人工呼吸??
俺は遠くに手放されていた意識を取り戻すと目を開けそうになって、心臓の上に乗せられた手に気付く。
どうしたんだろう。
そして目を開けた瞬間、顔を上気させた誰かの唇が俺の唇を塞ぐ。
まさか、人工呼吸されてんの?
あー、やらかしたのかな……?
俺は瞬時に判断して目を閉じた。
もし目を開けていた場合。
その誰かがキスするのを待っていたと思われ、後始末が大変だ。
となるとしばらくして突然気づいたことにするのがベストだろう。
ただそれが最も悪い決断だとは気付かなかった。
そう。
そのキスした奴があかりだったのだ。
さらに、俺が目を開けた一瞬に気付いたやつがいたのだ。
それがなんとも運の悪いことに、朱莉ファンのやつだった。
「朱莉さん、そのクズ、意識ありますよ」
雷が落とされた。
「えっそうなの?」
驚いた様子で朱莉が離れる。
いや、作戦の上では意識はないですよ。
ここではまだ意識がないふりでも通じるはず……。
「大変、まだ意識がないなんて」
またキスしてきた。
一体、こいつ何なんだ?
少し、イラっと来た。
マジかよ、これだと意識がなくてもぼこされる。
意識があったら――考えたくない未来が待っているに違いない。
その瞬間、左手の小指に激痛が走る。
痛っ。
つい、声を出してしまった。
目を開けて確認する。
案の定、坂木が左手の小指を踏みつけていた。
「やっと起きたか。このあかり様に近づこうとする変態野郎」
クラスメートごときに様付けてんじゃねえよ。
と言い返したいが……とてもそんなことできる状況じゃない。
どうする。
「オタクまじないわー」
「あかりのファーストキス奪うとかクズじゃね」
「……ファーストキス!……」
後ろのほうで木谷涼香がぶっ倒れたのだが、みんなはそんなこと知らずに俺を取り囲んだ。
「意識あって起きなかったんでしょ」
「死ね、変態」
「そうだ、クズ死んじまえ」
「やめてあげて!!」
あかりが叫んだ。
それこそ、やめて。
ヒートアップするだけだから。
こういう展開は慣れてるし、こういう時の対処法もプロ並みだ。
口出しは無用。
「何で止めるんすか、朱莉さん」
「そうだ、なんでそんな女たらしかばうんですか」
坂木よ、断じて俺は女たらしじゃない。
そろそろ、これが仕組まれたものだった気がしてきたよ……。
トホホ。
「だって、だって……」
あかりが泣き出した。
クラス一の美少女が泣いたのである。
いや泣きまねかもしれない。
非難の視線が一気に坂木に集まった。
ざまーみやがれ。
「朱莉、大丈夫か」
クラス一のイケメンがついに手を差し伸べた。
よっしゃ。
注意がそれれば、活路が開ける。
「ありがとう、勇馬君」
そう言って、朱莉は差し出された手を取り、抱きついた。
みんな雰囲気に酔ってしまっている。
男子は男子でポーっとしてるし、女子は女子でキュンキュンしてるやつらが多数。
俺はこっそりとその輪の中から逃げ出した。
いや正確に言うと逃げ出そうとした。
「おい待て菅谷」
朱莉を抱きつかせたまま勇馬が言った。
「君が僕の朱莉を泣かせた一番の元凶だろ。謝罪の言葉はないのか」
吐きそうなキザなセリフとともに断罪の刃が訪れた。
ウザッ。
軽く舌打ちをする。
このくそ野郎。
せっかくけむに巻くチャンスだったのに。
「謝るほどのことじゃないだろ。もしここにいるのがお前だったらどうだ。みんな今みたいにポーッとしてるだろうよ」
何がどうなろうとも狭間あかり、君が俺にとっての元凶だ。
ここでの俺の立場がどうなろうともこいつを遠ざけなきゃいけない。
俺は切れた。
「それにこっちが助けを求めてないのに勝手に変なことしやがって、邪魔なんだよ」
みんなが信じられないように俺を見てる。
「お前はな。そうやって容姿がいい者同士仲良くしときゃ、俺には何にもなかったんだ」
あかりの目がうるうるし始めているがここでやめるつもりはなかった。
「そういうやつこそ、俺は一番嫌いなんだよ」
自分自身を追い詰めると知っていても、そう言わずにはいられなかった。