【第一章】第三十六部分
鋼鉄のように見えた市長の腕から、赤い血液が噴き出している。
「ははは。さっきあんたが払った水は固く鋭い刃物に変わってたのよ。足元をよく見てよ。」
床には、血のついた刃が落ちていた。
「あ、頭が痛い!」
市長は頭を抱えて、膝をついた。
「アタシの魔法をナメないでよね。水芸は魔法なんだから、水芸の練習はそのまま魔法の訓練に繋がるんだから!」
胸を張りまくった千紗季だが、大地は隆起しなかった。
「フフフ。なるほど、キミの魔法は自己流にしてはよくやってるね。」
市長は口から出た血を手でぬぐいながら、ゆっくりと立ち上がった。
「あら。アタシが自然に手心を加えてしまったようだわ。どうしてもって言うから、もうちょっと真面目にやってあげないこともないわ。」
額に汗を滲ませて、少々ひきつった表情を隠しつつ、威張る千紗季。
首領は宮殿でモニター監視を継続していた。
「こやつ、増長しておるな。これからが見ものじゃ。」
首領はあからさまにニンマリした。
市長はモンスターらしからぬ真面目な顔で話し始めた。
「何か行動を起こせば、自分の視点からだと、プラスに見える。しかし、相手にはマイナスとなる。それぐらいはわかるだろうけど、たくさんの人間の上に立つ者はもっと多面的に、場合によっては多次元的な物の見方をしないといけない。いかにも威力のありそうな攻撃であっても、それはまっすぐに進むだけの木偶の坊に過ぎない。視野の狭い一市民が暴れても騒いでもそれは多方面での無効化ベクトルに相殺され、全体に対してはほぼ無力。政治家は全体を俯瞰して、指揮者として、最適追求による無力を有効化するところに存在意義がある。」
市長は喋っているうちに、何か工作したのか、あるいは、事前に防御策を講じていたのか、ダメージが回復していた。
「いったい、何を言い出すのよ。」
「言い出すんじゃない、仕掛けていたんだよ。」
「熱いわ!」
千紗季の周りから赤々とした炎が出ていた。
「水に対しては火がいちばんだからね。」
火は小さく、ろうそく大である。
「そんなもの、どこから出したのよ?」
「枕の中身はソバガラだからね。乾燥しているから、軽く摩擦すれば火を点けることなんて造作もないさ。」
よく見ると火は枕から出ていた。
「そんなものなら、アタシの水枕で、カンタンに消せるわ。」
千紗季の手から発射された水はスプリンクラーのように小さな火柱を瞬時に消し去った。
「あ~あ、負けちゃった。キミ、けっこう強いねえ。降参だよ。」
「夢枕モンスターなんかに誉められてもうれしくも何ともないわよ。」
「うん、別に誉めてもないし。蔑む演説の原稿はもう仕上がったけどね。」
「それはこっちのセリフだわ。反撃して吠え面書いたら、演説よりももっと視覚に訴えられるように、油絵にして額縁ショーよ!」
額縁ショーの意味を知らない千紗季は、水で剣を作って、市長に刺した。
「ぐっ!」
剣は市長の腹に刺さり、市長は呻きながら倒れ・・ なかった。
「じゃあ、お言葉に甘えて、絵画にしてもらおうかな。真っ赤に燃え盛るキミの叫び顔をね。」
「わあああ~!」
千紗季は大きな火柱に囲まれていた。




