僕のユートピア
やっぱり彼女の言った通りになった。
僕はあくまで、ただの無知な存在でしかなかったんだ。
彼女をあんなに侮蔑しながら、世界が見えていなかったのは僕のほうだった。
だからいつかまた、君と会いたい。
たとえ、それが摂理を欺いているとしても……。
* * *
僕-滝川ハルト-には行きつけの喫茶店があった。その店は僕のような中学生が入れないような雰囲気を醸し出していて、家に束縛系ペアレンツがいる僕が一人になれる、数少ない場所だった。そんな両親から逃れるために、僕は毎日ここを訪れる。
そんな僕にはある一つのアイデンティティーがある。
僕は『孤独』が好きだ。そして、全人類が全員『孤独』であったらいいのにと思っている。
自分自身でも、これが実現不可能で非人道的であるということはわかっている。しかし、同時にこの信念は揺るがないと考えている。なぜなら、仮に全人類が『孤独』であったとしたら、コミュニケーションなどは発生しないが、それと同時にバイオレンス的アクションも発生しない。つまり、ある種の平和の世界が出来上がるのだ。
『孤独』はこれが最終形態ではないのだが……とりあえずここまでにしておこう。
僕は、人間関係の雑踏と『孤独』な平和を秤に掛けた時に『孤独』を選んだ、ただそれだけのことだ。
そんな僕だから、この場所はとても居心地が良かった。安心できる数少ない領域だった。
僕が彼女-佐伯リリア‐と出会ったのは、まさにその場所で読書に没頭している時だった。
「滝川君、何読んでるの?」
不意に声をかけられ、一瞬戸惑うがすぐに応じる。
「誰?」
「えー、同じクラスなのに覚えてくれてないなんてひどいなぁ。佐伯リリアだよー、生徒会長の。」
だからどこかで見たことがある気がしたのか。僕は納得して言う。
「その生徒会長さんがクラスで浮いている陰湿な僕に何の用?」
「だから、何読んでるのかなって」
「ああ、哲学書だよコレ……ソクラテスの。まあ、生徒会長さんにはこれっぽっちも興味が無いと思うけど」
僕は面倒くさくなって、ぶっきらぼうに言う。
「あー、今私のこと馬鹿にしたでしょ。イメージだけで人を判断したらダメだよ。私だって、名前くらい知ってるよ」
佐伯リリアは、まるで幼児のように駄々をこねる。
「そんなの常識。名前知らない奴は、人間をやめるのが懸命だと思うね」
「他にも知ってるよー。ほら、あれ、無知な人が本当の知者で、知者って言ってる人が実は無知だっていうやつ」
「ソクラテス的アイロニー」
「そう、それっ!」
「……知ってるんだ。ついでに補足するけど、ソクラテス的アイロニーは無知を装って、知者と言い張る人物と論議を重ねることによって、相手の主張の矛盾点を見つけ出して、相手の知識が見せかけのものだと示す問答法。ちなみにアイロニーという単語自体は、現代でも演劇で主人公が望むのと反する結末を迎えるときに、ソフォクラテスアイロニー、もしくはトラジックアイロニーとして使われているよ」
無知の知、その言葉の意味を僕は知っていたはずなのに、僕はこの時佐伯リリアに弱みを晒してしまったんだ。
最後までお読みいただきありがとうございました
今回は孤独がテーマとなっております。
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