第11話、この世界の分け身は、自重などなく自由気ままに
「めがみさま、きませんね……」
「う~む。これは予想外」
俺が、冒険の拠点、本拠地にしている街、ラスヴィン。
その中心にある冒険者ギルド受付前の、飲食もできるエントランスにて。
俺とアイちゃんははやきもきしつつ暇を持て余していた。
目の前の少女……アイ・ウルガヴが暮らしていたと言う町、『ブラシュ』は、ここから辻馬車を使っても一週間はかかるという事で。
ギルドを通じ無事の連絡をしてからそちらへ向かう準備のためにと一日過ごしたが。
朝になっても目の前に現れてくれるどころか、ギルドに連絡の一つもなく。
正しくもまったくもって音沙汰のない、そんな状態であった。
「めがみさま、いそがしいのかな」
海色髪の少女は、出会ったばかりの泥に塗れ、怯えた様子は鳴りを潜め、ただただ『女神さま』の事を心配している。
まだ親の庇護を受けるのが当然の年齢に見えるのに、理知的と言うかたいへんしっかりしているなぁ、というのが俺の印象だった。
むしろ、既に中堅どこの冒険者で実力もあるはずなのに何故かみなさんと一緒に捕まっちゃってた運の悪いドジっ子な女の子(アイちゃんたちが閉じ込められていた牢とは別のところに押し込まれていて、ラルちゃんに会えなかった事をひどく残念がっていたところなんてほんとに子供っぽいんだよね。そんなところがまぁ、可愛いんだけど、イゼリちゃんは)比べても大分大人びているような気がした。
閑話休題(まぁ、それはともかくとして)。
「でも約束……いや、契約をしたんだろう? アイちゃん、君を助けるって。それを一言もなしに投げ出すような子には見えなかったけどな」
見えなかったと言うか、顔を合わせたのもほとんど一瞬で仮面で顔も見えなかったけれど。
それでも滲み出すよい子な気配、確かに感じ取ったのだ。
「めがみさまになにかあったのでしょうか……」
「あー、何かあったってよりは」
十中八九、俺が避けられているというか、俺のせいなんだろう。
逃げるほど苦手なやつと顔が似ていたとか、俺がこうしているだけで警戒して出てこないくらいに、嫌いなやつと魔力の波長が酷似していたとか。
もしかしたら、彼女がこの世界にやってくるかもしれない可能性を知っていたように。
彼女もある程度こちらの事情を知っていたのかもしれない。
お目付け役だなんて、異世界にまで骨休めしにきたってのにしち面倒臭え、なんて思われているんじゃなかろうか。
……となると、まずやるべき事は。
「……【サーチ・ヴァレス】っ」
口元に人差し指を一本立てて、アイちゃんに静かにしてねとジェスチャー。
意図を悟ってくれたのか、アイちゃんは昼食にと用意されていたパンに手をつけている。
そんな中、俺は【風】の魔精霊の力を借りた、探知魔法を呪文を省略しつつ軽めに発動した。
有効範囲は、この街一帯届くか届かないかだが、どこにでもいて触れる事のできる風の魔精霊の善意と言うか、好奇心を利用したそれは、魔法を使われたと気づかれにくい優れものである。
大げさに言えば、たとえその一人一人の姿が見えていようとも、気まぐれに戯れている位にしか感じられないはず。
それで人探しができるのは、俺の素敵な才能……ではなく、俺が彼女の魔力の波長を覚えていたからだ。
邂逅は一瞬だったが、何せ生まれた世界が同じだから。
あんなに目立つ魔力の波長を、見逃すはずがなくて。
「……いた」
やっぱり、アイちゃんの事が心配だったのだろう。
この街どころか、ギルドの建物の近く……恐らくは屋根の上辺りに、一瞬垣間見えた瞳の色の如き赤色の魔力が在るのが分かる。
こうなってくると、やはり一計を案じなければならぬようだな。
「アイちゃん。聞いてくれ。君の事を町まで送る件だが、急用ができた。ここでちょっと待っていてくれるか?」
「……あ、はい」
抵抗も非難も疑問も意見も特になく。
まるでこちらの企みをすべて悟ったかのように頷いてみせるアイちゃん。
「よし、いい娘だ」
物分かりが良すぎて末恐ろしいと言うか、見目もいいし才能もありそうだし、今後も付き合っていけたらいいなと思えるいい女である。
まぁ、彼女の傍にいれば、もれなく救世主さまもついてきて、忙しくなりそうではあるが。
それじゃあ仕込みのために、一旦宿に戻るとしますかね。
言葉通り、きっと間違いなく自由はなくなるだろうけれど。
今後の展開が楽しみで仕方ない俺がそこにいて……。
SIDEOUT
(第12話につづく)