第24話、10人中12人振り返る、などといった矛盾もダテじゃない
「お久しぶりですわ。アイさん。少々目的がありまして。現在は受付嬢ではなく、冒険者のリーヴァと扱ってくださいませ」
「目的……この街に用があったの?」
「ええ。少々監査を。……まぁ、本来の目的はそれだけではありませんが」
「そう。そうなんだっ。この街の代表、領主が怪しいんだよっ。依頼を受けようと思ったんだけど、血をくれなんて言うからさ、戦略的撤退を余儀なくされたんだけど……そしたらそこでリーヴァさんと会ったんだ」
サーロがイゼリに化けていた事。
隠す気がないというか、正直者でさっぱりしているトラブルメーカーなイゼリは嘘をつけない……隠せないようで、自分で言ってからしまったという顔をしていたけれど。
どこか鈍くなっているラルは、それで=サーロとはならなかったようだ。
それよりも、眉の上がったキツめの瞳でリーヴァに注視されていたから、それどころじゃなかったのもあるだろうが……。
「突然発展したこの村……町に、ギルドや国も監査の必要ありと判断したのですわ。ですからとりあえずサーロさまに依頼を出したのですけど、姿が見えないようですね?」
アイ達と一緒に行動していたのではなかったのか。
それはあえて作られた齟齬。
暗に、何故共に行動していないのかと、ラルを責めているようにも見えて。
「サロにぃ? サロにぃなら先に違うところに行ったんじゃないの?」
「わたくしは、アイさまを送る事を、お願いしたんですけどね」
「うん。だけど用があるからって、めが……ラルさまもいるから大丈夫かなって」
無垢な表情で首を傾げるアイに、本当はサーロがイゼリに変化していたなどと気づいていないんじゃないか、とも思われたが。
そこでラルは何だか見られている割にはあまりよく思われていない気がしなくもないリーヴァと自己紹介していなかった事に気づき、慌てて口を開く。
「すみません。挨拶が遅れました。私はラルというものです。アイ様とは縁があって故郷まで行動を共にすることになりました。よろしくお願いいたします」
サーロとは苦手で会いたくないうんぬんかんぬんは当然口にしない。
自分が我が儘で怒られる予感がひしひしとしていたが。
「ラスヴィンギルド職員、リーヴァ・リヴァですわ。貴女の事はよくよく知っています。ヴォトケンと野盗達の件に予告なく顔を突っ込み、後始末をサーロ様に全て任せ、いずこかへ消えた方でしょう?」
「……っ」
きつい視線と冷えた言葉。
反論も何もその通りなのでぐうの音も出ずに呻き声が出る。
サーロの事はこの際ともかくとして、やはり自分本位に立ち去るべきではなかったと反省して。
素直に謝罪の言葉を発しようとするも、しかしそれはまさに一瞬に、自身のプライベートスペースに入られた事で止められてしまう。
しかも、面と向かってキスでもしそうな至近距離の目前で。
「……なっ」
通常ならばありえない事態。
いくら慌てていたとて、何もなしに懐に入られる事などありえない。
(【時】の魔法っ!)
希少な属性であるが故に、感知もしにくいそれ。
僅かにリーヴァの、虹色きらめく銀髪から、銀色の魔力立ち上るのが分かる。
時属性の魔法等を扱う事は、その見た目と魔力の色で分かっていたはずなのに。
油断していたというわけでもないが、振り上げられた両手に対し、ああ、ぶたれるのかな、なんて覚悟して目をつむったラルであったが。
「……?」
しばらく経っても予想していた衝撃はやってこなかった。
代わりに、つけていた仮面を剥ぎ取られる感覚。
もちろん、取られないような防止機能もついていたはずなのだが、そんな抵抗もまるでなくあっさり素顔をさらされてしまう。
敵意などには反応するはずなので、リーヴァのその行動には、つまるところラルを害する理由などまったくもってなかったと言う事なのだろう。
「やっぱりラルさまかわいい~」
「天使だっ、天使がいるよこれっ」
女神の次は天使なのか。
どちらかというとそれらの逆位置にいる存在の方が近いのではないかなと独りごちるラルを脇目に。
仮面が落ちる音と無造作に両頬をひんやりとした手のひらに包まれる感覚。
「わぅぷっ」
「そして、ギルドの期待の新人、サーロ様を旅立たせる要因となった人物。……なるほど。参りましたわ。これはちょっと予想以上です。ぶったまげな美人さんですわね」
「……っ」
続く言葉は、一変して柔らかで和やかであった。
思わずラルが顔を上げると、ドキッとするような人好きのする笑みを浮かべている。
そのギャップのある声も相まって、思わず赤面するラル。
自分がどう見えているかなど、とんと自覚のないラルのその様が、相手にどれほどのダメージを与えうるかなど、考えもせずに。
「……分かりました。貴女はわたくしが守ります。そう、むしろサーロ様からも」
鼻血が出そうでしたわ。
