第1話、救世主幼女、何もかもいやになって世界からドロップアウトする
世界が終わったと感じるのはいつ何時か。
言葉の通り、世界の終わりを目の当たりにしながら思うのは、ごく僅かだろう。
『ラル』の場合は、ごくありふれたものの一つだった。
好きな人に振られてしまったこと。
自分に芽がないと思い知らされた時、ラルが聞いたのは確かに自分の世界が終わる音だった。
そう簡単に諦めたくない。
だけど、ラルには時間がなかった。
その身を賭して世界を守る使命があったから。
自分の世界が終わってしまったのに、人の世界を救うなどとは実に皮肉がきいている。
ラルは乾いた笑みをこぼし全てを諦め、世界の人柱として永い眠りについた……はずだったのに。
「な、なんで……?」
気づけばラルは七色の氷山のようなものに埋まり閉じ込められ、両手広げ眠っている自分自身を見上げていた。
状況が全く分からない。
しかも、思わず出た言葉は声が妙に高かったし、身体にも違和感がある。
「……うぅっ!?」
それらを少しでも理解しようとしたその瞬間。
まるでラルの疑問に答えるかのように、頭痛とともにどっと情報が押し寄せてきた。
―――それは、世界の礎になったものの心を救うために作られしもの。
動けない本体の代わりをする存在。
一度世界の礎となれば全てが終わると……なかったことにできると、ラルは思っていたのに。
憎らしい程の気遣いに、涙が出た。
「……今更、どうすりゃいいんだよっ」
崩折れるように蹲ったラルは、悔しげにそう一人ごちる。
絞り出すその声は、現在進行形で泣き出してしまっている幼子の声だった。
結ばれる事なく流れる髪は、赤みの混じった金糸。
触れれば至上の幸せを味わえるだろう、滑らかな艶がそこにある。
その肌は正しくたった今生まれたがごとく淡雪めいて白く儚く。
元より華奢で成長の兆しすらなかったその肢体は、それでも明らかに時を巻き戻していて。
ただ唯一変わらぬのは世界の終わりを見たその瞳だけ。
どこまでも紅いそれには、今や光儚く。
このまま保護するものなくば、幾ばくもなく儚くなるだろう事は自明の理であった。
ラルは、それでもいいと思っていた。
動けない自分の代わりに幸せを享受する仮初の身体。
だけど感じたい幸せなんて、もうないのだから。
そう思い、瞳を閉じかけたラルであったが。
「……っ!」
僅かに聴こえてくる、複数の足音。
確かに聞き覚えのある話し声。
ハッとなって顔を上げれば、紅い岩肌の下り階段が目に入る。
その向こうから聴こえてくるのは。
間違いなく、ラルを『終わらせた』音。
その瞬間、ラルを襲ったのは凄まじい恐怖だった。
「……逃げないとっ」
きっと取り返しのつかない事になる。
ラルは震える小さな手を突っ張り、よろめきながら立ち上がった。
そして、迫り来るものとは反対方向……七色をした自らの墓標の裏手へと転がりながら回り込もうとして。
「あっ」
そこは、下が見えない程の断崖絶壁。
地面がない事に気づくよりも早く。
ラルは白銀色した【月】の魔力に従って落ちていく。
炎のような色をした紅さに、四方八方を塗りたくられた奈落の底へと。
落ちているという感覚はあったが、怖さはなかった。
それは、『怖いもの』から少しでも遠くに逃げられると気づいたからなのかもしれない。
故に、その途中……太陽の香りのする、全身を包み込むかのようなふかふかにまとわりつかれた瞬間に。
ラルは願ったのだ。
『もっと遠くへ』と。
怖いものや自分を脅かすもののいない。
何の柵もないような。
疲れ果てた自分をひそやかに癒してくれるような。
ずっとずっと遠くへ消えてしまいたい、と……。
(第2話につづく)
どうもですー。大野はやとです。
ちょっとだけ空きましたが、新作をお送りします。
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