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2 密航計画

「起きてミト、出発だよ」 


 寝つきも目覚めもいいトーマは、元気よく、しかし声を押さえてミトを起こした。


「…う、ん。今、何時だ」


 目を擦りながらミトは尋ねる。不思議な模様はうっすらミトの視界を包んで、やがて消えていった。


「4時55分。日の出のざっと半刻前だね」


 上着に袖を通しながら、トーマはわくわくした様子で答える。きっと昨晩もよく眠れたのだろう。顔色もだいぶ良い。ミトはひとまず安心した。


「ミトも上着を着て。外は寒いよ」


 窓の外は、まだ真っ暗だ。でももうじき、地平線の端から白く染まっていくだろう。ミトも手早く身支度をして、荷物をまとめる。



「よし、準備はいいか」


「万端だよ、待ちくたびれちゃった」


 二人はゆっくりとドアを開けると、客室から抜け出した。ベッドも椅子も、使ったものはすべて元通りにして、だ。もちろん『起こさないでくれ』の札は取り外して内側のドアノブに掛け直した。


「この次にこの部屋を使う人、どんな人かな」


 トーマが面白そうにミトに囁く。


「さあな、でも神経質で敏感な奴だと気の毒だ。」


「失礼な、クリーニングができなかっただけで、シーツもピローカバーも取り換えた。後は完璧に直したよ。それに僕らはそんなに汚くないよ、前みたいにね」


 笑いをかみ殺しながら、二人は展望デッキに向かった。走行中は基本的に施錠されているのだが、鍵開けはミトが得意だ。細い針金を器用に回して扉を開けると、冷えた空気がひゅ、と頬を切った。


「いい風だね、風向きはちょっとずれてるけど」


「ちょっとって、どっちにどれくらいずれているんだ。俺はお前ほどそういうのに詳しくない」


 手すりに掴まりながらミトは訊ねる。夜間は多少速度が落ちているとはいえ、さすがに走行中は抵抗が強い。


「やだなあミト、詳しくないんじゃなくて鈍感なだけだろ、君は。ここから見て1時の方向。降りてから2秒弱くらいに調節すれば大丈夫さ」


 見下ろすと、地面までは200メートル以上ありそうだ。今、列車は線路橋の上を走っているため、余計に高さが出る。しかしこの高さが重要なのだ。橋を渡りきるまであと約45秒、焦る必要もないが余裕もない。


「さて、うまくいくかな」


 言葉とは裏腹に、期待に満ちた声色でトーマが言う。


「いくさ。ほら見えてきた、あそこだ」


 ミトの指差す先には、大きな白い倉庫が見えている。


「ここまで、誰にも見られてないよね。部屋も元通りにしてあるし」


「大丈夫だ。それよりそろそろ行くぞ、夜が明けて朝食の時間になったら、食堂に人が出てくるからな、その前に」


 ミトはゴーグルを目にはめて、荷物を背負い直す。客がみんな食堂で朝食を食べている間に、掃除婦が各部屋を巡って片づけをする。二人が使っていた荷物のない空っぽの部屋を見て一瞬は違和感を覚えるかもしれないが、やとわれの掃除婦はそんなこと気にしやしないだろう。きっと自分の勘違いで、この部屋には元々お客は入っていなかったのだと思い込む。そして次の停車駅からは、本当にあの部屋を使う人が乗ってくるのだ。



 計画は完璧だった。2泊3日で星を横断するこの列車の2人部屋に、2日目からの乗車を予約している人を探し、その部屋を突き止め、最初の1泊分だけ潜りこむ。


 客の予約情報と部屋を突き止めてくれたのは駅で下働きをしている友人のレイだったのだが、ミトとトーマは孤児院からのお使いやくず鉄拾いの合間を見つけては駅の下見をし、計画を練り上げてきた。普段は利用者数の少ないあの田舎の駅は、半年に1回ミルキーが発着する日だけ通常の何倍も混む。混雑に慣れていない駅員を出し抜いて汽車に潜り込むのには、レイの手助けとかっぱらいをしていたころの経験が役に立った。


 乗車人数や切符代の計算が合わなかったとしても、それが発覚するのは超高速で走るミルキーが空港についてから。その頃二人は遥か彼方。鉄道のお偉いさん方が慌てて無賃乗車の犯人を探しても、とうに見つかるはずもないところにいるはずだ。


「いくよ」


 トーマが囁く。


「ああ」


 ミトはリュックサックの持ち手を握りしめる。


「ビビっているのかい、ミト。大丈夫だよ、僕の後について来さえすれば」


 唇の片方をくっと上げて笑って見せてから一瞬、トーマの姿は消えた。


「…ちっ」


 悔しげに舌打ちをしてから、ミトも後に続いた。デッキから飛び降りた二人は、弾丸のように宵闇を裂いて落ちていく。


ばっ


 先にトーマ、続いてミトがパラシュートを広げた。明け方近くの低い気流に乗って、傘の角度を調節しながら二人はあの倉庫を目指す。


 トーマは巧みにパラシュートを操り、軽々と飛んでいく。対してミトの操縦は少しぎこちない。それでも何とかトーマの後について着陸すると、草に足を取られて少しよろけた。すぐに体制を立て直してパラシュートを畳み、リュックサックにしまい直す。


 広い草原の中にぽつんと建つこの倉庫こそ、二人の秘密基地なのだ。


「ああよかった、ミト。僕の身体はなかなか満足に動いてくれたよ」


 トーマは大きく伸びをした。体調は良さそうだ。


「そうか、でもこれからが本番だぞ、お前の身体に順調に動いてもらわないと、俺が困るからな」


「わかってるよ、兄さん」



 二人は、徐々に白んできた世界から隠れるように倉庫に入った。計画は完璧だ。

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