とは、後後に彼女に初対面の時の記憶を語られたものである。
期待の新人サーロを篭絡した人物はどれほどのものかと、ギルドとしてと言うより個人的に気になっていたリーヴァであるが。
ラルの表現しきれぬほどの可憐さ、美しさに、言いたかった事もサーロの事も吹き飛んでしまったようで。
切れ長の目尻を大分下げて、納得したように一つ頷くと。
リーヴァは落ちたラルの白いフェイスマスクを大事そうに拾い上げて。
「不躾に……急にこんな事してしまってごめんなさいね」
受付にいる時でも滅多に出さない柔らかい笑みを浮かべ、リーヴァはラルの美貌を隠すが如く、仮面をつけ直した。
急な態度の変わりように、訳も分からずされるがままでラルがいると。
それでは改めてとばかりに一同を見渡し、リーヴァが顔を上げた。
「とにもかくにもまずはサーロさんと合流しましょう。居場所は……ラル様、お分かりになるとお聞きしましたが」
「え? ……あ、ああ。少々お待ちください」
別に会いたくともなんともないんだけど、とは言いたくても言えない雰囲気。
というより、リーヴァはきっとラルがそう思っているのを知った上で有無を言わせない節があって。
「……ええと、あっ。本当にいますね。この街の中心……あの、ここから見える大きなお屋敷の中にいるようです」
言われるがままにラルは赤く透けた魔力の糸のようなものを無数に飛ばし、あっさりとリーヴァの言葉に応えてみせる。
アイやイゼリだけでなく、リーヴァもラルのまったくもって気づいていない様子の規格外に、内心舌を巻いたが。
どことも知れぬ中空を見上げつつのラルの言葉は、リーヴァにしてみれば予想通りの期待通りと言えばその通りで。
先ほどのこの街を調査するというのは、口からでまかせな部分もあったのだが。
これならイゼリが口にしていたサーロとの作戦をばらさずともよいのかもしれない。
リーヴァとしては、バレて怒られればいいと、既に方針転換していたのだが。
あんまり嘘の付けないタイプのイゼリは違ったらしい。
サーロが今いる場所を知って思わず声を上げてしまう。
「代表のお屋敷にいるのっ? あそこには吸血鬼がすんでるんだよっ。さっきも言ったけど、ボク血を取られそうになって慌てて逃げてきたってのにっ」
この世界に暮らす、12の魔力で構成される魔物、あるいは魔精霊。
その二つにこの世界ではあまり違いはなく、人と敵対しているか、意思疎通を図れるかで分けられている。
吸血鬼は、主に闇や月の魔力を秘めし存在で。
魔物と魔精霊、どちらなのかは評価の分かれる所である。
「どらきゅらさんですか? 上位の人は良い人もいるって聞きますけど」
サーロがイゼリに化けていた件。
そこまで口にしても、ラルは気づかなかったようだ。
結構天然と言うか、人らしい所があるのだと内心で思うアイであったが、吸血鬼と言うだけで悪いものと言うイメージを持っているイゼリを諭すように、話題を逸らすようにそんなことを口にする。
「いやいや、だってここで臨時の仕事を貰おうと思ってあのお屋敷に言ったら、『理由を話したって理解できぬのなら、とりあえず血をよこせ』って言われたんだよ? そんなの話してみなきゃ分かんないだろって反論したらいちいち説明してもらったけど、やっぱりわからなくてさ。じゃあいいやってなったら、事情を知った以上逃がすわけにはいかぬって言われて……まぁこうして逃げちゃったんだけど」
故に、ラル達がこの町に入った時、同じ魔力を構成する者達に見られているような気がしたのか。
そこまで言い切って、ようやくイゼリは辻褄の合わない事を言っている事に気づきはっとなる。
最早処置なしな、バレバレの態度でラルを伺っているのを見て、アイもリーヴァもお手上げだと天を仰ぐ仕草をしてみせたが。
「……そうですか。少し別行動をしている間にそんな大変なことがあったんですね。確かのその代表とやらはきな臭い。あの男の事はともかくとして、私達もお屋敷の足を運ぶべきなんでしょうね」
どこか義憤に駆られたかのごとき、ラルの頼もしい言葉。
どうやら、サーロの事はバレなかったらしい。
もう少しで耐えられなくて全てを晒してしまいたくなるのを、なんとか押しとどめるリーヴァ。
こうなったら本人に丸投げしよう。
そもそも何で自分達がひやひやしなくてはならないのか、もう知りませんよ、などと思ったかどうかはともかくとして。
「それでは参りましょう。一応この街のギルドにも監査としての許可はとってあるので、問題なく中へ入れてもらえるでしょう」
そう話をまとめ、当然異論なく。
四人は一路、街中の中心、僅かばかり小高い丘のようになっているのか、
街の外からはっきりと見える、古い蔦などが壁にはった赤黒レンガの、いかにもらしい代表の屋敷へと向かうのだった……。
SIDEOUT
(第25話につづく)
次回は、12月20日更新予定です。