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5 名もない雨の星

「やあ随分と、静謐な、というか、閑散とした星だね。こんなところに、僕たちの星の秘密があるの」

「寂しくて小さな星だ。N17星第四惑星、名前はない。資源がないから他星との貿易もほとんどない。でも、だから俺たちの星の、最初の旅人がやってくる前の時代の姿が見える。この星の奴らに、こっちのことを気づかれないようにしないとな」


 ミトはリュックサックを背負った。モニターの空気解析反応を見る限り、防護マスクは必要なさそうだ。


「この星にも、生物がいるの」


 トーマは少々驚いたようだ。一面にもやがかかったように白く霞んだ肌寒いこの星には、確かに生き物の気配はない。


「N17星の惑星の中では、唯一生物の存在が確認されている。空気もあるし温度もある」


 ミトは答えながら、ゆっくりと地面に足を下ろした。土はほとんどなく、むき出しの岩と深緑色の苔が覆う固い地面だ。


「ねえ、まさか君の言う生物って、この苔のことじゃないだろうね」

 靴の裏に糸を引きながらくっつく苔を一瞥して、トーマは尋ねる。


「俺の見たこの星に関する唯一の資料には、ここで確認されている生物は少なくとも二足歩行が可能だそうだよ。行くぞ、まずは立っている生き物を探すんだ」


 トーマは自分も地面に降り立ち大きく伸びをしながら、了解、と答えた。


「んーー、しばらくぶりの外の空気だっていうのに、湿っぽくて嫌な感じだな、風もないし」

「俺たちの星とは環境が違うからな、風も青空もない代わりに、嵐や雷だってないさ。



ミトとトーマは歩き出した。霧のような雨のような天気の星は、昼なお薄暗い。ごつごつした道は歩きづらく、視界の悪さや苔のぬるつきによって二人は何度も滑って転びそうになった。しかしそのぬるぬるした苔は、恐らく頻繁に踏まれる場所には生えないはずだ。二人は、苔の生えていない、つまり何者かがよく通っていると思われる道を探りながら進んだ。


「この星は」

 ミトは話しはじめた。


「俺たちの星でも、公式な歴史を持っていないんだ。ここは何の特徴も資源もなく地味な星だから調査の必要なし、というのが国の公式発表だけど、それもどうかな」

「どういう意味?」

「俺たちの星は、事実上歴史を学ぶのを禁じている。いや、規則化しているわけではないがな。歴史の資料を新たに作ることにも調査・研究にも援助をしない。発表の機会も書籍の販売もなし。ちなみに他星の研究もだ。研究をした者に罰則が科せられたという話こそ耳にしないが、おかしいだろう。ミルキーの名付け親がやって来たっていう歴史だって、どいつの作ったどの資料をもとに発表しているのか、俺たちは知ることもできない。母星エイデン、俺たちの星がいつからそう呼ばれているのかすら調査させないなんて、絶対何か意図があるんだよ」

「それで、星外調査隊も素通りするようなこの星に、その秘密があるって?」


 トーマが尋ねる。その顔に滲んだ表情は明らかに不機嫌で、そんな秘密が本当にあるのかと訝しむ気持ちか、湿った地面で滑って危うく尻餅をつきそうになったことへの不満か、いずれにせよ、彼はこの星の静けさや肌寒さをどうも好きになれないようだ。


「ねえミト、僕噂で聞いたんだけどさ、有人の星外探索が最近は下火になったのは、やっぱり危険と隣り合わせな上に成果が上がらないっていうのが理由らしいよ。母星と交流のある星ならともかく、こっちが行かなければ交流できない星なんて言うのは、つまり星間移動する科学力も持ってないわけで、そんな星を探索しても、宇宙船の乗組員の旅費の元だって取れやしないんだって」


 変化のない風景の中をひたすら歩きながら、トーマは言った。


「母星の周辺には、生物の確認されている星がほかにもあるんだろう?母星が隠している歴史が、母星と交流のある星に残っている可能性があるなら、僕たちはやっぱりそっちの調査を優先すべきだと思うんだよね」

「もちろん行くぞ。次に行くアジサ星は400年前から母星と貿易の記録がある。それは母星の歴史の記録だから、それ以上前から交流があった可能性だって否めない。もしかしたら、母星が隠している真実の歴史にも、少し触れられるかもしれない。アジサ星はアンドロイド研究のメッカだから、楽しみだな」

「僕が言いたいのはそんなことじゃないよミト。エイデンがアジサ星と交流を持っているのは知ってる。アンドロイド研究はどっちの星も盛んだし、エイデンはこの夏には『感情を持つアンドロイド』の研究成果を公にするなんて噂までたってる。でもね、そんな噂のたつほどの科学水準にあるエイデンのことを知るために、どうしてこんな名もない星を調査する必要があるのさ。君が欲しがっている『僕たちの星の隠した歴史』なんてのが、最初から交流記録もないこんな星に残されているとは思えないけど」


 トーマは引かない。この星に長居をする気にはどうしてもなれないみたいだ。ミトの視界の端に、またちかちかと光の残像が見え始める。イラついているわけじゃなく、初めての星外旅行に緊張して気持ちが高ぶっているのだ。


「感情をもつアンドロイドなんて、毎年騒がれてるだろ。体が成長するペットロボットがこのクリスマスには出回る、なんていう噂も毎年出るな。でも、所詮は噂だよ。エイデンはセキュリティが厳しいし、そもそも歴史の情報そのものを破棄している可能性もある。探りに入って見つかったら、俺たち孤児なんて出生記録ごと消されちまうよ。だったら、俺たちの星と似た環境でまだ科学の発達していない星を実際に見たほうが早いんじゃないかと思ってね」


 幸い、ミトたちの星エイデンは『母星』と呼ばれている。様々な星の航海の中心地で、エイデン自身も高い科学力と技術力を持ち、周囲の星に影響を与えている。それゆえの『母星エイデン』だ。情報管理にはやたらと厳しいが、エイデンからの出入りに関しては孤児でも脱出できるほどザルらしい。



 内部で探るより外から眺めてみたほうが、きっと多くの情報が得られるし、何より楽しい。ミトもトーマも、頭脳は天才でも中身は十代の少年だった。素敵な星もそうでない星も回っていくつもりだが、やっぱり素敵な星の方がいい。


 トーマは、ため息をついた。吐く息より吸う空気の方が湿気ている星なんて、ちっとも素敵じゃないや。

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