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第二話 地下へ


 少年は薄らと瞼を開けた。

どうやら気を失っていたようだ。見上げれば壁面から突き出したパイプに服の裾が引っ掛かっており、彼は空中にぶらぶらと浮いている状態だった。ひとまず、生きていたことに安堵の息をつき、次に大声で少女の名前を呼んだ。


「おーい、どこにいるんだー」


 暗い闇の底に声がこだまする。

返事は返って来なかった。すぐに猛烈な後悔が押し寄せてきた。


(ぼくの不注意のために、あいつをこんな目に合わせてしまった。あの時手を自分から離していれば、あいつまでは……)


 少年は情けなさと心細さとで涙を流しかけたが、飲み込んだ。今泣いたところで、どうにもならない。まずは、彼女を探して何とかしてここから脱出しなければならない。それは少年の本心であった。


 少年は揺れるパイプに触らないよう気を使いながら、器用にバックパックを手繰り寄せた。

中から蛍光バーを取り出し、取っ手のスイッチをオンにすると、眩いばかりの光が闇の中に広がった。すぐ下に、白く照らされた床面が見渡せた。


(何だ、床があったんじゃないか)


 少年は体をねじってすとんと着地した。

パイプに引っ張られて服が少し破けてしまったが、気にしている余裕はない。少年は蛍光バーを左右に振り、辺りを注意深く見渡してみた。


 強化コンクリートの床はかなり遠くまで続いているようで、大きな柱が何本も天に向かって生えている。また地面は絶えずぐらぐらと揺れている。気のせいか地上にいた時よりも揺れが強くなっているような気がした。


(そうか、これが家の根元なんだ)


 何だか感慨深いような気がしないでもなかった。

一歩歩き出すと、すぐに肌に張り付くようなひんやりした空気が、袖の中にまで入り込んでくる。震えながら、少女を呼んだ。


 やはり返事はない。

少年は、とにかくそこらを歩き回ってみることにした。もしかしたら、少女は途中で自分から手を離して別のところに落下したのかもしれない、そんな希望的観測の元、蛍光バーを手に歩いていく。


 と、目の前を赤黒く発光する()()がずるずると通り過ぎた。

少年はぴたりと足を止め、息を殺した。大人よりも体の大きなそれは少年には気付いていないようで、細長い体から飛び出た幾本もの歩行脚を這わせながら闇に消えていった。


 少年は止めていた息をぷはっと吐き出した。


 とても奇妙なものを目にした。それはわかっているのだが、どうにも現実味のない光景に思えた。あれは動物の一種なのだろうか?ここにしか住んでいないんだろうか?そもそも何なのか?頭の中で渦をまくたくさんの疑問を振り払い、少年はそれが通り過ぎた痕に蛍光バーを向けて歩き出した。

 ついていったところで、どうなるのかはわからない。それでも、歩き続けなければいけない気がしていた。止まってしまえば、この果てしない闇に自分までもが呑み込まれてしまうような、不穏な空気がそこには漂っていたのだ。






 赤黒いそれを追って、もう一時間は経つだろうか。

段々時間の感覚も擦り切れておかしくなっているようだった。空腹、足の痛み、疲労。それに神経に障る揺れで今にも倒れそうな状態ではあったが、彼女を助けるんだという強い意思が少年を支えていた。


 また少年は、歩いている間に色々なものを見た。

上の人たちが誤って落としてしまったと思われる古ぼけた日用品、奇怪な生物、何かの死骸。そういったものが時折道筋に現れる度に、少年はびくりと慄いていたが、ついぞ少女が現れることはなかった。

 

 追ってきたそれの姿がふいに消えたのに気付いたのは、もうたくさんだとその場にへたりこみかけた時だった。

 少年が慌てて蛍光バーをかざすと、それが消えた先にぽっかりと黒い口を開けた穴があった。


(あの中に入っていったのか……)


 穴は直径3mほどの円形で、緩やかなスロープが奥に続いていた。

少年はしばし逡巡したのち、覚悟を決めて内部へと降りていった。蛍光バーを振ると、暗い隧道が見渡せた。


 見れば、小さな虫が傾斜を這っていた。

他にも不透明な軟体や目だけがぎょろりと剥き出しになった二本足の魚など、様々な生き物が底を目指して行進している。

 同時に、段々と揺れの強さが増してきていることにも気づいた。


(やっぱり、この底に何かがあるんだ)


 少年はごくりと唾を飲み、蛍光バーをぎゅっと握りしめた。

彼女がいない今、頼れるのはこの明かりだけだった。蛍光バーは頼りなさ気に点滅しながら、闇を切り開いていく。残燃料が少ないのかもしれない。いずれにせよ急がなければならないことは明白だった。


 いつ果てるともしれない下り坂はやがて平地に変わり、少年と奇妙なパレードも開けた空間に出た。

そこにあったのは、少年が今まで目にしたこともないような物体だった。途方もなく巨大なそれは円柱形をしており、大小様々な鉄骨の台座に支えられながらぶるぶると振動していた。

 赤黒いそれは鉄骨を伝ったのかその円柱に張り付いており、微動だにしていない。見れば円柱には蠢く奇怪な生物たちがひしめきあって張り付いていた。


「何なんだ、これは」


 思わず口に出した少年の声に覆い被さるようにして、どこからかノイズの入り混じった電子音声が響き渡った。


『それは、爆弾だ』


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