第103話、お互い少年の心を持ちたかったからこそ滑稽で微笑ましく
SIDE:ラル
イゼリの故郷、『フーデ』。
その地下全てに広がるダンジョン。
雨よけの地下通路のごとくで隣町まで続いている勢いのそれは。
色々なものを隠していたらしい。
個人的に大好きな属性(相性の善し悪しとはまた別で、それ自体をラルが扱うことはほとんどなかったが)、【金】の魔物魔精霊たちに紛れて、身寄りのない子供たちや教会の子供たちを連れて『闇の一族』が棲まう国へと向かおうとしていた黒衣の男たちの仮住まいになっていたのだ。
教会のためにとお金欲しさについていこうとした子たちがほとんどではあったが。
運良く聴力の上がる耳アクセサリーをつけていなかったら、それに気づき見つけ出すのは、もっと遅れていたことだろう。
召喚のための生贄にされて五体満足で帰れる保証などなかったから。
何とか街を出る前に見つけ出すことができて説得……止めることができて良かったとラルは思っていたが。
なんやかんやあった結果。
たとえ死してもなおラルに祈り殉じようとする集まり、団体の誕生には未だラル自身気づいていなかったりした。
それは。
獣人族の子供たちを教会やそれぞれの家に帰し、その流れで『フーデ』国の長であるというイゼリの父に会うこととなっていて。
彼らと面会する暇もなかった、というのもあっただろうが。
それより何より、その道中にあってもラルにとってみれば気になって気になって仕方がないことがあったからであろう。
一体、何がきっかけであったのか。
二手に別れる前にはまだ気配があったのに。
ラルにとってみれば、ローサとサーロ二人分の魔力がダブって見えていたのに。
サーロの魔力だけが、ほとんど見えなくなってしまっていたのだ。
それに、自身でもびっくりするくらい動揺していて。
そんなぎこちなさに、きっとローサは気づいていたことだろう。
あったばかりの時は、避け続けていたくせに。
いなくなったと思ったら、気になってしまうだなんてひどい話である。
かと言って、もう面と向かっても大丈夫かと言われると……。
サーロは、あくまでもこの世界の『彼』だけど。
結局『彼』と同一であることに間違いはないと思い知らされてしまって。
どうにも顔を合わせづらいには確かだった。
『一番じゃないのに』、なんて。
言ってはいけないことを言ってしまう恐れすらあって、怖かったのだ。
「ラルさま? どうかなさいましたか?」
「あ、うん。ローサさん置いてきちゃったから」
「あぁ、大丈夫ですよ。アイさんが連れてきてくださいますから」
イゼリの実家。
それは、『フーデ』の街、国を治める領主……『フーデ』での言い方をすれば獣王の城であった。
事情を説明するのに、多人数ではということで。
アイやローサを含めた初期のメンバーで向かおう、と言うことになったわけだが。
サーロがローサにかわってしまったことを、どうやらラルは自分のせいだと思っているようで。
まぁ、確かにきっかけにはなっただろうが。
サーロがローサに変わったのだってサーロの気遣いだとも言えて。
あまり気に病まぬようにと、リーヴァは微笑み言葉続ける。
「そういえばラルさま、サーロさんのこと随分気にかけていましたものね」
「うぇっ!? う、うん。故郷の、よく知っている人に似ていたから……」
「ラルさまのとの出会いの衝撃で忘れがちでしたが、実は私もそうだったのですよ」
「えっ? そうなの?」
もはやすっかり取り繕う様子もなく。
実に正直に感情を顕わにするラルに、ほっこりとしたものを覚えつつも。
案の定少しばかり勘違いしているようだったので、リーヴァは誂うように笑みを一層深めて。
「私は、ギルドで働く傍ら、古文書などを読むのが趣味でして。
その中に、預言書とも呼べる、【時】の秘宝があるのですが、そこに記された救世主に従いし11人の乙女、そのうちのひとりである【風】の妖精姫の面影を……いえ、魂とでも言えばいいのでしょうか。サーロさんがその身に抱き内なる世界で、大事に守っているのを散見いたしまして。ずっと気になって、気にかけていたのです」
「あっ、そうか。『レスト族』かぁ。……それじゃぁ、もしかして」
「ええ、本人に隠す気があるのかどうかは分かりませんが、今表に出てきているのは女性でとなったサーロさんではなくて、元々女性であるローサさんですわね」
魂の入れ替わりし種族、『レスト族』一つの体に複数の人格、魂を持っていて。
状況に応じて入れ替わることのできる種族。
サーロが表に出ていると、『彼』のことを思い起こされて逃げ出したくなるから。
気を使ってサーロはローサを無理くりに演じている、と言う訳ではないことが分かって。
むしろ今の今まで忘れていたことが不思議なくらいで。
ラルは、はっと我に返るみたいに、仮面越しながらも苦笑浮かべてみせて。
「ありがとう、リーヴァさん。お、私、周りがよく見えていなかったみたい」
「いえいえ。お互いすれ違いで悩んでいたようですからね。ただ……」
リーヴァは、自分が気になってもので、などと言いつつこちらこそと頭を下げ合って。
