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双藍之次第  作者: 采火
7/11

宴─打合─

京へと殿より先に向かったお蘭の仕事は一つだけではなかった。


一つ。京へと上がる殿のために宿を整えておくこと。

これは殿と親交の深い本能寺に定めた。他にも幾つか宿所を取れた。寺の者に言いつけて幾つもの部屋を頼み、また世話役として女を数人雇わせた。雇わせた女の中にはもちろんお蘭も入っているし、宗二も一緒だ。変装技術を駆使して自分で依頼して、自分でも受けたのだが、どうやら完璧だったようだ。満足。


二つ。情報操作をすること。

光秀が兵を集いやすいように、京へと上がる道中にあちこちで噂を流してきた。緊張の高まる各地の合戦場にも情報が出回るだろう。


だから三つ目がいる。各地の斥候を見つけ次第口を封ずること。

別に知られたところでどうかなる訳でもないけれど、万が一を考えてのこと。敵方にこちらの情報が筒抜けになるのは面白くないが、この三つ目には限度があるので可能な限りとなってしまう。もう既にお蘭自身が伊賀者を手にかけている。どこぞの斥候かは分からなかったけれど、警戒することに越したことはなかった。斥候がいつ刺客に成り代わるか分からないのだから。


この三つの仕事をこなして、今はちょうど部下からの報告を受けているところ。

水無月の一日の昼下がり、閑散とした茶屋の軒先でお蘭はお茶をすすった。

その目の前には二人の部下がいる。背の高い長矢戸(ながやど)という男と、薬良(やくら)という少年。

薬良は基本的に無口なので報告も手短だった。全ては順調。光秀は着々と兵を募っている。

それで今は長矢戸の報告を聞いている。長矢戸は生真面目なその性格通りに、生真面目な報告を持ってきた。


「光峰から殿が城を出たとの知らせが来ました。(かしら)への言伝ても預かってます」

「言伝て?」

「はい。曰く、殿がついて早々に労いのためにも茶会を開きたいと仰ったようです。武将どもも集めておけ、とのことです」

「……どれ程で着くの」

「明日には」


お蘭は頭を抱えた。あの殿、どうしてもっと早く言わない。

頭を抱えたまま、お蘭は薬良に指示を飛ばす。


「薬良、今すぐ伝令。既に京入りしてる武将達にこの事を報せて頂戴」

「承知」


薬良は湯呑みを仰ぐと、ちゃりんと銭を落として、茶屋を出る。

長矢戸はそれを見送りつつ、頭を抱えたままのお蘭に追い撃ちをかける。


「頭、申し訳ないのですがもう一つ言伝てがありまして……」

「今度は何よぉ」

「殿が頭にも茶会の出席を求めております」

「は?」


お蘭は長矢戸を振り向いた。何それ。なんで私が茶会に出るのよ。浮くじゃないの。


「ご辞退させていただきます」

「いや、一応殿の命令らしく……光峰は『とうとう忍ぶ意味がなくなってやんの頭』と腹を抱えて笑っていたので成敗しておきましたが」

「長矢戸、褒美にここの団子代私が出してあげる」


真面目な顔をしてお蘭が拒否すると、長矢戸はついでとばかりに光峰とのやり取りを言い付ける。ありがとうございます、と団子代のお礼を生真面目に返した。

それで、とお蘭が続ける。これは確認だ。光峰からの言伝ての。


「その茶会への出席は、誰かの変装とかをするわけじゃなくて"忍びとしての私"に出席してもらいたいってことでいいのかしら?」

「ご明察の通りです」


光峰が言うには忍ぶ意味が無くなるということ。つまり、お蘭という忍びの存在を明かしたままの出席になるだろう。

それは駄目だ。表舞台に立っては今までのような身動きはとれなくなってしまう。

お蘭が湯呑みに顔を映した。この顔を大勢の前に晒して、殿は何を得る?

苦慮した結果辿り着いた結論に、お蘭は眼が据わった。回りくどい。


「長矢戸、殿に伝令。茶会のような静かな場で顔を見せるのは拒否しますと伝えて。それ以外だったら当日は殿の側に侍っているので一声かけてくれれば名乗り出るとも」

「承知」


お蘭の考えがうまく当たれば、茶会が終わった後に、殿の望むような機会が生まれるはずだ。茶会のような閉鎖空間で顔を晒すような真似だけは断固阻止。


「私はひとまず、明日のための人をもう少し集めて……それから道具も揃えなくちゃね」

「何をお考えで?」

「茶会の後の流れを汲めば、私の出番は必然でしょう? 宗二にも指示を出さなくてはいけないわね」


茶目っ気たっぷりに長矢戸に笑いかければ、頭の固い彼は一瞬どういうことだと眉ねを寄せたが、どうってことなかった。


「……宴ですか」

「正解」


ピシッと食べ終わった串を長矢戸に向ける。長矢戸は危ないですよ、と串を取り上げた。


「いつもの流れからすれば、なし崩し的に酒盛りが始まるでしょうよ」

「全く……作法ありきの茶会からの落差がひどいです、ね」


すこんっ。

どたっ。

長矢戸がその切れ長の目を余計に細めて、座を立ち、串が刺さった壁の向こう側へと回り込む。

そのうちにお蘭がちゃりんと小銭を落とした。


「おばちゃーん、お団子とお茶ご馳走さまでしたー」


声を張り上げるが返答はない。ここの店主はちと耳が遠かった。

そそくさと団子の串を抜いて皿の上に。

長矢戸を追って壁の裏へいけば、片目から血を流した男が長矢戸にす巻きにされていた。あら、お見事。

お蘭は長矢戸に近づくと、男を覗き込む。


「伊賀?」

「そのようです」

「またか……いいわ、長矢戸。そいつは薬良に任せて殿への言伝てを優先させなさい」

「承知」


よいしょっと長矢戸がす巻きにされた伊賀者を肩に担ぐと、人通りのない道に消えていく。変わってお蘭は人通りの多い道へ。鋭い視線がばしばし体を突き抜ける。一、二、三……三つか。

適当に歩いてから、人通りの全くない路地へ……さらに歩いて鬱蒼としたあばら家まで。そこまで歩いてお蘭は後ろへ振り返る。

いつの間にか三人の男がそこにはいて。

実力を測れない三羽烏どもに、お蘭は微笑んでやった。




───二日後、件のあばら家にて、三つの首無し死体が見つかることになる。



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