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双藍之次第  作者: 采火
6/11

縁 ─らん─

成利を交えて、お蘭がこれからの行動について軒先で光峰に細かく指示を出していると、殿の小姓の一人がちょうど目の前を通りかけた。三人は話すことに夢中で気づいていなかったけれど、成利が名を呼ばれたことでやっと気づいた。


「あ、乱丸ー! お前ここにいたんか!」

「あれ、亀?」


乱丸とは成利の幼名。小姓仲間同士では幼名で呼び合う習慣があったから、成利は幼名で呼ばれても気にしない。因みに長隆は坊丸、長氏は力丸が幼名である。長氏に関してはまだまだ幼さを残すゆえ、光峰のように幼名で呼び続ける者も少なからずいた。本当は宜しくないのだが。

乱丸と呼んだ声の主、成利程にしてはないにしろ、そこそこに顔立ちが整っている。名を久々(くくり)(かめ)という。

亀はすたすたこちらへ歩み寄ると、何しとるのねと聞いてきた。成利は休暇最終日を有意義に使ってるだけと答える。


「昼間に殿が『おらん、おらん』と呼び続けてたというのに、お前こんなところで油売ってたんか。日が傾いてるけども行ってやれぇ。きっと殿はお冠だぞね?」


間延びした声ではあるが、亀はいたって真剣。けれどもその言葉を聞いた三人はきょとんと目を瞬かせた。もしやそれって。

お蘭がこほんと咳払いをして亀の注意を引く。慣れた調子で、お蘭は言い切った。


「その件ですけど、解決したはずですよ。私が城から出るときには既に」

「あり? お前も城仕えしとるん?」

「はい。自分の耳と目で聞きましたので間違いないかと」


亀はそうだったんかと目を丸くして、それから成利に向かって言う。


「良かったな、これで怒られへんね」

「怒られるの前提? 俺、ちゃんと殿から休暇をもらってここにいるんだけどなぁ」

「言われてみれば」


それなら何でじゃ?と首を傾げ始めた亀に、成利が上手くはぐらかす。


「帰城の知らせは送ってあったから、そのせいじゃないかな」

「そか? 殿にしては珍しい勘違いよの」


なんとか納得してくれたらしく、亀はまた明日から宜しくと手を振って去っていく。

それを見送った成利は、お蘭に向き直った。


「やっぱり間違える人は減らないね」

「まぁ、私がおなへ様付きと思ってる人の方が多いでしょうよ。実際、私が殿の命で動くときは表舞台に一切立ちはしないもの。おなへ様のお世話をしてる印象が強いんじゃないかしら」

(かしら)が上手く隠れ蓑作ってるしなぁ」


やれやれといった体で、成利は肩を下ろす。

お蘭は殿直属の臣下だ。殿自身に直接の忠誠を誓っている。だけれど、それは表沙汰、いや裏でさえも知る人は少ない。

殿、光秀、成利、羽柴、おなへの方のみ。長隆や長氏も知ってはいるが、どんなことをしているのかさえは知らない。

そんなお蘭が、殿の下でやること。それは。


「あら。私としてはこの状況はとても居心地が良いのよ。忍びが忍びと知れてしまえば、もう忍ぶことはできなくなってしまうもの」


殿の支配の下に下った時から、お蘭はただ一人でも動く忍びとなった。

たった四人の同郷の忍びを連れて、殿の手足となるお蘭の働きは、目に見えないながらも目覚ましいものがある。

お蘭の出た郷は決して忍びの里ではなかった。内を守ることに特化しているだけの、外へと出れば井の中の蛙大海を知らずで脆くなる代物。その中、祖先が里を守るために伊賀から買い取った忍びの技術を、修行を、積み重ねた里の若人。

中でも技術のずば抜けたお蘭を筆頭とする五人が殿へと差し出された。これは里が外へと対向しうる唯一の力。しかしながら、里とは違うものに忠誠を誓うことによって諸刃の剣となる。

そうでもしなければ生き残れなかった里。寄木のように支えがなければ生き残れない自分達を作り出してしまった里。それでも自分に埋め込まれた忍びの性が、生まれ育った木から剪定されるのを自ら望んだ。

ひゅう、と口を鳴らす光峰。かっこいいですぜ、頭。


「頭ってたまに間の抜けてるところあるのに、事実、俺らより実力があるから、最後の切り札として隠れてもらわんとと思っているのはいつものことっすけど、結構頭って忍ぶ気無いっすよね?」

「どうして?」

「忍ぶつもりがあるならやんちゃはしないでしょ。着物乱れてるから、どっかで屋根に乗るか飛び降りるかしたんじゃないっすかあ?」


え?とお蘭は自分の着物を見下げる。確かに乱れていた。ぱたぱたと裾を直し、襟元を正す。あ、笛もちゃんと着物の内にしまわねば。

それを横で成利が苦笑して見ている。


「確かに、忍ぶ気無さそう」

「失礼ね、あるわよ! ちゃんと周囲に人がいないこと確認してるし、普段はちゃんと過ごしてるわよ! 今日は殿に急な呼び出し食らったのと……そうよ、貴方のせいなんだから!」


成利が帰ってきているなら帰ってきているで仕事に向かわなかったせいだとお蘭は主張する。そうでなかったならば、自分が城まで飛んだり格子こじ開けたり城から跳躍したりなどなど、しなくてもたぶん良かったのだ。空を見上げて呆けてる怠け者など、この城で働いてはいないはずだから目撃者はいないはず。たぶん、絶対、いたら困るし。

ここまでで話は区切って、三人でまた話し合いだす。

どっぷひ日が暮れるまで、三人は会話に花を咲かせ続けたので、成利は弟たちのことをすっかり忘れてしまっていた。

あの二人いつの間に帰ってしまったのだっけ。

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