第88話、救世ちゅ、何故だか舞台に飛び入り参加しちゃう
SIDE:ラル
辿り着いたのは、腕に覚えのあるあらくれ者たちが、力を競い合う場所、ではなく。
一際大きな舞台のある場所だった。
どうやらその舞台で、水の都『ブラシュ』を救った英雄が活躍するという物語が演じられているらしい。
その主役のモデルとなるものが、ラル自身であることを理解しているのかいないのか。
どれどれ、と。
興味深げに覗き見上げると、それらしき演者に混じって……というか、舞台外から乱入者が現れたようだ。
どうやら、場が盛り上がっているのはその乱入者が、ブラシュを救った英雄役と、そんな英雄を引き連れ呼び込んだと言う、『ブラシュ』の姫にして巫女である海色の髪の、ブラシュ王家によく似た(恐らくモデルはアイなのだろう)女性に何やら詰め寄り訴えているのが分かる。
「……んーと。あれは、【氷】の一族の人かな、あるいは魔精霊?」
観衆の背中越しに見えるのは、【氷】の根源に愛されし青みがかった白い髪。
ツンツンとはねているのがつららみたいだ、なんて思いつつも。
もっとよく見てみようと、ラルは観客の合間を縫うようにして、舞台の傍までやってくる。
「どうしてっ。出奔せねばならないほどの危機的状況であったのに、私を呼ばなかったのだ! 【水】の盟友である我ら一族が、信用ならないとでも?」
「それはっ……ちがいますっ」
どうやら、マジックアイテム屋のお婆さんが言っていたように、本物の【水】の根源が乗り込んで文句を言いに来た、と言う訳ではないが。
【水】の根源もただ何もせず席を外していたわけではなかったらしい。
自身の留守を、きっと【氷】の一族である彼女にお願いしていたのだろう。
ブラシュの国が危機となって、出奔することとなった水の巫女にして姫、すなわちアイは。
恐らくその辺りの事情は聞かされていなかったのだろう。
実際そこにいるのはアイではないが、どうにも困っている様子であったので。
ラルは、それがあくまで舞台上でのお話であることを失念、あるいは気づけぬままにフォローするつもりで、ラルはそのまま急な乱入者があったのにも関わらず、盛り上がってはいるもののパニックに陥っている様子のない観客の中へと。
失礼しますよ、わざわざ自身の存在を誇示しつつ舞台の上へと飛び込んでいく。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 彼女は悪くないんだ。リルが……いや、オレがウルガヴさんが留守なのをいいことに調子に乗っちゃったのがいけないんだっ」
正しくも、更に新たな演者が外から現れたかのように、気を使って道を開け、舞台に上がったラルがよく見えるように。
輪になって、囲む観衆。
そして突然の、予定にないはずの闖入者に、舞台の演者たちは舞台下から見ているものには分からない程度に硬直する。
飛び入り参加のラルに対して、混乱している……ように見えて。
その実この国を救った本当の救世主が、【水】の一族のふりをしつつお忍びで、彼女を称えるための祭りにやってくるかもしれないといった、王室からの荒唐無稽なお触れが回っていて。
もし姿を現すようなことがあれば、気づかないフリをして歓待せよ、などと言い含められていて。
まさか、自分たちの舞台上に現れるだなんて、思ってもみなかったからこその動揺で。
しかし、ハプニングへの対応などお手の物な演者たちは、瞬時に物語の道筋を切り替え、対応してみせた。
「ほう。その言い分、まるで水の主の居ぬ間にこの地を守ってみせた張本人の様に聞こえるが」
「あぁ、うん。そうだよ。アイ……水の国のお姫様がオレたちの元へ来たからさ。大切な友達だから、助けたいと思ったんだ」
「女神、さまっ」
「……ふん。殊勝な心がけじゃぁないか。まぁ、今回肝心な時に駆けつけられなかったこちらにも非がある。姫を、この国を救ってくれたこと、感謝するとしよう」
