第99話、【火(カムラル)】の女神さま、僅かばかり力込めて杖をとる
SIDE:ラル
魔力化、魔精霊に変化したラルにとって目標との距離は、何隔てていようとも、無いのと同義であった。
意思が生まれ、魂あれば、それに応じて動きは鈍く重くなっていくのだが、ラルにとってみればお構いなしである。
故に、本当に嫌だったのならば、サーロから逃げて撒くことなど容易いわけだが。
別に、サーロが悪いわけではない、特に嫌なことなどないと思っているどころか、もう出てきてくれないのなかなぁ。
ひょっとして、自分のせいなのかなぁと思いだしてしまうくらいで。
(……いたっ!)
そんな事を思いながらも、壁どころかダンジョンの地面すら抜けてふたフロアほど降りただろうか。
イゼリは、一階層が、横に枝葉をつくってずっと伸びているという認識だったようだが、
穴掘りの名人がいるのか、実は密かにその下の階層もあったようで。
そこに、息をひそめるようにしてぞろぞろと歩いていたのは、色々な獣人族特徴、耳や尻尾のある子供たちであったが。
そんな彼彼女らは、皆一様に手枷、首輪を取り付けられており、その周りには邪な気配、魔力をまとった黒色フードの男たちが囲むように歩いていて。
さらにその周りには、生まれたての【地】の魔精霊、ある意味で自然、ダンジョンそのものが、アイの言うところの親のごとき、上位存在とも言える【火】の女神さまへ向けて救難信号を送っていた。
魔精霊や人に限らず、子供は宝であると。
大事にしなくてはならないのだと。
子供たちは笑顔でいなくてはならないのだと。
幸いというか、運命と言えばいいのか。
アイは比較的すぐに救い上げられた。
ならばそこにいる子供たちはどうだろうか。
魔王のような存在の召喚のためにいけにえが必要であるからなのか。
一見するとどの子も無事な様子ではあるが。
それならば何故、大地の子供たちのように声を上げないのか。
もう諦めてしまったのか、助けなど来ないと思っているのか。
ひとたび声を上げたのならば、害される危険があるからなのか。
いずれにせよ、許されざる状況。
恐らくその時、自らの意思がどうかはおいておいて、哀れな黒色フードの彼らは。
文字通りの神の怒りに触れかけたのかもしれない。
……最もそれは、この世で一番慈悲深い神で。
ラルは、精霊化をときながら、
かげろう纏い、彼らを追い越してその進路上に降り立っただけであった。
炎化の残滓で、仄あたたかい熱を持った蜃気楼に撫でられはしたが、
子供たちも含めてそこにいる彼らは、なんの痛痒も感じてはいなかっただろう。
「わざわざこんな地下深くを通って、一体どこまで行くつもりなのかな」
ラルにしてみれば、なんだか久しぶりな気がしなくもない、慇懃さを前面に出した、不可思議な水先案内人……仮面の怪人モード。
今となっては、大分素だ出てきてしまっているが、それも周りのみんなの優しさが伝わってきて、安心感を覚えていたが故、なのだろう。
あるいは、アイと初めて会った時のように、演出的な意味合いがあることも確かであったが。
ラルとしては、その仮面と『役』になりきるのは、自分の『弱さ』を覆い隠す意味合いもあったりした。
ここで言う弱さとは、それすなわち心である。
怒ったり悲しんだり、嬉しいことや楽しいこともそうだが。
ラルは自分が感情に流されやすいことを自分自身でよく分かっていたから。
あまり感情に身を任せすぎてしまうと、『おぷしょん』の状態ですらあり余りすぎてしまっている魔力が暴れだしかねないので、仮面やマントを着込み、『役』になりきることは、それを防ぐためのものと言ってもよかったが。
「めがみさまっ」
「きてくれたー」
「かわいいーっ」
「うつくしぃ」
「やった、やった」
でもそれでも、ほんの僅かに漏れ出した怒りのようなもの。
周りを、相手を傷つけぬよう、すぐに霧散したが。
効果はまさにばつくん、覿面であったようで。
