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3 星外探索船

「わああ、すごいや。しっかり残ってるじゃないか」


 倉庫の扉を開けたトーマが歓声を上げた。


「当たり前だろ、倉庫の鍵は俺たちしか持っていないんだ。誰も入れないし、何も盗まれてはいないさ」


 ミトは船の周りをぐるりとを見回して、これなら今夜にでも飛べそうだな、と呟いた。


「それじゃあ、じゃあこの後はミトに任せるよ、僕は役に立ちそうもないからね」


 船の周りをひとしきりぐるぐる回って満足したトーマは、寝室に引き上げようとしている。


「ああ、二階に部屋がまだ残っているはずだから、掃除してから夜まで寝ておけ。夜中飛ぶことになるんだから」



 トーマが行ってしまうと、ミトは倉庫の真ん中に鎮座するそいつに改めて目をやる。


「久しぶりだなあ」


 ミトとトーマが3年余りかけて作り上げた有人飛行探索船。元々はどこかの星からやってきて乗り捨てられたものらしい。この船の乗組員の子孫は今も、この星のどこかに住んでいるのだろうか。

 ここからは俺の出番。そう言わんばかりに腕を捲って、ミトは工具を取り出し持ってきたコンピュータを起動する。このコンピュータは前の前の孤児院の事務室にあった廃棄箱から失敬してきたものだが、ちょっといじってやったらなかなかよく動く。ミトの相棒だ。


 あと、ほんの少し。でも慎重にぬかりなく。今夜にはもう、こいつは飛び立たなければならないのだから。



 トーマにあるのが風を読み体の感覚を支配する能力ならば、ミトにあるのは機械と対話し、地形からその場所の気候を読み、星の位置から方角を読む能力だ。トーマはパイロットとして、ミトは航空技師としてこの船に乗り込む。

 ミトが構造を解析し二人で作ってきたこの船は、小型で小回りが利き、密航にはもってこいの代物になった。


 宇宙船の最終調整が終わったのは、日が落ちかけた頃だった。ミトは大きく伸びをし、目の前の完成品と向き合う。


「へえ、何だか鳥みたいだね」


 いつの間にか起き出してきたトーマが、2階へ続く階段から見下ろして言った。


「外観はここを出ていく前とほとんど変わっていないぞ。」

「そうなの。でもなんか、2年前に見た時よりももっと飛べそうな気がするよ。」


 トーマは目を細めて、目の前の宇宙船よりももっと遥か遠くを見つめているような顔をする。


「…あとはお前に任せる、コクピットの乗り心地を確かめてくれ。鍵はこれ。予定より調整に時間がかかっちまったが、俺は少し休む」


 ミトはトーマに向かって、銀色に光る小さな鍵をぽーんと放った。目の前にはもうすでにちかちかした光の粒が踊り始めている。早く休まなければ。ミトは毛布を引っ張ってきて、部屋の隅に移動する。


「さんきゅ。おやすみミト。出発はまた日の出前かな」

 鍵を受け取りトーマが聞く。


「いや、もっと早く。日の出の2時間前には出よう。今日は流れ星がざわついているから、様子を見ながら慎重に出発する」


 ミトは目を擦りながらそういうと、部屋の隅の簡易式のベッドにダイブした。ぼふん、と埃がたち、照明の灯りに反射してスポットライトのようにキラキラ輝く。 階段を下りてきたトーマは、ミトに聞こえる必要なんかないみたいに小さくつぶやいた。


「そんなところで寝て、具合が悪くなるよ」

「ほっとけ、大丈夫だよ。俺はお前みたいに病弱じゃないし、それに…」


 それに。続きを言い終わる前にミトは眠ってしまったようだが、トーマにはその続きは聞かなくても分かった。


『それに、俺たちが一昨日までいた孤児院よりずっとましだろう』




 体の弱いトーマのことを、ミトは誰よりも気にかけていた。まるで、本当の兄みたいに。


 でも、と、トーマは思う。孤児院では誰もが、トーマはミトに頼りきりだと思っていただろう。それはきっと、ミトも例外ではない。しかし実際には、ミトの方がトーマに依存していた。

 孤児院の劣悪な環境は貧乏のせいなのに、ミトは孤児院が病弱なトーマを殺そうとしているのだと思っていた。埃や細菌が繊細なトーマの身体を蝕み、ゆっくりと殺していく為にトーマをここに閉じ込めているのだと思い込んでいたのだ。そして、それは『トーマを殺す』という脅しによって孤児院がミト自身を繋ぎ止めておこうとしている、ということだと。

 そう思っていたから、ミトはいつも隙なくトーマの隣にいたし、孤児院の人間すべてに警戒していた。


 一昨日まで二人のいた孤児院は、公営の貧しいものだった。しかしその貧しさゆえに比較的放任主義で、15歳を超えた二人は自由に仕事を探し、給金のうちいくらかを施設に入れてあとは貯金していた。元孤児の犯罪率が高かった8年前から、18歳未満の少年は施設での生活が法律で義務づけられているため、二人だけで施設の外で生活することはできなかった。


 だから二人は待った。働いて貯めた金と孤児院の廃棄機械類をミトが直して売って得た金を資金源に、こつこつと必要なものを買い揃えつつ二人は待っていた。

 そしてついに昨日、あの田舎駅に半年ぶりのミルキーがやってきたのだ。



 ミトとトーマは、孤児院の子どもの中でもずば抜けて天才だった。こういう子どもは大体が、何処かの偉い人間が作ったはいいものの公にできずに棄てた子だ。孤児院を出たあと町の工場か何処かで働いて一生つつましく暮らすなら良し、そうでないなら、例えば成長して施設からの脱走を試み、どこかで自分の出生の秘密を知ってしまったら、その子はきっと殺される。

 ミトは、自分が死ぬことよりトーマが死ぬことの方を恐れているようだった。天涯孤独の身に突然降ってきた、天使のような弟を。


「だからきっと、大丈夫」


 トーマは小さな声で呟く。


「ミトが、万に一つも僕を殺す可能性があるような機械を作るはずがないからね」


 その声は、今度こそミトには聞こえなかったようだ。広い倉庫の中に、疲れ切ったミトの寝息が響く。

 彼の寝顔を照らす照明を落とすと、いつの間にか日はすっかり沈みきっていて、僅かな星明りが部屋に忍び込んできた。静かで、蒼くて、まるで海の底にいるような、そんな夜だった。

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