第13話、仮面やマントだけでは、その本質、本性が隠せぬことを気づけない
SIDE:ラル
ラルは、アイとの約束を果たすために、いそいそと赤の極彩色のマントを羽織って。
仮面を付けて人のいないのを確認すると、屋根からさっと降り立ち、建物へと入っていく。
故郷にあった『教会』……所謂冒険者ギルドよろしく、一般に開放されているのか、下半分のない扉を開けて入っていったまではよかったのだが。
足を踏み入れた途端、降りかかってくるのはいくつもの視線。
どうやらそのあまりにも自己主張の激しい仮面とマントが気になるらしい。
昨日は妙なテンションで『役』に入ってしまったが、今更ながらその事にちょっと後悔するラルである。
最も、今のラルには人と言うより魔精霊と呼ばれる、本来ならば姿形自由自在な存在に近いので、
元々の姿も何もないようなものなのだが……アイの前に初めて現れた時この姿をとってしまったのだから仕方がない。
逃げるようにどこまでも落ちていこうとする情けない自分をひとまず封印して。
役になりきる事で精神の安定を図っている。
あるいは、そうともとれるわけだが。
その役すら、過去を引きずっているのだとは、気づかない方がいいのかもしれなくて。
「めが……じゃなくて、ラルさま! こっちです!」
気を取り直し、仮面の不可思議な従者役に入り込むか込まないかといった所で。
アイが思っていたよりも快活な声を上げて手を振っているのが目に入る。
見た目より大人びていて、理知的なその様は、きっとアイ本来のものに近いのだろう。
その事だけを考えても、目の敵にしている男の功績を認めなければならないが。
『そんな事はラル自身初めから分かっている』、上で避けるべき相手でもあるので。
周りの視線ごとスルーして軽く手を上げ返し、ゆっくりと近づいていく。
「遅れて申し訳ありません、水の……いや、アイさま。とにかく、無事でよかったです」
「ラルさまこそ、ささ。すわってすわって。すいませーん、注文おねがいしまーすっ」
新鮮な、快活さからくる気遣い。
どうやらここは、ギルドの待ち合わせ兼カフェになっているらしく、どこからともなくウェイトレスがやってきて、アイの注文を受けている。
仮面とマントのラルを、周りの客ほどに気にしていないのは。
ある意味奇抜な格好の冒険者達で慣れているからなのだろう。
お茶を注文するアイに、初対面の印象を上方修正しなくてはとひとりごちつつ。
ラルは早速とばかりに口を開く。
「途中で放り出しておいて申し訳ないのですが、あの後の顛末を聞かせていただけないでしょうか」
経過は当然知っているので、出てきた言葉は建前だった。
聞きたいのは、アイの今後である。
ほとんど成り行き任せで一方的に契約したとはいえ、この世界で目的、目標が見つかっていないラルとしては、この出会いを大事にしたかったのだ。
自身の勘も、アイについていくべきだと判断しているが。
問題はあの男とアイの関係だ。
もし、これ以降も付きまとわれるのならば、考えなくてはならない。
アイは、そんな不躾なラルの問いかけに、待ってましたとばかりに解説してくれた。
ここに来るまでの顛末は、まぁラルの知っているものと大差なかったわけだが……。
「ちょっと待ってください。何故今回の件、解決……その手柄が全て私になっているのです?」
今回の賞金首……フジィーデン・ヴォトケンと、『犬狼の牙』と呼ばれる盗賊団による、近隣の町村民誘拐事件。
若い女性ばかり十数名、『犬狼の牙』のアジトに囚えられていたが、ラルと名乗る高位精霊の介入により、ヴォトケン、盗賊団全員捕縛。
囚われ拐われた女性達も、全員が保護されたと言う。
賞金首のヴォトケンは、この世を治める王国の一つ、『ロエンティ』王のもとに送られて。
『犬狼の牙』の団員達は犯罪奴隷に落とされ、ラスヴィンの街のために奉仕する事が決まった、との事で。
実際、小さなアイが耳にしたもの以上に、ぼかした部分もあったのだろう。
奴隷と言う単語は知っていても縁がなく実態も知らぬラルにとってみれば。
あまり悪そうには見えなかった盗賊のおじさん達の行く末を案じたい部分もあったが。
問題なのはそこではない。
ヴォトケンにかかっていたと言う賞金。
このギルドに依頼として出ていたと言う盗賊団、『犬狼の牙』の捕縛報酬の半分、捜索依頼の出ていた者達からの謝礼など。
未だこの世界に来たばかりで貨幣の価値に詳しくないラルでさえ、『沢山』に過ぎるこの世界のお金がラルへと支払われる、なんてことになっていたのだ。
「めがみさま……ラルさまのお金、さろにぃがもってるから、ちょっとまってて」
「……っ(ツッコミどころが多すぎてなぁ、もう)」
仮面をつけて役に入っている以上、そんなラルの慌てぶりが表に出る事はなかったが。
サロとか言うらしい、逃げ出したい気配のするあの男が仕組んだのだと、容易に想像できた。
お金に罪はないし、ラル自身人ならざる幼女と化したとして。
元より嫌いにはなれぬ大事なものなので。
一文無しで放り出された身としては助かるのは助かるのだが。
いかにも何か裏がありそうで否が応にも警戒してしまうラルである。
(しかも救世主ってなんだよ!?)
女神さまと、うるうるの瞳でアイに呼ばれるのよりはいくらかましかもしれないが。
どうやら元の世界のラルを終わらせた存在とよく似たあの男は、ある程度前の世界においてのラルの事を知っているらしい。
折角面倒な柵から開放されたのだから、好き勝手生きようと決めたばかりだというのに。
全くもってうっとおしい、なんてラルは思ってしまって。
「兄、ですか。アイさまはあの男と親しいのですか?」
いっその事、アイを連れてさっさとここから出ていってしまおうかとも思ったが。
そんな事はおくびにも出さずラルはアイが注文してくれた紅茶のようなものに口をつける。
「うわわ、カップがすり抜けてる。すごーい」
もしかしなくても一度見せた素顔を暴いてやろう、なんてお茶目な目論見があったのかもしれない。
幼女と化してしまった恥ずかしさと、夜に外出する時の必需品装備だったために仮面をつけていたが。
特に顔を隠さねばならない深い意味はあるわけでもなし、アイになら素になってもいいかなと思うラルであったが。
(元の世界知ってるヤツに顔を晒すのはなぁ)
十中八九面倒な事しか起こらない気がする。
ほんの一瞬しか顔を合わせた事がないのに、随分と分かったような気でいるラルであるが。
こういう勘が外れたことがなかったから。
アイには悪いがもう少し仮面の不審人物でいようと、ラルは密かに決心していて……。
(第14話につづく)
次回は、11月27日更新予定です。