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その塵芥を始末しろ 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と、内容についての記録の一編。


あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。

 つぶらやの反抗期って、いつ頃だった?

 僕は中学校に上がる前後だったかなあ。それも親に限らず、自分の思う通りにいかないこと、すべてに腹を立てていたから、反骨心の現れだったのかも知れない。

 何かにつけて、敷かれたレールから抜け出そうとする心。自分の思う通り、好き勝手に生きたいと思うのは、別におかしくないだろ? 

 それに中学生というご身分は、まだ義務教育。自分から学ぶのではなく、学ばせられる時期。気力が萎えたら、唯々諾々とレールにまたがり直し、責任を大人になすりつけて、子供ぶればいい。何かあった時に頭を下げたり、償いをしたりするメインは、親だ。


 お前、自分のことを暴走機関車と称していた覚えがあるが、外れるべきでない道くらい、少しは見えているはず。だから、今さら「やんちゃ」などしないだろ? 

 自分のケツを自分で拭う。その重さを知らない時期、うらやましい反面、危ういな。どうにも自分本位で、やっかいごとを引っ張り込んじまったりする。

 お前がネタを欲しがるからな、俺も過去を発掘してきたんだ。その成果をお目にかけよう。

 

 俺の住んでいた町は、清掃活動が盛んでな。週に一回、有志を募って町中をめぐる大規模な掃除がある。のみならず、普段からゴミ袋とゴミばさみで武装したご年配の方々を、毎日見かけるほどだった。

 うちの祖父母も、俺が学校に行っている間に、その活動に従事していたらしい。登下校の折に、何度か出くわしたことがある。


「ゴミは片づけなきゃいけない。どこからともなくやってきて、あたしたちが元いた場所に、平気な顔して横たわる。放っておくなど、とんでもない。ここが誰のものなのか、はっきりさせてやらなきゃねえ」


 祖母はそうつぶやきながら、小さいわたぼこりに至るまで、熱心に拾い上げていたよ。


 そうこうしているうちに、俺も高校入試へ挑む時期がやって来た。とはいえ、俺自身に受験生の自覚だとか、危機感だとかは全然なかった。親がぎゃんぎゃんうるさいんで、勉強をするふりはしていたが、実際のところ、ふところに忍ばせておいて、親がちょっと目を離した隙に遊ぶことができるような携帯ポケットゲーム機にハマっていたのを覚えている。

 うちの学区では、高校受験に臨む生徒全員、受験する学校へ出すためにエントリーシートを書かなきゃいけない。まさかこの歳でもう、就職活動の予行演習をすることになるとは、思っていなかった。

 聞かれるのは、志望動機、自分の長所、学校内で頑張ったこと、そして学校外で頑張ったことの四つだ。前の三つはとにかく、最後の一つに関しては、俺は今まで、特別に書けるようなことをしてきた覚えがない。

 すぐにできて、周りの人からも良い印象を持ってもらえるボランティア活動。狙いを定めた俺は、さっそく祖父母にくっつくようにして、週一回のゴミ拾いに参加したんだ。


「いいかい。どんなものであろうとも、地面に転がっていたら、ただのゴミ。分別はあたしらでやるから、あんたはどんどん拾いなさい」


 幼稚園児に言い聞かせるような指示だった。俺は返事をしながらも、少し腹が立ったね。

 もう15年も生きているんだ。たかがゴミ拾い、できないわきゃねえだろってな。


 俺は担当区域を巡りながら、吸い殻から小動物の遺体まで、顔をしかめながら拾っていく。

 座り仕事に比べたら、歩き回っている分、身体にいいだろうけど数十分も続けると、俺は早くも掃除そのものに飽きてきた。誰も見ていない場所でさぼれないものかと、そんな考えが首をもたげ始めた時。

 右足の下で、聞き慣れた電子音がした。見ると、ポケットゲーム機が転がっている。その電源ボタンを踏みつけたらしい。

 驚いたのが、その迷彩色のカバーに身を包んだポケットゲーム機。こいつはわずか数週間で売り切れになってしまい、なぜか追加で生産もされなかった、プレミア価格のついたデザインだった。


 内容としてはパズル+育成といった感じで、プレイヤーはブリーダーとして、卵から成長する多種多様なペットを育てていく。食事も訓練も、成果はすべてパズルゲームの成績次第になっていて、腕が上がれば上がるほど、質の良い環境を提供できる。そこへまれに起こる、突然変異の要素が入るのだから、ハマる人はずぶずぶにハマった。

