第87話、気づかぬばかりは世界で一番目立つ救世ちゅさまばかり
SIDE:ラル
何やかやあって、想像を超える歓待、歓迎を水の都『ブラシュ』で受けてしまって。
それは、本当に嬉しくて。
アイとその家族、女王さまや姉妹たちが無事に再会できて。
ラルは、この世界へ降り立った意味や意義を強く感じ取っていたわけだが。
元来の彼女は、旅を愛し冒険に胸をときめかせ、魔力のこもった品々を商い、それを通じて多くの人々と触れ合い、まだ見ぬお宝を求めてさすらい、そのためならば永劫に続くであろう迷宮などに挑むのも厭わない……実にその見た目と肩書きにそぐわぬ趣味と夢を常に抱き続ける少女なのである。
救世主だの女神だの聖女だの姫などとは、できることなら最も遠い所にいたいお年頃なのだ。
そんなわけで、ラルとしては身に余る歓待を、そんな風に持ち上げられていると。
身体がむず痒くなって、どこへともなく飛んでいってしまいたくなるのは、もうどうしようもない本能とも言えて。
そんなラルの気持ちを周りも察してくれたのだろう。
初めにそれに気づいたのは、さすがに前世界も含めて付き合いの長いローサだっただろうか。
あれから、今もローサの中のいるであろうサーロが帰ってくる気配すら見せないのも、そんな彼、彼女の気遣いなのだろう。
この世界へやってきて、実に色々なことがあったが。
前世界であったこと、この世界へやって来たきっかけとなったことについて吹っ切れてはいないのは確かである。
そもそも前世界を逃げるように転がってやってきたその理由は。
彼らのせいにするのはあれではあるのだが、原因となったのは確かで。
しかしラル自身はそんなこと微塵も思わず言えないけれど。
彼女らへの感謝の気持ちを溢れさせつつも、『ブラシュ』の王城へと滞在するのも今日明日までと言うことにして。
宛てがわれた、小さいラルにとってみれば大きにすぎる部屋にて就寝前の暇を持て余していた。
(う~ん。どうしようかな。準備万端でやることないぞ。まだ寝るのにはちょっと早いしなぁ)
と言うより、『夜を駆けるもの』を名乗ったことがあるからには、このまま何もせず明日を迎えるのはもったいないような気がしてきていて。
(ちょっとばかし、外の様子を見てこようかな。あー、でもなぁ。リルのおかげで外に出るとすぐに人が集まってくるんだよなぁ)
正確には、リルとサーロの合わせ技であろうが。
偵察を任せっきりで、少々ヘソを曲げてしまったリル(現在は待機場所……終の棲み家でもある『魔精球』の内なる世界でくつろいでいるはずである)が、ないことばかりを吹聴して回ったおかげで、最早お尋ね者レベルで人が集まってくる。
(神出鬼没、千変万化な『夜を駆けるもの』の矜持が問われているな、これは。……よし、せっかくだから絶対バレない変装をして外に遊びに行こう)
アイやローサ、他のみんなの部屋にお邪魔する、という案もなくはなかったが。
準備万端なラルと違って、明日からの準備に忙しいかもしれないからと自重していた。
思えば夜の『ブラシュ』をじっくり眺めて回っていないし、
一度目に来た時はリル視点であったし、二度目は大歓迎の大騒ぎでそれどころでなかったから。
ラルの心うちはすでに夜の散歩に出る気満々で。
どちらかと言うと夜の世界が好きなラルは、これも思い出作りだと言わんばかりに。
早速外へ出ていくことにする。
「……【フレア・ミラージュ】。タイプ・ウルガヴ」
その際、使用したのはリルを呼び出すのにも使った、【フレア・ミラージュ】の亜種である。
というより、炎、火の魔力により幻影を創りだすのが、本来の使い方であるからして、
リルを呼び出す魔法の方が、異端であったりするのだが……それはともかくとして。
陽炎のごとき熱気、火の魔力が、ラルを包み込んだかと思うと、それほど時間かかることなく、姿見に映されるは、海の如き蒼い髪の少女であった。
火に愛されし者を現す姿で認知されてしまっているのならば。
