私の誕生
* * *
そんなある日、私が虚空の住まいに帰ると、珍しくいつも鳴り響いているはずの鈍いDVの音がまったく無かった。私は不思議に思いながら、溜まっている家事全般を片付ける。
この家では、掃除、洗濯、炊事、その総てが私の業務だ。その理由はもちろん、両親がDVでほとんど部屋から出てこないからだ。唯一、私が彼らと対面するのは、食事の時だが、その時でさえ言葉を交わすことは一切ない。
それでも私がこの家を捨てなかったのは、安定した収入があるからだ。両親の財布、そこにはなぜかいつも大金が眠っていた。
私はそれを抜き取り使う。働いてもいない両親が裕福なわけが無かったが、これは神が私に与えた権利だと思っていた。
「ピンポーン」
玄関のチャイムが鳴る。同時に飛んできた罵声で、私は今日両親が静かな理由を知った。
「オラぁ! 佐伯、出てこんかい! 借金の返済どんだけ遅れてると思っとんねん! 残金利息合わせて一千万や! 今日こそ払ってもらうからな。おい、われ聞いとんのかい! 扉壊すぞ!」
「!」
それは、借金取り、だった。なんで私は今まで気が付かなかったのだろう?
常識的に考えて、働いていない両親が借金をしていることなど、容易に予測できたはずだ。
……いや、本当は気が付いていたんだ。それでも無意識のままだったのは、安定した生活が無くなるのが、怖かったからだ。
さて、今の私には三つの選択肢がある。
一つ目は、このまま無視することだ。だが、借金取りの言動から察するに、扉を壊され侵入されるため効果がないだろう。
二つ目は、説得して、なんとか今日は帰ってもらうことだ。だが、問題の根本的解決にはならないし、そもそも帰ってはくれないだろう。
残りは第三の道……。
私は覚悟を決め、玄関へ歩み出る。
その背に刃を携えながら……。
「はい、なんでしょう」
「なんや、この家子供いたんか。お前じゃ話にならん。親呼んで来い!」
「今両親は留守にしておりますので、お引き取りください」
「うるさい! いつもと違う時間にきて留守なわけあるかい! 隠しとんのは分かっとんのじゃ! いいからさっさと出さんかい!」
やっぱり帰らせるのは無理か。そう思い、第三の道、その第一フェーズを開始する。
「わかりました、しばらくお待ちください」
「早くしろ!」
刹那、借金取りの意識が私から分散する。私はその隙をつき、躊躇なく刃を突き刺す。その身体から噴き出た鮮血が私を染める。
正直、罪悪感はあった。でも、そのおかげで、消化不良になっていた心はこの罪悪感と溶け合い、本当の私を形作っていった。
人は過ちを犯さないと次のステージには行けない。それを学んだ瞬間だった。
異変を感じた両親が部屋から出てくる。
「リリア、お前は正気か?」
「正気? そんなものは失ってますよー。私はもう普通の人間とは違うんですから―。でも、分かってますか? 私をこんな風にしたのは、あなた達なんですよー」
これが、現在の私-内面の私と外面の私-が完成した瞬間だった。
最後までお読みいただきありがとうございました
感想などいただけるとすごく嬉しいです!