ラルの見た目は異国風の【水】の使徒を現す服装で。
それだけなら当の救世主その人であるとは到底気付けなかっただろう。
しかし、その十人中十二人が二度見すると言われる美貌と、どうしたってそれに合わず、一周回って可愛く見えてくる喋り方……そんな救世主の知れ渡っていた特徴にしっかりとはまっていてバレバレであったからこそ、かえって冷静になって。
物語は大きく外れることなく、起伏に富みつつ順調に進んでいく。
その頃合になって、ラル自身も己の勘違いに気づいて。
内心ではしまったぁと慌てふためいていたが。
ここではないどこかの異世界において、物語を演じること、舞台にて物語を紡ぐことに携わる機会や、
実際の物語の世界に入り込んで冒険したことを思い出し、テンパっていたのも前半だけで。
だんだんと慣れてきて、そのうちに【氷】に愛されし、ラルより先に乱入(それも仕込み)していた、男装の少女……ラルが『夜を駆けるもの』として行動するときのイメージに近い、彼女との掛け合いが楽しくなってきていて。
突然やってきたラルが、果たして本物であると。
演者意外に救世主がそこにいるなどと、気づいたいたのは何人いただろう。
どちらにせよいかにも芝居めいた、大仰で派手な掛け合いは、場の空気を一層盛り立てていったわけだが。
(…………あっ)
夢中になっていたものが冷めてしまったかのように。
ラルは舞台の袖の、観客からは見えないところで、出るにも出られずに困り果てている、
金髪を後ろでくくった、恐らくは【雷】に愛されし少女と目が合う。
燃える炎を象った、実に派手なドレスに、王であることを証明するかのような、これまた炎を模したティアラ。
明らかに、クライマックスに満を辞して登場してくる重要人物。
それが、ラル自身の役柄であることなど露にも思わず、中々に良いセンスをしているなぁ、などと感心しつつも。
彼女の出番を奪ってしまったことに気づき、どうにかして話の筋を戻す、彼女を呼び込めないものかと。
必死に演者さんたちにアイコンタクト……目だけで訴えたりしていると。
「……だが、一つだけ解せないことがある。キミはどうしてそうやって本来の自身を偽っているんだ?」
【氷】に愛されし彼女のセリフは、本来ずっと仮面を被っていてその素顔を見せようとしない救世主に問いかけるラストシーンであった。
夜にしか生きられないから。
外に出る時は仮面をつけるのが当たり前だから。
単純に恥ずかしがり屋だから。
それに対する答えは、実に様々であったが。
であるからこそ、ちょうどいいと。
さすが、プロフェッショナルは違うなぁと感心しつつ、ラルは頷いて見せて。
「水の都の盛大なお祭りの日に、相応しい姿をと思ったんだけどね。そうまで言うのなら、明かそう。オ……私の真の姿を」
ノリノリにそう問うと。
そんなセリフをのたまいつつ、こっそり【風】と【時】の合成魔法、【リィリ・イ・ラカ】を唱え発動する。
限りなく見えにくい、透明の魔力の膜が、結構な勢いで飛んでいき、舞台袖にいる【雷】に愛されし彼女にぶつかって。
その瞬間。
軽い音を立ててラルと、【雷】な彼女との、その立ち位置が入れ変わる。
【雷】の彼女は、突然のことにたたらを踏んで慌てていたが。
ラルがそのフォローのための煙幕の魔法を引き続き唱える前に、【水】の魔法で創られた七色の、舞台効果めいた霧が辺りを包み込んで。
言わなくてもしっかりフォローがされていて。
やっぱり、すごい。
外にある出来合いの舞台での演目だったけれど。
きっと水の都『ブラシュ』お抱えの演者さんたちなのだろう。
ラルは、そんな風に感心しきりで。
そのまま、そつなく終わりを迎えんとする物語を。
舞台袖の、一番いい場所で眺めることにして……。
(第89話につづく)




