8 機械の星
次の星は、空港に着いた時点で少し嫌な気分になった。防護服に身を包んだ二人が船から降りると、まだ新しい予備の靴が焼けた地面に触れてじゅう、と小さく呻いた。
「この星には、一体何があったの」
トーマが不安げに尋ねる。さっきの星に比べれば、空港もあるしほかの建築物もある、文明の気配のする星だ。しかし、その割には人影がない。港で手続きをした相手は、すべて機械だった。
「この星は約350年前に隕石が落ちてきて、以来大気中に有毒ガスが充満してる。ガスが発生した当時は科学者が成分を調べていたけど、結局その正体も対応策もわからないままみんな死んでしまったらしい」
「じゃあ、この星には機械しかいないの?」
「いや、そんなことはないさ。地上の仕事は機械に任せて、人は地下のシェルターに住んでいる」
機械の案内人に教えてもらって、二人は地下シェルターに繋がるエレベーターに乗った。指が六本もある金属の手が、ゆらゆらと揺れて二人を見送った。
その星の地下は、二人の想像していたものと全く違っていた。長い長いエレベーターが連れてきてくれたのは、青空の広がる巨大な都市だった。
「すごいや、これが地下だなんて信じられない」
トーマが興奮気味に言う。
「全くだ。あの空も太陽も全部、人口物なのか」
天まで伸びる集合住宅の群れと、その中心に輝く太陽を眺めてミトも言った。久しぶりに太陽を直視したせいで、目を閉じた瞬間ミトの瞼は緑色の模様のオンパレードだ。
密集する住宅街のせいで薄暗く感じるが、今は昼らしい。賑やかな話し声や子どもの笑い声が聞こえ、道端には花が太陽の方を向いて咲いている。
「こんにちは」
二人の背後で声がした。振り返ると、トーマより少し年下くらいの少女が微笑んでいた。
「お兄さんたち、今エスカレーターに乗って来たんでしょう。よその星から来たのね?旅人?商人や研究者ってンじゃないわよねえ?」
二人を頭の天辺からつま先まで舐めるように見つめながら、二人からの答えを待たずに彼女は言った。
「宿は決まった?」
「…いや」
ミトはゆっくりと答える。少女の言葉には少し発音に訛りがあるが、今のところ言葉は理解できるようだ。
「俺たちは今、この星についたばかりなんだ。くたくたなんで宿を探したいんだが、どこか知らないか?」
「決まってンじゃない、アジサ星で一番の宿って言ったら、ポルおばさんのとこよ!案内してあげるから着いてきて!」
彼女は威勢よくそう言うと、二人の前に立ってずんずん歩き出した。ポルおばさんてね、あたしの親戚なの。とっても料理がうまいのよ。時々振り返りながら、自慢げにポルおばさんの宿について語ってくる。
「あ、これ、一応持っていて。税関で年齢を申告したンでしょ?これ渡さないと私たち休業処分にされちゃうの」
少女からトーマへ渡されたのは、小さなブレスレットのような時計だった。
「この星の法律でね、未成年者を預かるときはこのGPSを持たせるってのが、宿屋に義務づけられてるの。初めて来た旅行者には絶対、二度目以降は任意。大丈夫よ居場所が星中に筒抜けになったりしないわ。この反応を知ることができるのはその宿のオーナーだけよ。一応この星の成人は15歳。だからこっちのお兄さんだけね」
そこまで聞いて、ミトは吹き出した。確かに空港で税関にそんなようなことを言われた気がする。でも、そんなのただの注意事項だと思っていた。だって俺たちの中に、15歳未満なんていないのだ。
「あ、あの、僕とっくに15歳は超えてる、よ?」
トーマは結構落ち込んだようだ。今いくつなのかは言わなかった。
「えー、嘘よ!エイデンって年の数え方が違うの?」
少女は笑った。
強引な営業と強引なGPSの押しつけに少々面喰いながら、二人はそれでも宿が早々に見つかったことに胸を撫で降ろした。トーマは空腹で足取りがふわふわしているし、ミトは瞼の裏の模様がなかなか消えなくてしきりに目を擦っている。
ここまでろくに眠ってもいないし、食事も非常用の固いパンと水だけだ。早くポルおばさんとやらのシチューにありつきたい。今この星では何時頃なのか良くわからないが、夕食にはまだ早いだろうか。
「何言ってンのよ、普通の家庭じゃもう夕食は食べ始めてるわよ。時差ボケしちゃったの?」
テンネと名乗る少女は、トーマのしたこの質問に思いきり顔をしかめた。
「え、だって外はまだこんなに…」
明るかったはずなのに。さっきまで青空のど真ん中で輝いていた太陽は姿を消し、代わりに星々と街灯、家の窓から溢れる光が夜道を照らしていた。
「あれ…?」
二人が不思議そうにしていると、テンネは言った。
「あー、最初にこの星に来た人って、だいたいそんなリアクションするわね」
この星は、昼と夜の入れ替わりが激しいの。時間が来たら一瞬で変わるわ。よその星の人にとっては、珍しいのかしら。テンネはふいと空を見上げ、すぐに視線を落として
「ここがお宿よ。もう夕食の準備もできてると思うわ。二人分くらい飛び入りでもなんとかなるから、心配しないで」
と言って目の前の建物の扉を開けた。
「じゃあ、昼と夜の間の時間はないの。朝と夕方は」
トーマがそう尋ねると、テンネは二人の脱いだ防護服を鍵付クローゼットにしまいながら、不思議そうに聞いた。
「あさとゆうがた?何それ、どうして太陽が出てくるのと引っ込むのとに、間の時間が必要なの?」
夕方が好きなミトは、二人のやり取りを一歩引いて眺めていた。奥から、シチューのいい匂いがしてくる。