ソクラテスの最終ベクトル
私は彼-滝川ハルト‐の思想の分解にはいる。
「じゃあ、ちょっと気になったことを聞くね。アイソレーションサークルで役割分担をしているっていう事は、ずっと人を殺し続けている人もいるっていうことだよね?」
「もちろん」
「その役目を交代制とかにしようとは思わなかったの?」
「何でそんなことをしないといけないんだ? 与えられた役割を果たすのは当然のことだろう? それが、社会的なルールのはずだ」
この言葉で、私が抱いていた疑念は確信に変わる。
「なるほどね……。だから君は、人を殺したことがないんだ。誤魔化しても無駄だよ。目を見て分かっていたし、今の発言で確証に変わったから」
「確かにそうだが、それがどうしたんだい?」
気に入らない。その感情が、ここで止めようと噤んでいた私の口を、再び開口させた。
「別にー。ただ、自分の意見を押し通すだけじゃなくて、他の部員たちの意見も聞いた方がいいんじゃないかなーって思っただけ」
「自分の意見を押し通しなんてしないよ。『賛同したい人は賛同すればいい』これが、僕のスタンスだからね」
見えない圧力は、一般人を傷つける。それは、無意識に強制させているんだよ。
君は自分の価値観に浸りすぎている。人を傷つけることをいとわない、罪悪感に苛まれない、君や私みたいな別次元の人間は、この世界の少数派なのに……。
可哀そう
溢れ出る哀れみを基に、私は彼に同意することを諦める。
「そうなん……だ。分かったよ。とりあえず、入部の件は保留にしてもらってもいいかな。大切な部分で君と分かりあえてない気がするからさ」
「ご自由に。まあ、君の考えていることも一理あると思うけど、人間は一人一人違うからね。理解しあえるとは到底思えない。そのなかで、どれだけお互いが妥協し合えるかが問題なわけだけど……同属との出会いは嬉しいからね。君がどれだけ妥協するのか、期待してるよ」
私はこれを聞いて、彼と絶対的に埋められない溝がある事を確信した。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか。あまり遅くなったらいけないからね」
ここで、私は再びモードチェンジをし、化けの皮を被る。
「そうだねー。あっ、もしかして帰りもさっきの道を歩かせる気?」
「ご心配なく、タクシーを呼んでおいたからさ。もちろん費用はこちらもちだよ。僕はもう少しここでやることがあるから先に帰ってもらってていいよ」
「ありがとー、もう一回あの道を歩かされたら私死んじゃうよー。じゃあ、また明日学校で!」
「ああ」
私はこうしてアイソレーションサークルの部室から立ち去った。そして、滝川ハルトが用意したタクシーの中で、彼のことをとても残念に思っていた。それは、彼が発した一節故だった。それが無かったとしたら、私は即刻アイソレーションサークルに入部したに違いないのに……。
「妥協なんてできるわけがない。君は無意識に身近の人を傷付け続けている。それは、私が最も嫌うことなのに……」
私はそう呟いて、もう完全に闇に覆われた帰路を急いだ。
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