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救世ちゅっ! ~Break a Spell~  作者: 大野はやと
第二章、『かえってきた救世ちゅ』

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第86話、籠の鳥どころか永久凍土の氷柱な彼女は、そろそろ夜のお散歩をご所望です




SIDE:ローサ(inサーロ)




夢のような世界での、夢のような一夜。

世界の礎となった救世主の、ほんのひと時の羽休め。

彼女……ラルちゃんのオリジナルにとってみれば、数多ある夢の一つであったことは確かなんだろう。

 

しかしそれは、あくまでも退屈に滅ぼされないよう、慰めとして、正に夢のように切り取って見て楽しんでいる彼女だけの話であって。

こうしてこの世界に派遣、顕現しているラルちゃんや、俺たちにとってみれば、夢なんかじゃなく、どこまでも現実で。

 


過酷で感動を与える山登りが、登り詰める所までしか描写されないように。

みんなに歓迎されつつも、『ヴァレス山』を下っていった俺たちを待っていたのは。

それこそ、救世主であることを誰よりも理解していながら、皆に褒めそやされ持ち上げられることが大の苦手というか、恥ずかしいらしいラルちゃんが、こうなったら『ブラシュ』の人たちには大変申し訳ないけれど、どこかへ逃げてしまおうと決心させるほどの、大々的で大仰に過ぎる歓迎、歓待、お祭り騒ぎの日々であった。



それもこれも、相変わらず素敵な声色でしゃべり倒す火の星の人こと、今や『ブラシュ』の守り神……

ウルガヴ】の根源そのものとして祭り上げられてしまっていたリルさんが、あることばかりをこれ見よがしに街、国中に吹聴して回った結果である。



『ブラシュ』での後始末的なものを、結果的に丸投げする形になってしまって。

不貞腐れつつも、それこそ主の身代わりとなってちやほやされまくったことで、リルさん自身とってもご機嫌になってしまったのだ。


主に対しての嫌がらせ……と言う意味合いは全くない、と言えば嘘になるかもしれないけれど。

ご主人様の、ラルちゃんのこれまでの偉業(この世界だけに留まらない所がミソ)を話して回っていたのは、あくまで主を立て、誇りに思い、自慢したかったといった意味合いもあったのだろう。




ウルガヴ】に愛されし者達が棲まう国、『ブラシュ』は。

その根源の性質上、女性の割合が多いらしい。

そんな『ブラシュ』の国の王族の方達は。

そんな根源魔精霊そのもの扱いされているリルさんが自慢げに語る救世主様が女性であるのならば尚の事、『ブラシュ』の新しき王に是非にと声を上げる人が多くなってしまっていて。


現在進行形で人柱となっており、動けないでいるオリジナル……故郷の彼女は。

その今でも全く変化の兆しのない幼き頃から、完全無欠の籠の鳥であったこともあり、そう言うやんごとなき生活、立場というか、縛られることはやはり我慢ならないことであるらしく。

逃げ出すと言うよりは、早く次の冒険に出かけたいというのが本音であるのだろう。



俺自身としても今の所本来あるべき姿へ戻る気配は、最早笑ってしまうくらい初めからこうだったと錯覚してしまうくらい皆無であるし、そもそもこの『ブラシュ』の国では、渋くてダンディなリルさんの声色のせいで、戻ったら戻ったらで何だか面倒な事態に陥るだろうことは確かで。

ラルちゃん自身もちやほや持ち上げられるのもそろそろ限界のようで。

いい加減、誇りを取り戻す機会を求めてまだ見ぬ場所へと旅立ってしまいたいと思っていた次第である。



それでも、生まれついて人の好きすぎるところのあるラルちゃんは。

『ブラシュ』の国を出ることを心苦しく思っているようで、そんな心うちを中々曝け出せずにいたから。


俺の出番……舌先三寸で丸め込むことは任せておいてくれたまえと。

そんなこんなでラルちゃんと愉快な仲間たちが集まったのは。


『ブラシュ』の王城、玉座の間。

現国王である……なんとアイちゃんのお母さんらしい……女王様の前であった。






「……根源様のみならず、救世主様方御一行がお揃いでのお話ですか。これはわたくしたちにとってあまり良いお話ではなさそうですが」


今代の『ブラシュ』国女王、エルア・ウルガヴさんは、そう言うも。

何とはなしにこれからの話題について悟っている部分は確かにあったのだろう。

俺たちだけでなく娘であるアイちゃんを見つめるその青い瞳は、慈愛に満ちつつも子供が巣立っていくのを目の当たりにしているような、寂しさも含まれていて。



「そうですね。これほどの歓待を受けておいて大変心苦しくはあるのですが、ラルさまはその使命を全うするためにひとつのところに留まり続けるわけにはいかないのです。

とりあえずのところは、『ヴァレンティア学園』へ舞い戻る必要があるのですが、その後に闇の一族が棲まう大陸、国々へ向かおうと思っております」

「闇の……そうですか。未だ我が国の憂いは完全になくなった訳ではない、と言うことですね」

「はい。この水の都が再び脅かされることなどない……などとは断言できません。幸いにも、ラルさまの手腕により此度の危機の下手人、その関係者の足取りは掴めておりますので、先んじてこちらから動くべきかと思いまして」



