表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/14

6 遭遇

 ミトの意見にいまいち納得しきれないトーマは、ふてくされたようにミトに尋ねる。


「この星を見て、それでどうするの?」


 ミトは昔から、自分も駄々をこねないし他の子どものそれにも無関心だった。トーマの少々のすね坊など、気にも留めない。


「まず、この星の生物の進化を見る。この星が約11億年前に生まれたことはわかっているから、そこから逆算して、惑星が11億年でどれほどの生物を育むことができるかを試算するんだ。俺たちの星には、星が何年前に生まれたという記録は残っていてもそれを検証させる研究機関がない。国が金をかけるのはアンドロイドや無人宇宙開発の研究についてだけだ」


「…つまり、母星エイデンが約70億年前に誕生したっていう歴史も事実じゃないかもしれない、って?」


「そういうことだ。何が理由かはわからないが、誰も調べることができない以上、疑ってかかるべきだ」


「そんな、70億年前のことから、僕たちに隠してるかもしれないんだ?」


「そうかもしれない。そして、俺たちの住む星の偉い連中が隠したがっている何かの手掛かりが、この星にきっと隠されている。だから、この星の調査もしたがらないんだ。それはきっと、今のこの星に俺たちの星の知られざる原始の姿が…待て、誰か来る」


 そういって行く手を制したミトの視線の先に、黒い影が動いている。


「…人なの」


 トーマが不安そうに尋ねる。


「さあ、俺たちが見慣れた形の『ヒト』でないことは確かだな」


 その影はゆっくりこちらに向かってくる。ミトの視界から光の残像は消えて、体中のエネルギーが視線に注ぎ込まれているように鮮明になった。足は動かない。その影は、歩いているにしては上下の動きが少ない。まるで地面を滑っているようだ。二人がいることに気づいてはいないらしく、反応はない。


「…っひゃ」


 思わず開いたトーマの口を、慌ててミトが塞いだ。その異様な姿に、ミト自身の口も同時に塞がないと息が漏れてしまうそうだ。


 その『ヒト』に目はなく手足もなく、全身を深緑色の苔に覆われていた。足もとは粘液で濡れていて、その粘液からは生物の体や辺りの岩を覆っているのと同じ苔が生え始めていた。この星を覆うこの苔は、生き物の通らない場所に生えているのではない。こいつの通った場所に生えているのだ。


 二人は息を潜めて、その生物を見つめていた。見たところ目はないが、耳があるか鼻があるか、はたまた二人の想像を絶するような感覚が存在するのか、わからなかった。生物は徐々に近づいてくる。二人の5メートル程先を、その生物はゆっくりと滑っていく。近くで見ると思いのほか大きく、全長は2メートル前後ありそうだ。


 二人は足が震えるほど恐ろしかったし、すぐにでも逃げ出したかったが、自分が行動を起こすことで相手がどんなリアクションをするかわからないため動けずにいた。あと4メートル。ゆっくりした生物の動き。今走り出せば逃げおおせるだろうか。でもこの速度がこの生物の最高の移動速度だとは思えない。あと3メートル。追いかけられてもしも逃げきれなかったら。


 さっきまでのまどろみのような退屈さは消え、敏感になった皮膚感覚に霧雨が刺すようだ。直線距離が一番近く、つまりその生物が二人の真横に並んだ時、生物の天辺の苔がぴくぴく、と揺れた。その距離、僅かに2メートル。


 やばい、気づかれた。そう思った瞬間、その生物はずるりと向きを変え、二人の方を見た。その顔にはやはり目は確認できなかったが、体の真ん中からやや上あたりにぽっかり空いた穴が見えた。その穴は深く暗く、穴にかかっている長く伸びた苔が呼吸のたびになびいて出たり入ったりしている。口のようだ。


 二人は息を止めて様子を伺った。真っ黒い穴に、規則的に霧雨が吸い込まれては吐き出されていく。口元の苔に溜まった水滴が、ぽとり、と地面に落下してしみ込んだ。その生物はしばらくすると向きを変え、行ってしまった。


「…行っちゃったね、こっちに気づかなかったのかな」


「わからない。でも…後をついて行ってみよう」


 え――、と小声でトーマが不満を漏らす。彼は本当にこの星を早く去りたくて仕方がないらしい。ミトだって恐ろしかったが、少なくとも向こうはミトたちのことを恐れてないようだ。しかし、さして興味もないようだ。普通、交流のない生物に初めて出会ったときは、安全かどうかを確かめるためにまずは興味を持つはずだ。


 ミトはポケットの中からガラスの小瓶を取り出し、苔を一欠けら放り込んで蓋をした。それをまたポケットに戻すと、あの生物の後を追い始めた。


 あの生物は、二人は危害を加えない存在だと思っているのか。それとも結局気が付かなかったのか。それとも、二人が危害を加える存在であろうとも、もはや自分にとっては関係のないものなのか。


 生物の後を追うにつれ、足元の環境は悪化した。地面を覆う苔がどんどん増え、今や岩が露出している部分の方が少ない。厚みを増した苔は二人の足を滑らせ、何度も転ばせようとした。霧雨は二人を包むように厚みを帯びて、さっきより濃くなっているようだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