第26話、知識に明るいだなんて、言ってみたもん勝ち
「おお、どうしたタナカ。イゼリ嬢ならばどうやら我が友人、サーロ殿が化けていたようであるぞ。
こういったイレギュラーがあると、対応に困るな。……まぁ、よき経験、勉強になったと言うべきか」
オレが前世界の知識もあってこういった『医療』にも明るかったせいなのか。
不法侵入してしまった事に対してはお咎めなしらしい。
それどころか、グレアムさんはそんな事を言いながらタナカさんと呼んだメイド長さんを、傍から見ていたらセクハラだと訴えられかねない勢いで、不躾に色んなところをまさぐり触り出したではないか。
大胆を通り越して益荒男なその行動に、目を剥いていると。
瞳の奥を覗き込む勢いで屈んでいたグレアムさんの頬がバチィン! と実にいい音を立てて鳴って。
「ぐおぉっ!? な、何をするっ!」
「やめてください。人前で恥ずかしい」
「ほお! 魔導人形に羞恥とはっ。これはまた人へのおおいなる一歩ではないだふはぁっ!?」
喜色満面なカイゼル髭のおっさんがうざったかったのか。
タナカさんは再度両の手で挟み込むようにしてグレアムさんの頬を打つ。
かなりいい音がしたというか、吸血鬼であるグレアムさんが普通に悶絶しているのを見るに、
その白く無機質で硬そうな手のひらは、言葉通りの人工的な材質で出来ているのかもしれない。
「オートマトン……魔導人形ですか。全然気がつかなかった」
だが、彼女らが魔導人形であるのならば、腑に落ちる点はいくつもあった。
ほどんど同じような魔力をその身に秘めていた、イゼリちゃんを追い掛け回していた、老若男女問わずの街の人。
イゼリちゃんの姿でここへ侵入したことによって、追いすがってきたタナカさんを始めとする使用人の皆さん。
どうも統一感に過ぎるというか、理路整然としていたのは、彼女らが錬金……金属性の魔法のもう一つの醍醐味である、創られ生み出された魔導人形だったからなのだろう。
恐らく、何故かここに足を踏み入れることになったイゼリちゃんを、魔導人形の彼らは探してグレアムさんの所に連れてくるように命令されていたのに違いない。
「彼女らはもしかして……外にも?」
「いかにも。タナカを始めとする彼女らは、学習し進化していくのでな。
外界……町の中までではあるが、簡単な命令とともに自由にさせておるのだ」
なるほど。やはり思っていた通りらしい。
学習し進化するという言葉に感心しつつも、ならばと思っていたことを口にする。
「命令っていうと、イゼリちゃんの探索ですか? 彼女を捜すことに何か目的が?」
あるいは、捕らえて何をしようとしていたのか。
少しばかり空気をシリアスに戻し、正面切っての問いかけ。
しかし、グレアムさんは、そんな空気を読むこともなく、あっさりとそれに答えてくれる。
「うむ。治験は分かるかね? 人体を使っての実験などという言い方をすれば聞こえが悪いが、
妻の発案した『健康診断』なるものを、この世界にも広めたくてね。ある程度の血液の採取をしても問題のない若き者をギルドに募集したのだが、我ときたらいかにもな吸血鬼であろう? 血をよこせ……いや、いただきたいという募集に対し、誤解をを産んでしまったようでね。『健康診断』についてはしっかり説明したのだが、よりにもよってそのタイミングで逃げられてしまったのだよ。これを世に広めた最初の人物を妻にしかたったから、イゼリ嬢が外でその内容を伝えてしまったらまずいと思ってな。……まぁ、あの様子だとあまりちゃんと伝わっていないようであったから、大丈夫だとは思ったのだが、念のためにな」
ついでに、自らが血を欲しがったわけではない。
妻で間に合っていると、誤解を解きたかったらしい。
勘違いというか、すれ違いというか、どうにもグレアムさんの偽悪的振る舞いに問題がありそうだが。
一方で、虫の知らせというか、嫌な予感がしてたまらなかった。
その勘違いが、オレにまで被害がおよびそうな、そんな予感が。
「健康診断……そうでした。本日の治験者様方の最終面談のお時間です。お迎えに上がりました」
「おお、もうそんな時間か。せっかくであるし、サーロ殿も来るかね? 妻のアイディアのもと、色々な健康確認をするための装置を創ったのだよ」
「えっと、はい。お邪魔でなければ」
こういったよくない知らせはよく当たる。
……まさかイゼリちゃんに化けていたのがバレたんじゃあ(ほとんど正解)などと、背筋を凍らせていると。
グレアムさんを引っぱたいて離れた後、だんまりで待機しているように見えたタナカさんと言う名のメイド長さんが再起動……何かを思い出したようにそう言ったから。
流されやすいオレは、そのままの流れで更に地下に案内されることになって……。
(第27話につづく)
次回は、12月26日更新予定です。