ですが、とばかりに振り返ると、ちょうどアイと手を繋ぎつつやってくるローサの姿が見えて。
「おまたせ。遅くなってごめん」
「おまたせ~。あれ。イゼリねぇは?」
「ええ。イゼリさん、ここの領主……国の娘さん、アイさんと同じお姫様だったようでして。何やら色々と準備があるとおっしゃっていましたよ」
今までの、お嬢様然としたローサはそこにはいなかった。
恐らく、サーロをイメージしているのだろう。
リーヴァは、状況を説明しつつ、二人を来賓室へ呼び込みつつも。
そんなローサにどんなリアクションをすればいいのか分からなくなってしまって、仮面の下で戸惑っているだろうラルに対し、さっと耳打ちする。
(どうやら同性同士の気の置けないやりとりがご所望のようですよ)
男になりたかった、振る舞いたかったラルと。
そんなラルのために男友達めいた空気を頑張って出しているローサ。
「ローサねぇ、どうしたの? サーロにぃのまね?」
「いいや。言ってなかったけど、今の今までは猫をかぶってたのさ。これがわた、僕の素だから」
それで、可愛らしいひまわり色の耳としっぽをつけていなかったのならば。
ある程度は格好がついたのかもしれないが。
妹が兄の真似ようと背伸びしているのが丸分かりである。
ラル自身には、真似する兄のような存在はいなかったけれど。
男になりたいと、なろうとしていた自分も、こんな風に分かりやすすぎて周りに気を使わせていたのかと思い知らされてしまって。
申し訳なく思いつつも、何だかさっきとは違う感じに笑えてくる。
「ふむ。奇遇だな。実はオレもこの際だから本来の自分をさらけ出そうと思っていたんだ」
もう、10年近くもそんな風に演じていたから。
それはある意味、素の自分であるのに、間違いはなくて。
リーヴァもアイもローサも、びっくりしつつもそれはそれで可愛い、なんて思っていて。
正にその時だった。
実はお姫様であったイゼリが、普段あまり着なさそうなドレスを着こなしつつも照れがあったようで。
警戒する正しく猫のごとき動きで、やって来るのが見えて。
「みんなごめんっ。いいって言ってるのに、パパが着替えろってうるさくて。時間かかっちゃったよ」
「あら。そうだったんですか。とっても良く似合ってますよ」
「イゼリさん可愛い。やっぱりお姫様だねぇ」
「えぇ、そう? 照れちゃうなぁ」
薄青色の、それでも動きやすさをイメージしているらしいドレスは。
イゼリのハチミツ色の長い髪と相まって、よく似合っていた。
素直にラルとリーヴァで誉めそやしていると、そんな二人に続けよとばかりにアイとローサも追随する。
「イゼリねぇ、かわいいー。ぎゅっとしてもいいですか?」
「うん。わ……僕もお願いしようかな」
「どうぞどうぞ~。って、アイちゃんはいいけどローサちゃんはダメ! ってか手をわきわきしない!」
「えー、駄目なのかい? 僕ももふもふしたい。僕だけ仲間外れなの?」
その顔はきりっとしているのにによによ笑みが浮かんでいたけれど。
何げに口に出したその言葉にうっとなる人数名。
まぁ、ローサ自身、サーロであったからと。
緑一点であったからと。
敢えて一人行動をしていたのは確かだったが。
特にラルは、故郷でのサーロのことを知っていたからこそ、ローサも同じように避け気味というか、しかと面と向かえてなかったのは確かで。
その点、しっかり手を繋いでいたアイはすごいと思わざるを得ないラルである。
「そう言われるとぐうの音も出ないというか……いや、うん。よくよく考えたら別に……って、騙されないからねっ!」
「ちぇっ。……もふもふまであとひと押しでしたのに」
「もう、ローサちゃんに戻ってるし! ……って、それはいいから! パパたち待ってるし、行くよ!」
もう少しでもふもふできそうだったのに、とぼやきつつも。
ローサとサーロが違うのだと。
そこにいるのがローサであるとみんなが気づいていることを理解したローサは。
あっさり素の自分に戻って、再度アイと手を繋ぎ直しつつ、そんなイゼリの言葉に従って。
そのまま行ってしまいそうだったから。
敢えてラルのことをスルーしているようにも見えてしまったから。
思わずリーヴァが声をかけようとしたところで。
アイに先に行くように促し、ぱっとこちらを向いて、笑うローサ。
ドキリとする笑みのまま、彼女はラルへと向き直って。
「行きましょう。ラル、リーヴァさん。って言い忘れてましたけど、二人とも耳尻尾すっごい似合いますよね。リーヴァさんはとっても大人な感じで、ラルのはもふもふ度やばくない? 今すぐにでももふもふしたいんですけど」
「……あっ、うん。もちろんいいよ、ローサ! オ、私だってこのモフモフ度合いがお気に入りだからね」
意識してかそうでないのか。
敢えてのお互い呼び捨て。
何だかんだで距離が近づいた証。
(でも私は未ださん付けなのよねぇ)
それに、リスペクトが含まれていることは、リーヴァも分かってはいたけれど。
どうにもその気の置けなさが羨ましくて。
はてさていつまで続くことやらと(特に無理してフランクにしているローサの方)。
思わずそんな風にぼやいてしまうリーヴァなのであった……。
(第104話につづく)