その対になるものに変わるべきだと。
水の都に隠れさまようのならば、『水』に愛されし者がいいだろうと思い立っての行動である。
深海のようなその色合いは、アイたちウルガヴ……『ブラシュ』の王族の人たちともかけ離れているが、『水』の魔精霊をイメージしたわけだから、この町の夜を楽しんでもそう目立つことはないはずだと考えていて。
(それでも一応、フードはかぶっておこう)
かつて、アイのように『水』に愛されし親友からもらった、ウルガヴの使徒を示すフードつきローブ。
ここに来るまでに身に纏っている人を見かけた気もするので、これなら憂いなしと。
改めて準備万端で、ラルはいつもの癖でそれなりに高いところにある、窓から夜の世界へと飛び出していく。
「ふんふんふーん」
昔はそうして、『夜を駆けるもの』になるために飛び出していっていたため、いつものテンションとなって鼻歌のひとつも出る始末。
実にご機嫌な様子であったが、ルーティンとして辺りを伺い誰にも見つからないように飛んでいくのも忘れない。
翼もないのに当たり前のように夜の帳の中に舞行くのは、ひとえに【火】や【闇】だけでなく、他の属性、魔精霊たちにも気をかけられ、愛されているが故なのだが。
ラルはそんな事に気づく様子もなく、大勢の魔精霊たちを引き連れて……
実は見る人が見ればどうしようもないくらいに目立ったしまっていることに、やはり気づくこともなく。
王城の尖塔をぐるりと旋回しながら城下の街を目指した。
(いつもなら、屋根上をつたってくんだけどなぁ。それじゃああからさまに『夜を駆けるもの』みたいだし、これでいいのだ、うん)
上を向いても下を向いても【月】や【光】、あるいは【火】の魔精霊たちが煌々と仕事をこなしラルの目を楽しませてくれる。
このまま、のんびり瞬く光と闇の世界を堪能するのも乙ではあるが。
魔精霊の煌びやかな歓迎は、この地へ辿りついた時にお腹いっぱい受けていたので。
ラルはこの『ブラシュ』の国に来てやりたかったけどできなかったことをすることにした。
人ならざる、宙舞い遊ぶことは、あくまで城を出るまでで。
城の裏側にある庭園らしき場所にこっそり降り立つと、そのまま辺りを警戒しつつ『ブラシュ』の城下町へと向かう。
その際、【水】の一族に愛されし庭園にて羽を休めていた【木】の魔精霊たちが、そんなラルの気配にびっくりして目を覚まし、その濃密な魔力に惹かれて『ブラシュ』へやって来た時のようにその後をついて回り、踊り歌い出し始める。
それすらラルにとってみれば、彼らを見つけ出し感じることのできる彼女にとってみれば、日常茶飯事ではあったが。
普段ならばラルの身を構成する魔力は【木】の魔精霊たちの苦手な【火】や【闇】であったから、正しくも花の妖精のごとき彼彼女らに興味を持たれることは新鮮で。
やっぱりどうあがいても、これ以上ないくらい目立ってしまっていることなど、気づかぬのはラル本人ばかりであった。
そんな彼女が、うきうきな様子で向かったのは。
武器防具から始まって、水の都らしいマジックアイテムや、普段使いの服や小物などを売っている、雑多な屋台が立ち並ぶ場所であった。
何やらお祭りごとでもあるらしく、夜もすっかり更けていると言うのに、大勢の人々が行き交っていて。
しっかり夜ご飯をいただいてきたのにも関わらず、食欲を刺激する香りが届いてきて。
ラルは引き寄せられるようにして、甘い匂いのする屋台の前までやってくる。
「へいらっしゃい! 新しき『ブラシュ』名物、リル様をかだとった氷菓子だよ!」
「わっ。すげぇ。ほんとにリルみたいだ……ってか、もう名物になっちゃてるのね」
使っているのは、柑橘系の果物の果汁だろうか。
まるで、橙色のスライム(さすがに触手はついてはいなかったが)を凍らせたかのような食べ物が串に刺さっていくつも並んでいる。
リルが、『ブラシュ』の国の守り神とされる【水】の根源魔精霊と勘違いされてからそれほど経っていないはずなのに、
