第17話、仮面をつけるのは、夜の籠から飛び駆けるものだから
ひと呼吸置いてから。
演技に入る準備でもするみたいに。
ラルちゃんは、仮面をつけている、その理由を語ってくれる。
「……主な理由は二つあります。一つは、かつての私がみだりに外に出る事の叶わない籠の鳥であったことです。特に夜は、基本家から出るのは叶いませんでした。まぁ、大人しくそれを享受するタマではなかったので、平然と夜の空を満喫しましたけどね。その際、勝手に抜け出している手前、正体がバレてもまずいですから。この認識阻害の魔法のかかっている仮面をつけることにしたんです」
なるほど、認識阻害か。
言われてみれば顔がわからないだけではなく、しっかり見ようとすると背丈も曖昧に見えるし、声もはっきり記憶できない感じがある。
「ラルさま、お外に出るのもたいへん? それじゃぁやっぱりめがみ……えらいお姫様だったのね」
「私としては違う、と主張したいんですけどね」
瞳をキラキラさせてそう言うアイちゃんに、否定にならないラルちゃんの返し。
確かに、厳密にはちょっと違うらしいけど、姫と呼ばれてもおかしくない地位にいたんだっけかな、救世主さまは。
多分、だからこそ籠の鳥で世界を救う責を負っていたんだろうなって予想できる。
この世界は、そんな大きな任を果たした救世主さまの束の間の安息地なんだって。
一体いつになったら説明できるのやら。
思わず内心でため息をついていると、お姫様云々でそれ以上掘り下げられるのも嫌だったんだろう。
ひとつ息をつき、仮面である理由その2を語りだす。
「そして、もう一つの理由は、この仮面をつけることにより素面ではなれないものになれるから……ですかね。何か事を成すには、弱いままの自分では達成が難しかったから、成りきる事で自分を誤魔化していたのです」
自嘲気味にそう言い切った後、こんな事まで話すつもりはなかったんですけどね、とぼやくラルちゃん。
……うーむ。ますますもって気まずいぞ。
これ、正体明かしたら大変な事になりそうだ。
なんとしてもバレる前に本人に連絡つけて示し合わせる必要があるな。
実の所、本物のイゼリちゃんは、もう既に里帰りしちゃってるはずなのだ。
だからこそ、化ける相手にさせてもらったわけだけど。
「そっかぁ。じゃあわたし、ラルさまにお顔見せてもらえるようにがんばるよ。がんばって仲良くする!」
「……ありがとうございます、アイ様」
「さまはつけなくていいよっ」
「ふふ。お互い様、ですね」
そんな自分本位な俺を脇目に、微笑ましくも暖かいそんな二人のやり取り。
眩しすぎて、目がくらみそうだぜ。
マジで、ちょっと。
いたたまれなくて逃げ出したいんですけど……。
そんなやりとりがあった中、二人の目を盗んで。
ご本人……イゼリちゃんに連絡(一度冒険者パーティを組むと、ギルドカードを使って簡単ながら生存確認等の機能がついているのだ)したんだけど。
こんな時に限って何故か繋がらず、罪悪感と言う名のナイフにザクザク刺されつつも辿り着いたのは。
アイちゃんの故郷までの中間地点と言える、『ウエンピ』の村である。
村と名がついてはいるが、寂れた感じはなく、もうすぐ町と呼んでもおかしくない活気のある所だ。
発展している一番の要因はウエンピ村特産の魔法薬だろう。
数年目に赴任してきた村の新しい代表が開発に携わっているらしく。
村の中心には、そんな代表が住まう、村とはもう呼べない事に一役買っている大きな屋敷が鎮座していた。
「最大MPが上昇する魔法薬かぁ。是非に見てみたいものですね」
「うん。お買い物いこうよぉ」
ラルちゃんの言う通りならば、なるほど大した効力を持つ魔法薬である。
特産になるくらい増産できるなら、そりゃ村も発展するだろう。
ラルちゃんは、そういったものにとても興味があるらしく早くも素が出始めている。
早くもアイちゃんと連れ立ってマジックショップに飛び出していきそうな勢いで。
そんな二人を見ていると、やっぱり和んで微笑ましくなるわけだが。
面倒くさい事に、町まがいの村に入った途端、この村のいつもとは違うだろう雰囲気を感じ取っていた。
なんというか、村に入ってからずっと視線を感じるのだ。
それが、ラルちゃんやアイちゃん、加えてイゼリちゃんの可愛さっぷりを受けてのものだったらまだ良かったのだが、どうにも毛色が違うようだ。
ラルちゃんだけでなく、アイちゃんですらその感覚には慣れていてる風で気にしていないのには。
ふたりして衆人に晒される感覚に慣れているのかと新しい発見ではあるのだが。
どうもその視線は、ヒソヒソ話は、イゼリちゃんの姿をした俺ばかりに向けられている気がするのだ。
しかもそれはどちらかと言うと、あまりよろしくないものだった。
例えて言うなら、何故ここにと言った視線。
一体どう言う事なんだろう?
イゼリちゃん本人がこんな目で見られる人物でない事くらいわかってるつもりだ。
これはちょっと調べる必要があるな。
「それじゃあギルドの報告と今日の宿を探してくるから、二人はお店を回ってきたら?」
「……いいんですか? じゃあお言葉に甘えて」
「いざ、しゅっぱーつ!」
そう思い、一人になろうと提言すれば、食い気味で返事が返ってきて。
二人は仲睦まじくマジックショップ界隈へと駆け出していく。
「……よし」
ギルドに行きがてら一旦戻るか。
そうすれば何か分かるかもしれない。
ついでに、この緊張感と罪悪感にもおさらばしたい。
そう思ってギルドの方へと踵を返したわけだが。
結局その日、俺はギルドにも宿屋にも辿りつく事はできなかった。
直ぐにこの村ぐるみの。
ある意味厄介事に巻き込まれてしまったからである。
(第18話につづく)
次回は、12月5日更新予定です。