 俺は辺りを見回して、誰もそばにいないことを確認。こっそりそのポケットゲーム機をくすねた。文字通り、ズボンのポケットに突っ込める小ささに感謝する。ここから何かの拍子で見つかったとしても、いくらでもごまかしきる自信があった。

 プレイしても良し。飽きたら売っぱらって、金にするもよし。がぜん、テンションが上がってきた俺は、掃除に対しても改めて、気合を入れ直したね。


 その日から俺の「勉強のお供」は例の育成パズルゲームになった。接触が悪いのか、時々、俺の操作とは関係なしに「ピピピ」と、アラームが鳴ることがあったが、それ以外は動作に支障はない。

 けれども、しばらくして気になることが起こり出した。同じ、迷彩色をした携帯ポケットゲーム機を、俺はたびたび町中で見かけるようになったんだ。

 さっきも言ったように、この柄はプレミアがつくほどの品薄。この一つを見つけたのだって、俺は奇跡中の奇跡だと感じていたくらいなんだ。それがここに来て、堰を切ったような勢いで、次々に姿を現し始めたんだ。


 俺はゲーム機の値打ちが、だだ下がりすることを恐れた。あちらこちらで転がっているこいつらをみんなが持つようになれば、店に売り出す奴も現れるに違いない。

 一台目より二台目。二台目より三台目。店に持ち込まれれば持ち込まれるほど、売値が下がっていくのは明白だ。利を得たければ、急がなければ。俺は学校帰り、すでにポケットへ入れていた携帯ゲームを連れて、前々から引き取りをしていたおもちゃ屋へ向かったんだ。  

 けれども、間が悪かった。おもちゃ屋の手前のわき道から出てきた祖母に鉢合わせしちまってな。通学路から大きく外れる道を通っていた俺は、祖母に問い詰められたよ。

 祖母はいつも通りゴミ袋を抱えての巡回中だったんだが、今日の中身を見て、俺は息を飲んだ。あの迷彩色の柄のゲームが、袋の半分近くまで溜まっていたんだ。


「誰だか知らんが、塵芥じんかいを拾いおったと見える。あれほど、ゴミはゴミとして集めろと言うたのに……奴ら、調子に乗って、ここぞとばかりに姿を見せ始めおったわい。この姿ならば、この世界にいられると思ってな」


 その時だった。

 袋の中のゲーム機たちが、一斉に「ピピピ」とアラームを鳴らし出したんだ。

 俺のポケットからも、合わせて一緒に鳴り出した。しかも、振動する機能などついていないはずなのに、ポケットを通じて俺の右太ももを、痛みさえ感じられるほどに激しく震わせてくる。

 祖母は血相を変えると、袋を地面に叩きつけるだけでなく、足で何度も袋越しにゲーム機たちをでたらめに踏みつけ始めたんだ。

 それに伴う音は、金属であろう電子機器を踏んで、出るものとは思えなかった。「ぬちょり」「ぐちょり」と、まるで肉塊を踏みしだいているような、気持ちの悪い音色が響く。袋の中はゲーム機が吐き出したであろう液体たちで、茶色い海が広がっていた。


「お前か、拾ったのは。出せ!」


 ゴミばさみが俺の眼前に突きつけられる。相手は孫だというのに、命さえ取ることもいとわない。そう思わせるほどの表情だった。

 俺がゲーム機を取り出すと、祖母はそれを地面に投げ捨てて、がむしゃらに踏み砕いた。袋の中身と同じ、鈍く弾力のある音と、茶色い液体を出すゲーム機。つい数時間前まで、俺はこいつから確かな電子音を聞いていたなんて、信じられなかった。

 祖母は粉々に飛び散ったゲーム機の部品をゴミばさみで掴み、余さず袋へ入れていく。

 捨てるの? という俺の問いに対し、祖母は答える。


「燃やす。跡形もなく。こやつらに存在されては困るのじゃ。この世界に、お前たちの居場所はない。入ってくることは許さない。その見せしめのために」


 祖母は足早に去っていったが、その間、袋が不自然に左右に揺れ続けたのは、乱暴に運ばれているためだけではないだろう。

 必死に逃げようともがいている。そんな姿に俺は見えたんだ。

 

 異なる世界からの来訪者。すでに俺たちの周りには、彼らが溢れかえっているのかも知れないぜ。

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