リルさんには、素敵だけどちょっと余計に過ぎる声を発しないようにラルちゃんの元へ一旦お還りいただいた。

ラルちゃんの持つ、従属魔精霊をしまっておく『魔精球』なるマジックアイテムの中で、今頃はぬくぬくしていることだろう。



いや、そんな足取りなんて掴んでいませんけれど。

なんて思っていて、何を言っているのかなって動揺がラルちゃんにあったとしても。

相変わらず仮面をつけているので、そのようなボロが出てしまうこともなく。


その代わりに、イゼリちゃんやレミラちゃんが、ラルさまってすごいねぇ、なんて感心していたが。

まぁ、許容範囲ではあるのだろう。


実際、ラルちゃんとしては今回『ブラシュ』の国を乗っ取り牛耳ろうとしていた者達の足取りを掴めていたわけではないのだけど。


……と言うより、あれだけやり込められたのならばもう心折れて向かってくる気骨のあるものはいないのではなかろうかて睨んではいるけど。

俺自身、直接相対したことで数いる闇の一族の中である程度目星がついている部分があったため、あながち嘘ではないのは確かで。



「我が国のために、そこまでしていただけるとなれば……引き止めるのも失礼にあたりましょう。本来ならば、我が国の騎士を貴女様方の盾となるべく随伴させていただきたい所ですが」

「闇の一族、その根城へ向かおうと言うのだ。少数精鋭で乗り込むのがお約束であるか」



どうやら、ここに来る前から多少なりとも知り合いであったらしく。

随分と恐れ多くも対等と言うか、フレンドリーなレミラちゃんと女王様。


アイちゃんみたいな可愛い水の使い手ならば大歓迎ですけれど、なんて。

セラノちゃんの呟きは俺にしか聞こえていなかっただろうからスルーしつつ、話題に上がったアイちゃんに注目する。



「……アイちゃんはどうしたい? 折角お家に帰ってこられたんだし、いつ終わるかも分からない、そんな冒険に必ずしも付き合う理由はないけれど」

「わたしは……っ。ラルさまと、みんなといっしょにいたいです。おかあさま、ラルさまたちについていくのは、わたしにやらせてくださいっ」



最初に言ったけど、女王様はラルちゃんがいい加減冒険に出たくてうずうずしているだろうことには、きっと気づいていたことだろう。

問題と言うか、心配事は。

愛娘にして水の都『ブラシュ』の巫女でもあるアイちゃんの事ばかりで。

故にこそ、今ここではっきりとアイちゃん自身の気持ちを、母である女王様にぶつけてもらいたかったのだ。



「…………そうですね。分かりました。アイよ、【ウルガヴ】の巫女としての命を全うするために、ラル様への随伴を命じます。今までのように、水の民らしく献身的な働きを期待していますよ」

「……っ、はい!」



今までもそうだったのだから。

ラルちゃんの、俺たちの側にいることがアイちゃんにとってプラスであり、ひいてはその身を守り使命を全うすることにも繋がる。

そんな打算もあったのだろう……なんて言うのは無粋だろうか。

本当は、お互い一緒にいたいだろうに、それでも親子として、相手を深く想っているからこその、そんなやりとりのはずで。



「ギルドの代表としても、責任をもってアイさんのことお守りいたしますわ」

「親子の愛、美しいモノですネ……」

「……」



思えば、長い付き合いであろうところからくる、リーヴァさんの責任感。

一方で、生まれたてであるとも言えるノアレさんは、父……と言うより母親であるエイミさんのことでも思い出したのかもしれない。

同じように仮面越しでラルちゃんが、そんなアイちゃんたちを、羨望の瞳で見つめているだろうことは、なんとなく予想できた。



そもそも、直接的にはそのような存在がいない俺はともかくとして。

その時その瞬間、この王城に匹敵するような大きなお屋敷で、小さい頃から一人で暮らしていたラルちゃんからしてみれば、そんなふたりの関係、やりとり、間にあるものは欲しくても手に入れられなかったものなのだろう。



後は、そんなラルちゃんがどう思うかだ。

一緒にいられるのならば、親子、家族は一緒にいた方が良いと判断するなら、そんな彼女の御心のままに従うだけで。

俺がそう思い、最終的な答えをラルちゃんに委ねたことで、みんなの視線がラルちゃんに集まってくる。


初めはどうして自分に注目が集まっているのか、理解に及んでいなかったみたいだったけど。

さすがにマイペースなおぜうさまな彼女でも、この集まりが、パーティが彼女を中心に成り立っており、ラルちゃん主導で動かなくてはならない事には気づけたらしい。




「アイさまが向かう場所、向かいたい場所があるのならばどこへでもお供いたします……って言うのは従者らしくはありますが。この場に相応しい表現ではないのでしょう。ええと、その。ですね。まだ見ぬ地を旅し、冒険するのはとても楽しいんです。きっと、あなたの……アイさまの実となり糧となることでしょう。この世界で出会った、初めてのお友達として、そんな楽しいことを一緒に体験、付き合っていただけるとうれしいですね」


とっかかりは、アイちゃんに対する忠実なる従僕の設定を思い出したからなのか、そんな風にかしこまっていたけれど。

結局ラルちゃんが発したのは、闇の一族云々……俺のいいわけなんぞお構いなしの素直な本音だった。



「うんっ! わたしも。ラルさまとみんなと、いっしょがいいです!」

「あらあら。でしたら旅の冒険の準備をしっかりしませんとね。みなさんのご出立は明日の早朝、と言う事でよろしいかしら」


まるで、お友達との旅行……遠足にでも行くのならば準備はしっかりしなきゃ、とでも言わんばかりに。

そう言う女王様の眼差しは優しかった。

まぁ、いざとなったら俺の移動魔法とかで一時帰省するのは難しくないし、今生の別れでも何でもないわけだから。

これで良かったんだろう。



そんなわけで俺たちは。

表向きには『ブラシュ』国の憂いを濯ぐため……リーヴァさん的に言うのならば。


訪れるかもしれない世界の危機を救うために十二の根源に選ばれ愛されし乙女たちを探すための、新たなる冒険に出ることになったのだった……。


SIDEOUT



    (第87話につづく)









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