【第一章】第三十七部分
「どうしてこんなことになったのか?っていうセリフを吐くには酸素が不足してるよね。炎が酸素を喰ってるから。キミがくだらないセリフを言ってるうちに、枕から出たソバガラを燃やしていたからね。ソバガラにも魔法がかけてあるから、さっきのレベルとは違うよ。」
「何のこれしきよ!」
千紗季は顔が変わるぐらい紅潮させて水を放出するが、まさに焼け石に水。流体になる前に蒸発していた。竜のように燃え盛る炎が千紗季に襲いかかって、包み込んだ!
「うわあああ~!」
断末魔の絶叫が周囲を支配した。
「もう終わっちゃったね。あくびをするヒマもなかったよ。・・あれ?なんか変だよ。」
「ううう。アタシ、まだ生きてるわ。」
「よ、よかった。センター公方様が無事で。」
タミフルの言葉が止まった。
「タミフル~、死んじゃダメよ~!」
タミフルが身を呈して千紗季と入れ替わっていたのである。
「センター公方様、火が回らないうちに、ここから早く逃げてっ。バタン。」
「タミフル~!」
「その子の言う通りにした方がいいよ。その子に免じてボクは追わないよ。市民から命という血税を頂いてしまったからね。」
「ううう。」
千紗季は後ろ髪を引かれる思いで、部屋から出ていった。
事務所に戻った千紗季は、すっかりふさぎ込んでいた。
それから3日間、ステージには上がらず、食事もまったく取らなかった。
仕切られた自室コーナーに引きこもって、誰に会うこともなかった。
たまりかねた山田が声をかけてきた。
「もう3日ステージに穴をあけてるぞ。このまま何もしないなら、アイドル、やめちまいな。何も食べてもないから、体も壊すだけだから、家に帰った方がいい。その後で、思いっきりひきこもり生活を楽しむことだな。」
今はステージの時間。楽屋にはひとりを除いてだれもいない。いちばん奥で存在感をほとんど消してうずくまっている千紗季。
不思議なことだが、まったく人がいない時よりも、沈み込んだ人間がひとりいる方が静けさは増すものである。それを表現したものが、『閑けさや蛙飛び込む水の音』という芭蕉の句である。
『カッ、カッ、カッ。』
そんな静寂を破る靴音。
靴音はどんどん奥に進み、意識的に床を強く踏んでいるようだった。やがてパーテーションの前で止まった。
千紗季も靴音に気づいたが、身じろぎひとつしなかった。
その無反応さに、苛立ちを見せた靴音は全力でパーテーションを投げ飛ばした。
「な、なに?」
久しぶりに声を出した千紗季。それ以上、言葉を紡ぐことはなかった。
「やっぱりこんなことだろうと思ってたよ。」
「だ、誰?・・・つ、つかさか。か」
「帰ってよ、って言い出すんだろうけど。帰らないよ、すぐにはね。」
「つかさにアタシの何がわかるというのよ。」




