ネバーアイロニー
その日、私‐佐伯リリア‐は夢を見た。
それは、決して思い出したくなかった、忌まわしい幼少期の記憶だった。このフラッシュバックは、きっと今日の出来事とリンクしているんだろう。
私が生まれたのは、明日の生活も保障されていない家庭、いわゆる生活保護家庭という所だった。だが、問題の本質はそこではない。社会的なレッテルなど無視して生きていけば良いのだ。
私にとって誤算だったのは、物心がついた頃から家庭が崩壊していたことだった。
大抵の少年少女達は、親の愛情を受け育つ。その過程が、その後の人格を形成すると言っても過言ではないだろう。
だが、私にはそんな物は無かった。
父は、働きもせず、酒に溺れる日々。そんな父を、元々病弱だった母が諫められるわけがなく、挙句の果てに母は、父からのDVに耐え忍ぶことが日課となった。幸い、父からのDVは私に飛び火してこなかったが、両親の家庭内に私の居場所は無かった。
それが、何よりの苦痛だった。どんな痛みよりも、自身の存在理由‐レゾンデートル‐を認めてもらえないことが人間にとって一番辛いことだと、私はこの家庭で学んだんだ。
だから……両親にもらえなかった自分の世界を作るために、もう二度と一番の苦痛を味わわないために、私は他人とのカカワリを選んだ。小学生になった私は、積極的に、他人とのコミュニケーションを図っていった。しかし、世界はそんなに単純ではなかった。
ある日、帰ろうと靴箱に向かった私は、昇降口にいるクラスメイトの会話を偶然耳にしてしまった。
「ねーねー、リリアちゃんってなんかうざいよねー」
「うんうん、わかるわかる。せんせいにも、クラスのおとこのこにもなれなれしいしー」
「もうどっかいっちゃったらいいのに」
「そうだ、もうみんなでむししちゃおうよ。みんなもそのほうがしあわせでしょ」
「そうだね。あたしもすきなひととられそうだし」
クラストップメタの提案を皮切りに、その風潮はどんどんと拡散されていった。それは、まるで電子の流れのように、一瞬の出来事だった。
次の日から、壮絶ないじめが始まった。
靴箱にある私の上履きには常に画鋲が入れられ、机は校庭に置かれていた。
クラスからは、嘲笑が聞こえて来る。
そう、この時点でこの空間において私の居場所は無くなった。そして、一度失った空間を完全に取り戻すことはほぼ不可能だということを学んだ。
これが私がこの学び舎で学んだ成果だった。
これがあったから、私は強くなれた。
中学生になり、私の小学校での経験則は、十二分に作用していた。人間関係をリセットするために、私立中学に進んだことが幸いして、今度は私がマウントをとる側になっていった。
一度壊れた環境を修理することは難しい。でも、何もない所から支配を作っていくことは簡単、そのことを実感しながら、私は中学生活を送っていた。
心のどこかで、消化不良を起こしながら……。
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