4 出発
晴天、風なし、見通し良し。流れ星も落ち着いた。大きく開いた倉庫のドアから夜空を眺め、ミトが言う。その声にかぶせるようにして、トーマが呼びかける。
「ねえ、そろそろいいんじゃない、出発しても」
コクピットが前方、指令室が後方、荷物入れのトランクが一番後ろ。出来立ての船はもう今にも飛び出したくて仕方がないみたいにトーマには見える。
「まだだ、レーダーのチェックが済んでいない。こいつに何か引っかかったら今日の出発は中止だ」
「えー、せっかくこんなにいい天気なのに。ほら、早くしないと夜が明けちゃうよ」
「うるさいな、静かにしてろよ。…よし、いいぞ、半径200キロ圏内異常なし。エンジン点火!」
「了解!」
ばあん!、という爆発のような音の後、地鳴りのようなエンジン音が響き渡る。
「ちょっとミト、この音何とかならなかったの。これじゃミトの指示が聞こえないよ」
驚いたトーマは叫ぶ。
「燃料がちょっと良くないんだ、そこまで資金が回らなかった。飛行には問題ないさ。船内無線を使おう。コクピットの中にマイクとヘッドフォンがあるぞ」
ミトは指令室の中の無線機を準備して、コクピットと繋いだ。すぐさまトーマの声がする。
「あーあー、ハローハロー、本日は晴天なり。こちらトーマ。マイクの調子はどう、ミト。そっちに声は聞こえますか、どうぞ」
「こちらミト。下らない真似をするんじゃない。声は聞こえている。感度良好、以上」
「もう、無粋だなあ、せっかくこの無線の初舞台だってのに、もっと華々しくできないの」
「別に無線だけじゃないぞ、今日はすべてにおいてハレの日だ。俺たちにとっての、な」
トーマは少し驚いて、モニターの中のミトを見る。なんとまあ、あのミトも少しは浮かれているらしい。ハレの日、だってさ。それはどこの星の言い回しだっけ。
「ふふふ、そうだねミト、さて僕はこれから何をしたらいいの?」
「目の前のハンドルを握って、足元の右のペダルを踏め。そうすれば前に進む。左のペダルを踏むと止まるし、ハンドルを動かせば方向を変えられるぞ。少し周りの野原で慣らすか」
「必要ないよ。もう他に操作に必要なことはない?」
「そうだな、操縦席の左のレバーを引くと緊急脱出用のパラシュートが出てくる。それだけ覚えておけ、あとの操縦は体で覚えろ。一緒に作った船だ、大体わかるだろ。気圧や温度、空気の調整はこっちでする」
「了解。では出発だね。準備はいいかい」
「万端だ、待ちくたびれたよ」
モニター越しに二人は笑いあう。ペダルを踏むと、船はゆっくり動き出した。
いよいよ、始まる。高揚した気分を引き締めようと、トーマはぐっと背筋を伸ばして脇を締め、ハンドルを胸に引き寄せる。
「ねえミト、そういえばこの船って、どうやって…」
とぶの?
肝心の一言を言い終わらないうちに、機体は上昇し始めた。
「ああ、言い忘れていたが、そのハンドルは手前に引っ張ると飛ぶぞ」
「はは、もう遅いよ!」
トーマが笑った瞬間、後方からバキバキと大きな音がした。
「ちょっと尻が倉庫の屋根にぶつかったみたいだ。まあ、問題ないだろう。そんな《《やわ》》な造りじゃない」
思いのほか冷静な声で、ミトが解説する。
「随分な言いようじゃないか、自分の作った船が可愛くないのかい?」
「ほとんどはどこかの星の先人の仕事だ。俺たちは少し、お前に操作しやすいように手を加えただけさ」
「そうか、そうだったね。それじゃあ遠慮なく行くよ。操縦は任せて、ナビゲーターよろしく」
「ああ、まずは1時の方向へ上昇しつつ160キロ、成層圏を出たら、N17星の方向へ直進。そんなにかからないはずだ」
「目的地はN17星に近いの」
「あの星は燃えているからな、そんなに近くへはいけないさ。星を中心に回っている、真ん中から四番目の惑星だ。とりあえずN17星を目指して進もう」
「了解。警備軍隊に鉢合わせたらどうする」
「表面にステルス加工がしてある。それに軍とはいえお役人だ。戦争中でもないのにそんな仕事熱心に敵探しをしていないよ。まず見つからないさ」
ミトは山の端が白く染まり始めた空を見上げた。晴天、風なし、見通し良し。二人の出発を祝うように飛び交っていた流れ星も、もうすっかり落ち着いた。今はきっと、とても平和な空なのだ。
「なんだ、すごい銃とか搭載してると思ったのにな」
「孤児二人が仮にも国家直轄の軍隊にかなうわけないだろ、もういいから前を見ろ。あとちょっとで成層圏突入だ」
二人の少年を乗せた白い翼は、濃紺の夜空を切り裂いて轟音とともに銀河を飛んでいく。旅が始まった。計画は、まったく完璧だった。