第93話、その魔力秘めし装飾品は、ある意味で大分殺傷力を上げていき
SIDE:ラル
そんな、益体のないと言えばない、ただただ平和なやりとりがあったくらいで。
イゼリの故郷、『フーデ』までの道のりは、特に何事もなく順調に進んでいった。
『フーデ』の街で一旦停泊し、食料などの物資を積む間、少しばかり時間があるとのことで。
ラルたち一行は、イゼリを先頭に『フーデ』の街中へと繰り出し、露天商店教会冒険者ギルド諸々を冷やかすこととなったわけだが。
何せ大所帯になってしまったこともあり、二班に別れて行動することになった。
一班目は、リーヴァを中心とした、冒険者ギルドや各教会へ赴くのに、情報収集に明るいメンバーで構成されている。
上級の冒険者の資格を持ちながら、受付嬢までをもこなし、今はみんなのお姉さん的な立ち位置に落ち着いている(ラルがもふ吸い未遂を起こさんとした時に倒れたことは気になるが、その辺りは気にしないでもらえると助かるらしい)、リーヴァを初めとし、冒険者ギルドに入って一年足らずで上級に足を踏み入れているらしい期待のホープであるローサと。
燃える魂持ちし、魔導人形のノアレ。
太陽の下、散歩できるヴァンパイア(吸血鬼的にすごいことらしい)のレミラ。
そして、『光』の聖女と謳われし『闇』の朋友(レミラが大好きなだけ)セラノの5人。
正直に言うと、ラルとしてはローサともふもふたくさん(予定)の街を見て回りたかったのだが。
適材適所だの、バランスだの言われてしまえば自分勝手なことなど言えるはずもなく。
一方、ラルとともに行動する買い出し班に見せかけた、救世ちゅさま一行の、ほとんど忍ばない観光行脚には。
故郷であるからして、案内役を仰せつかった金……白金色した『月』のけもの(もふもふ)に変われるイゼリと。
【水】の巫女にして、救世ちゅさまが初めてこの世界で邂逅した相手でもあるアイ。
そして、新しくラルさまの愉快な仲間たちに加わった二人。
『夜を駆けるもの』、神出鬼没な奇術師のイメージが、ラルよりも似合いそうな気がするルキアと、
アイとよく似ているけれど、今はメイドとなっていて、アイのことを甲斐甲斐しくお世話しているお姉さんにも見えてくるウルル。
以上のメンバーによる、ラルさまの観光行脚、珍道中を見ていくことにしよう。
「そう言えばお、私、もふもふの子たち、苦手だったんだよね」
「えっ? そうだったの? そんな風には全然見えなかったけど」
むしろ、申し訳ないくらい近くで対面することとなったイゼリとしては。
かつての人たらしなサーロよりよっぽどもふもふしたい、大好きといった圧が凄かった気がするのに。
一体全体、どうしてラルはそんな言葉を口にしたのだろう。
それは、実際問題今ここにいるラルではなく、故郷のラルがむしろもふもふに近づかれると逃げ出していたからに他ならない。
「お姉ちゃんの一番大切な子が、まっしろつやつやもふもふの猫さんだったんだけど。その子、私と持っている属性が相反していてね。……あぁ、別にそれが嫌だったわけじゃないんだけど、あまりにもちっちゃくてやわっこくてさ。そのくせぐいぐいくるものだから、傷つけちゃわないかなって、怖かったんだ」
姉と、人生の片割れと言ってもいい彼は。
【光】の属性そのものであった。
今では、そもそもそんな運命で結ばれた二人こそ相反属性を持ちながら仲良く睦まじくしていたし、相反属性のセラノとレミラが、その事に苦労している様子は微塵もなく、そんな事はないと分かっているのだが。
それに付け加えて誰彼構わずもふもふされにくる(実際のところは、彼はしっかり吟味した上で相手を選んでいるわけだが)のを、特にラルの場合は、姉が取られてしまうんじゃなかとうかとむくれて機嫌が悪くなるのが大きかったのかもしれない。
何せその現場を目撃したのならば、サーロや彼の元々のご主人さまなども随分おかんむりだったから。
小さくて可愛いもふもふに、みだりに近づいてはならないと植えつけられていたのかもしれなくて。
「ラルさまの炎、魔力だけで見てもすごいもんね。ねこさんの毛に燃え移っちゃったらたいへんだもん。
もしそんなことになったら、わたしが消してあげるね」
「ありがとうアイちゃん、優しいね」
「うん。あ、イゼリさんがもしそんなことなったらお水出すからね」
「うひぃ、はげちゃうのはちょっと勘弁だよぉ」
実際には、周りから気にかけられみだりに触れてはならぬと過保護に扱われていたからこそであると、気づいたのはルキアくらいだろうか。
アイの純粋で真摯な言葉に、ウルルは間延びしつつやんやと喝采。
単純に、もしそうなったらお願いするよと、知らぬのは本人ばかりなラルと、きれいな金糸が灰色になるのを想像してしまって、文字通り縮み上がる勢いのイゼリ。
そんな一行は、少なからず周りに注目されていることに気づいているもの、いないものがいる中で。
まずはもふもふしやすくなるためにと(既に目的の買い出しはどこかへ行ってしまっている)、形から入ろうと言うことになって。
この街くらいにしかなく、名物にもなっているらしい装飾品を売っている店へと向かっていた。