どこにでも商魂たくましい人たちがいるものであると、感心しつつも。
「それじゃぁおっちゃん。ひとつちょうだい」
そう言うの嫌いじゃないぜ、とばかりにさっそく一本購入してみる。
「はいよ。一つだね。【氷】様の加護はついてるが、街の熱気でそう長くはもたねぇから、溶ける前に食べちまってくれよ」
「はーい。おいしかったら、またくるよ~」
あまりにリアルすぎて気が引ける部分はちょっとあったけれど。
まごまごしていたら溶けてなくなってしまうと言うならば話は別で。
おいしかったらみんなにも買っていこうと思いつつも、素の自分が出てしまっているその自覚もないままに。
本来の目的を果たすためにと、少しずつかじりながら(実は食べ方がわからない)マジックアイテムを扱っている店を目指す。
屋台のひとつひとつに、煌々と魔法灯がつけられていたから。
ちべたいけどおいしいを繰り返しつつ、両脇に並ぶ店を冷やかしていると、すぐに目的の店は見つかった。
「……いらっしゃい。おや、見ない顔だね。もしかして【水】の根源さまかい? 街が賑わっているのを見て、気になっちまった、とか」
「ええっ? まさか、ちがいますよ。ただの旅人ですっ」
水の都のマジックアイテム屋らしく、【水】の魔力や、水そのものを動力とするようなマジックアイテムが多いようで。
あったかい飲み物が、中に入っている限り冷たくならないらしい銀色の細長いマジックアイテムを眺めひっくり返したりしていると。
店員さんらしきおばあさんが、そんな声をかけてくる。
しかも、よりにもよって怒られそうな勘違いをしているではないか。
【水】に愛されし友人からもらったフード付きローブがいけなかったのか。
慌ててそう否定すると、しかし返ってきたのはとっても楽しげな笑い声だった。
「ふふふ。ちょっとした冗談だよ。そこまであからさまに否定されると。本物かと思うじゃないか。
まさか、【水】の根源さまが天界に出向中なの、知らないわけじゃないだろう?」
「あっ。なるほど、そうか。だから……」
水の都『ブラシュ』が、【水】の根源が護りしこの国が危機であったのに、根源御自らがやってこなかった理由。
きっと今現在、【水】の根源はこの世界にはいないのだろう。
店のお婆さんが言う天界、似たようなものがラルの故郷にもあって、世界を構成し維持すると言われる十二の根源魔精霊は、六柱に分かれ、交代交代で世界を行き来し世界の均衡を保っているのは有名な話だった。
ラルはむしろ……いや、ラルの本体とも言うべき存在は、地上界と天界の境を護っている。
それは、生と死の境界でもあって。
きっとこの世界にも、同じような命を負ったものがいるのだと。
立場から離れ逃げ出した身としては、少々いたたまれないものがあったのは確かで。
「リルさま、だったかね。この国を救ってくださって救世主さまを呼び込んでくれたことは感謝してもしきれないけど、本来の【水】の根源さまは、どう思っているんだろうねぇ」
別に率先して成り代わったわけでもないけれど。
リルは、あれよあれよと言う間に、【火】の魔精霊なのに水の根源さま、なんて崇められてしまって。
当の本人は気分は良くないはずで。
天界での使命がなければ、私を騙る偽物め、なんて怒って乗り込んでくる可能性は無きにしもあらずで。
今からでも遅くはないから、リルは水の根源ではなく『火の星の人』なんですと訂正するべきか、何て思っていると。
屋台の並ぶ通りとは別のところで騒ぎがあったらしく、ラルのところまでその喧騒が届いてきた。
「なんだろう? ほんとに水の神様乗り込んできてたりして」
「ああ、あっちは見世物や出し物があるのさ。恐らく有名な冒険者か何かの腕試しでも始まったんだろう」
喧騒の先は、大道芸人や舞台、腕自慢たちが競い合う賭け事などが行われているらしい。
それはそれで気になると。
ラルは飲み物が冷めない魔法のビンをひとつ買うと、その足で喧騒の出処がある場所へと向かうことして……。
(第88話につづく)




