さを見せたくはないが、彼女の言葉に応じる余裕も無く、僕は緊急事態用の電話で、武器庫担当の部員に連絡を取る。しかし、大方予想していたように繋がらない。
「くそっ、誰か裏切ったか」
そう言うのと同時に、今度は拘置所の担当者から電話がかかってきた。
「俺だ」
「部長、武器庫はもうだめです。今様子を見に来ましたが、もう警察が来ています! どうしたらいいですか!?」
その声は、恐怖に打ち震えていた。
「落ち着け、それでもアイソレーションサークルのメンバーか。お前はとりあえず拘置所に向かって、警察が来る前にそこにいる依頼者を全て処分するんだ。なぁに、僕等の部活は依頼で成り立っている。今回の依頼者には申し訳ないが、たとえ拠点が無くなったとしても部活は続けられるさ」
「わ、分かりました。では、部長は待機所にいる依頼者の処分をお願いします」
「ああ、分かった。あと、他の部員への連絡も頼む」
そう言って電話を切る。しかし、そのときの僕の手は何故か震えていた。横で静観していた佐伯リリアが口を開く。
「今のが人を殺す専門の部員なんだ」
「よく、分かったね……」
動揺しながら、僕は応答する。
「あんなに躊躇せずに『殺しといてください』なんて言えるのは、人を殺すのに慣れてないと無理だからねー。ところで、何で君は震えてるの?」
佐伯リリアに不意に聞かれ、僕は咄嗟に答える。
「依頼者を……望んでいない形で処分するのに心が痛むからだよ」
「嘘だね」
分かっていた事だが、彼女の眼に嘘は通用しない。真実以外は彼女の眼光に総て見破られてしまうのだ。 だが、それを分かっていても、僕は虚勢を張った。
「そう思うなら、そう思っていればいい。あとは、君の想像にお任せするよ。じゃあ僕は部室に行かないと行けないからこれで……。貴重な情報をありがとう」
冷静さを失っている僕には、これが精一杯の対応だった。
「行っても無駄だよ。君には人は殺せない。その別の部員の子に頼むのが懸命だと思うけどね」
佐伯リリアがそう告げる。
しかし気を急いていた僕は、その言葉が終わる前に店を飛び出していた。だが、これが彼女からの最も具体的で絶対的な最終警告であることを、この時の僕は気付けなかった。
彼女のソクラテスアイロニーを見破れなかった。
そう、この時、事象の終焉は決定した。そしてあとは、それが最終フェーズに突入するのを、ただ傍観せざるを得ない状況に陥ったんだ……。
この行動によって、崩壊は加速していった。
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