「しかし、ラルさま、今は小動物から獣人族に始まって、特段苦手意識はないのでしょう? 一体どのような心変わりを? 私、気になるなぁ」
「うん。……この世界へ来たばかりの頃は、すぐ気づけなかったんだけど、簡単に言ってしまえば今ここにいる私は本来の私の一部っていうか、ひとかけらなんだ。だから、無闇に魔力が溢れたりとかはしないだろうって気づいてね。もふもふさんたちに悪影響がなさそうだって分かっちゃったら、長年、見ているだけでもふもふできなかった気持ちの方が溢れちゃったってわけ」
ルキアの問いかけに、素直に答えるラルの様は。
自身が『おぷしょん』、ひとかけらであると気づいていなかった当初と比べて、仮面やマントはその美しすぎ、大き過ぎる存在を隠すためにつけたままだとはいえ、もうすっかり壁のようなものは取り払われていて。
素のラルが出てきているのが分かる。
やはり、ルキアが睨んだ通り、ラルたちの故郷の美少女たちは、男の子ぶりたいところがあるようだ。
一応、男役を生業としているルキアとしては、天然もののそれは大いに参考になって。
どうして少年になりたいのかなんて、聞くのは野暮なのだろう。
ローサにもはぐらかされたが、どうやらその辺りのことを伺うのはタブーらしい。
柔らかくも儚く脆い乙女心をいたずらにつく気はルキアには更々無かったから。
ラルの正直な言葉に納得しつつも、もしかしなくてもその溜まりに溜まった衝動に付き合わされるのかもしれないと、既に諦めの境地でいて。
「あれで~、ひとかけらなんですかぁ? さすがが救世主さまですぅ」
「いやいや、そんな。たいそうなものじゃないって。かけらって言うのは、言葉のあやな部分があって、本体は何倍もでっかくて強いってわけじゃないんだよ。残念なことに」
救世するその瞬間を目の当たりにしたウルルだからこそ言える、戦々恐々な感嘆。
強大に過ぎて、中々その事にも気づけないラルは、少しばかりズレた反応を返していた。
実際、今のラルは魔力云々はともかくとして、本来のラルと比べても、大分縮んでしまっている。
だがそれも、あくまでもラルの主観で。
本来のラルと今ここにいるラルの見た目は、そう変わってはいないのだ。
言うなれば、救世主が救世ちゅに変わったくらいで。
「きゅーせいしゅさまじゃなくてめがみさまだよ。ウルルお姉ちゃん。【火】のめがみさま。はじめて会ったときわたし、本当にそう思ったもの」
「あら、そうなのですかぁ。アイさまがそう言うのならそうなんですねぇ。だったら私も、これからは女神様って呼びますねぇ」
「正体不明な出で立ちでも、その呼び方が相応しいと思える程の存在感、さすがです」
「だから、そんなんじゃないってば。神出鬼没の水先案内人……今は、【水】の巫女姫の従僕のひとり、ですから」
「あら、そうしたら同業者、ライバルですねぇ。うふふ、アイさまのお世話ならば負けませんよぉ」
「うっ、これは強敵だ。まったくもって勝てる気がしないけど、頑張るよ」
「もう、ラルさまもお姉ちゃんも。わたし、ひとりでできるよー。もう大人なんだから」
「ふふふふ、尊い」
ラルの、自身を認めようとしない無自覚っぷりはあれだが。
概ね穏やかな道中は続く。
当然、町の人たちの注目を集め続け、その中にはあまりよろしくなさそうなものもあったが。
これだけ目立っていると、逆によからぬことを考える者達も容易には近づけないだろう。
リーヴァやローサと別れて行動することとなった当初は、大丈夫かと不安もあったが。
この様子ならば、早々問題は起こらないだろう。
イゼリは、そんなことも含めて、ルキアと目配せしつつ。
目的の店がある通りへと入ってゆく。
そこは、大通りから一本脇へと入った場所。
しかし、裏通りという感じがしないのは、大通りよりも買い物客、観光客などで賑わっているからなのだろう。
「あ、あった。ここだよラルさま。獣人族になれちゃう装飾品の売っている店は」
「わぁ、凄い。たくさんあるなぁ」
そんな中でも、一際賑わっている店。
『ミミオッポ』などと、単純明快な看板を掲げている装飾品店があった。
「ねこさん、いぬさん、うさぎさん。くまさんにねずみさん、にわとりさんもあるねー」
「ほーう。ミミはヘッドドレスのようになっているんですかぁ。メイド服とも合わせやすそうです」
「いや、しかし。これを装備したら、今まで以上に目立ちそうだなぁ」
「オオカミ耳なんてものもありますよ。ルキアに似合いそうです」
「ちょっ、まっ」
「おぉ、いいね! ルキアさん、付けてみてよ」
もふもふするために、仲間っぽくなって、仲良くする作戦。
しかしそれ以前に、ラルとしてはいろいろな付加価値のあるマジックアイテムとしてのつけ耳つけしっぽに興味が沸いていた。
夢のひとつで、叶わなかった商人の血も騒ぐというもので。
案の定、フラグを立てていたおかげで、真っ先にその興味の標的となってしまったルキアは。
焦り動揺しつつも。
ラルにウルルに捕まえられて抵抗むなしくその儚い犠牲の第一号となってしまって……。
(第94話につづく)




