最終話 旅立ち
少年は、得体の知れない生物が隙間なく張り付いている爆弾を指差し、ではこれは何なのかと尋ねた。
『二つ目の爆弾だ』とロボット。『それは今この瞬間にも起爆し続けている。あの異形進化した生物たちは放射線に引き寄せられて群がっているのだ』
放射線という悍ましい響きに、少年は肩を震わせた。
『主導者である男の一人が命じて作らせたものだが、これが製造された経緯については、わたしも少々理解しかねる。彼の言葉を引用するなら、人間そのものを完全に根絶やしにするため、とのことだ』
「根絶やし……」
少年は急に空恐ろしくなり、爆弾から目を背けた。細長い芋虫が足元を這っている。
『だが彼の目論見は外れた。彼が思っていたよりも人間はしぶとかったようだ。彼女の蘇生の際に色々と調べさせてもらったが、驚くべき事実が判明した。君たちの体には放射性物質を取り込んでエネルギーに変換する器官が備わっていたのだ。これほどまでに短い年月で環境に適応し進化を遂げるとは……』
少年はロボットの話など聞いていなかった。
ただ、恐ろしい。そう思った。人間全てを文字通り一人残らず殲滅するなどということを考える人が存在したこと、それが実行されてしまったこと。堪らなく怖いと、少年は感じた。
自分を悩ませていた揺れの原因はわかったが、だからといってここから抜け出せるわけでもない。変に重く沈んだ気分で、体を横たえる少女に声をかけた。
『体性組織の復元の際に多量の放射性物質を投与したが、脳だけは替えがきかなかった。意識が戻るかどうかは、五分五分といったところだろう。』
「それって」
『よくて植物状態といったところだ。彼女のエネルギー生成器官は破損しており、ここで定期的に放射性物質を注入し続けない限り、待つのは死のみだ』
少年にも、薄々予想はついていた。
彼女の日焼けした顔を眺めていると、塔の町で二人駆け回っていたことが夢の中の出来事だったかのように思えてくる。
ただそれ以上に、少年はひたすら事務的に語るロボットに腹が立ち始めていた。
(こいつのせいだ、こいつさえ現れなければこんなことには)
『これまでにも誤って下まで転落してきたらしい者はいたが、蘇生がひとまず上手くいったのは今回が初めてだ。わたしは、ここで起きた一連の出来事を記録し後世に語り継いでいくことが自分の使命であると認識している。そのために、君たち二人にはここに残って繁殖……』
「黙れ!」
少年は握り締めた蛍光バーの切っ先をロボットの頭に思い切り叩きつけた。
ロボットの頭はひしゃげて潰れ、蛍光バーのガラス片がきらめきながら飛び散った。
『わたしの教育係の先生はこう言った。人間には二つの面がある』
真っ暗闇に閉ざされた中、ロボットは喋り続けた。
少年は言葉にならない叫びを上げながら、何度も光を失った蛍光バーを振り下ろした。
『他者を憎む攻撃性と、他者を認める受容性だ』
ロボットの頭は胴体部分にめりこんで陥没していた。それでも尚、雑音交じりの音声は続く。
『攻撃性に支配された人間は、やがて種族そのものを滅ぼす。受容性に浸りきった人間は、危機感を忘れゆったりと黄昏を迎える。いずれにせよ、最後には滅びしか残らない。』
「どうせ死ぬんだ、ぼくもお前も」
『わたしは機械だから、人間の気持ちはわからない。しかし』
赤いライトの点滅が止まった。最後の力を振り絞るようにして、ロボットの途切れ途切れの声が発せられる。
『どちらを選ぼうとも、その結果に自ずと満足できたのなら、それは正しい道だったのだと……い…………え……』
ロボットは崩れ落ちた。
抱き抱えていた少女は地面に転がり、水色のワンピースの裾がはだけた。
少年は彼女を背負って、歩き出した。
シェルターを抜け、居住区の残骸が立ち並ぶあの世界に戻ってきた。
少年は惜しむようにシェルターを振り返ったが、すぐに前を向いた。背中の重みが、少年の足を否応なく前へ進ませる。
皮肉なものだ、と少年は思った。
過去の人々が人間を根絶するために作り出した爆弾が、今自分たちを生かさせてくれている。
ふいに、目の前が明るくなった。
天国にでも来たのだろうか。そう思い、辺りを見回してみると、柱に白く発光する異形生物がへばり付いているのが見えた。
近寄ってみると、それはそさくさと逃げ出してしまった。
滑るように柱を伝って登っていく胴長のそれに目を奪われていると、どさりという音と共に背中から少女がずり落ちてしまった。
慌てて、背中に背負い直した。
(そうだ。死ぬ時は、一緒なのだ。僕も、お前も。)
いつか新天地に辿り着いたら、彼女のために家を作ってやろうと思った。
がらくたの寄せ集めの、小さな小さな家。幸せは、そこにあるのだろうか。
色々なことが頭の中を駆け巡った。
朝かきこんだやぶ汁のこと。屋上から見渡した景色のこと。少女のこと。赤黒いなめくじのこと。頭が潰れて死んだロボットのこと。そして、最下部から最上部へ怨嗟の一撃を見舞った人々のこと。
彼らは、あの青い空を、眩しいばかりの太陽の光を拝むことができなかったのだろうか。
「大丈夫だ。僕がいる」
少年は肩をゆすって物言わぬ少女に話しかけると、また一歩暗澹たる闇の中へと足を踏み出した。
おわり