第三話 再会、そして
銀色に鈍く光る物体が、闇からぬっと現れた。
それが手に抱き抱えているものを目にした瞬間、少年の中で何かが弾けた。慟哭とも悲鳴ともつかぬ叫びをあげながら、彼はそれに歩み寄った。
少女は上にいた時の格好のまま、静かに身を横たえていた。
驚きの後に来たのは、安堵の気持ちだった。胸に閊えた氷が熱湯で解かされていくように、少年は心がじんじんと温まってくるのを感じた。張りつめていた緊張の糸がぷつりと切れ、たった一人で暗い地下を歩いてきた心細さもほんのつかの間ではあったが消え失せた。
しばし感傷に浸ったのち、少年はおずおずと口を開いた。
「今喋ったのは、お前なのか」
『そうだ』
銀色のそれの頭部、目にあたるライトの部分が赤く点滅し、先ほどと同じ電子音声が流れる。
「え、えっと……」
少年は必死に頭の中を整理した。聞きたいことは山ほどあったが、彼女の安否が最優先だろう。そう思い、銀色のそれに問うた。
「そいつは無事なのか?」
『落下、衝突のさい内臓の大部分を損傷したが、わたしの処置により一命はとりとめた』
びりびりと地鳴る振動のせいで声が聞き取りづらい。
「じゃあ、生きてるんだな」
『そうだ』
少女は目を瞑り、安らかな顔で眠っていた。寝息の度に微かに肩が上下する。少年は、そっと彼女の黒い髪に触れた。しなやかな手触りが、自分を夢から目覚めさせてくれたような気がした。地に足をついて、確かにここに存在しているという感覚が戻ってきたところで改めて、少年は問題のそれに会話を試みてみた。
「お前は何なんだ?」
『わたしは、ロボットだ』
「ロボット。話してくれないか、お前が知っていることを。一体ここで何があったんだ?」
ロボットは、懐かしむかのように頭部を爆弾に向けた。
『わたしが作られたのは、もうずっと昔のことだ。』
少年はロボットの話に固唾を飲んで聞き入っていた。
『当時の記録によれば、この星は人口増加という大きな問題を抱えており、居住スペースが底をつくのも時間の問題だったという。この事態を重く見た組織は、上空から地下深くまで続く巨大建造物の建設を命じ、長い時間をかけてそれは完成した。
上層には富裕層、地下の下層には地位を持たない貧困層がそれぞれ割り当てられたが、最下層の生活水準はひどいものだったと聞いている。1m四方もない小部屋に三人以上が押しこめられ、日中は規模拡大のための土木工事に駆り出され、ろくな食事も摂らずに働かされていたらしい。それに何分スペースも予算も十分に足りていない上に、次々と新入居者が入ってくるものだから、衛生面でも問題が発生し、常に伝染病が媒介していたという。
かたや上層の生活は気ままなもので、彼らは毎日広い住居に暮らし、加工されていない新鮮な食物を摂ることができた。彼らが視察という名目の観光旅行に来る度に、下層の人々は恨みを募らせていったという。
それから時が経ち、居住区の規模はさらに拡大していった。
広大な土地内に都市や国家が作られるようになり、地下の開発は一旦見送られた。金の動きは都市内に流れ、穀つぶしとなった下層の人々はやがて密かに一箇所に集められ、抹殺されるようになった。人肉が出回っていたという話も見受けられたが、真偽のほどは定かではない。
生き残った人々はさらに地下に逃げ、復讐を誓った。
彼らの計画は難儀を極めたと聞くが、概要は単純なものだった。プルトニウム原子爆弾を地下で爆発させ、居住区もろとも吹き飛ばすというものだ。
計画は何代にも渡って続けられた。
資材等は買収した役人によって運び込まれていたものらしい。
そして、今に至るというわけだ。
この辺りは爆心地から離れていたからまだ骨組みが残っているようだが、付近では塵の一つさえ残らなかったという。
わたしは爆弾の製造及びその総括を執り行っていたが、実行の日にこのシェルターへ入れられた。彼ら曰く、自分たちのしたことを留めておいて欲しかった、とのことだ』
ただ茫然とその場に立ち竦む少年に向き直り、ロボットは言った。
『これが君たち人間の歩んできた歴史だ』