【地】の生まれたての魔精霊……子供たちは、やんやの喝采で、一斉にはやしたてはじめて。
【火】の女神が、その御姿を顕現した(知らぬのは本人ばかり)。
それを目の当たりにした、囚われの獣人の子供たちは。
文字通り火が付いたかのごとく。
それまで抑えられていた感情が溢れ出す。
大地の子らと同じように、女神さまと呼んで祈るもの。
安心感を覚えて泣き出すもの。
助かったのだと、きょうだい同士で抱き合うもの。
ありとあらゆる美辞麗句を並べ立てて、共にあろうと誓うもの。
それら全てをしでかした張本人であるラルが、仮面から僅かにのぞく、カーネリアンの瞳しばたかせて、狼狽えるくらいには、その場の状況は一瞬で様変わりしてしまって。
それは当然のごとく、此度の下手人……闇の一族の者たちにも伝播していた。
悲鳴を上げて、地面に膝をつけて、許しを乞うもの。
あまりの重圧に耐えられなくて、まろびつつ逃げ出そうとして大地の子らにまとわりつかれるもの。
そして、混乱と罪の重さに追い込まれて。
あるいは女神そのものな存在に一目でいいから見てもらいたかったのか。
とらえた子供たちにも向けることはなかった悪意にも満たない、昏く凝り固まった感情をぶつけんと。
黒光りするナイフを持った、フードの男がひとり、そのまま倒れこむ勢いでラルに向かっていって……。
誰かが危ないと。
先ほどとは異なる悲鳴を上げるよりも早く。
登場しただけで蜂の巣をつつくようになってしまったその場に対しての戸惑いから回復したラルは。
むしろそうでなくっちゃと言わんばかりに、ナイフの男を迎え撃つ。
どこからともなく取り出したのは。
七色に煌く星型の宝珠埋め込まれし杖。
商人に憧れていたラルにとって、数ある武器防具、マジックアイテム、自らが装備できるモノの中では比較的可愛らしさが抑えられている……
ラルにとってみれば、長年愛用し馴染んだ装備品と言ってもよかった。
所謂魔力の伝導率も、それほどではないが。
そうであるからこそ、魔法のコントロールなども、もはや目をつむっていても。
ろくに詠唱もなく、『フレーズ』も『タイトル』もなくともお手の物で。
「……なぁっ!?」
どう転んでも歯が立つはずがない存在に、ナイフ一本で突っ込んでいったのは、果たして愚かな蛮勇であったのか。
物語の強制力のようなのもに、囚われてしまったからなのか。
はたまた、それだけの気骨があったからなのか。
ある意味でその名も知れぬ闇の一族の男が我に返ったのは。
それでもしっかと握りしめていたはずの、少し大ぶりのナイフが。
ナイフだけが忽然とその手の中から姿を消したことによってだった。
一瞬、何が起きいたのか理解できなかったが。
「これを使うのも久しぶりだ」
ラルのそんな呟きと。
ナイフ消失の寸前に、僅かに煌めいた白い光と、残り風のように降ってくる暖かい空気を受けて男はゾッとなる。
ラルがあの瞬間、ろくに詠唱もせずに視認するのも難しい火の魔法を生み出し、そのナイフだけを燃やし尽くし、世界から消失させたのだと気づかされて。
「ぅ……あ」
どうあがいても手を出してはならない至高の存在に触れようとしてしまった。
襲い来る、凄まじい後悔とともに風に圧され、よろけるように一歩下がったことで、男のフードがはだけて飛んで。
「……あ」
その瞬間。
男にとってみれば【火】の女神そのものな上位存在が、僅かばかりうろたえた理由など理解できるはずもなく。
ただただ美しいと、たとい仮面越しでも一生、その身を捧げるにふさわしい人物を見つけてしまったと浮かれるばかりであったが。
じっ……と、今度は間違いなく気づけた、何かが燃えて焦げて溶け落ちてなくなっていく音。
それが、衣服とフードと自身の髪の毛であると理解した時、幸運にも意識を飛ばす最後の瞬間、男が見たものは。
やってしまったと。
戸惑い顔すら美しい(仮面はついたままであったのに)女神の相貌で……。
SIDEOUT
(第100話につづく)




