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双藍之次第  作者: 采火
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縁 ─森三兄弟─

目的の人物達がなかなか見当たらず、仕方なくお蘭は奥の手としてまた襟元から細く小さな笛を取り出すと、ある一定の規則に沿ってふぃーと息を吹き込んだ。一番城に近い城下の長屋屋敷くらいまでだったら聞き届けるだろうと。案の定、応えが返ってきたので、そちらへと足を向けた。

すたたたと長屋の通りを駆けて、笛の音の在処まで辿り着くと、一人の男が団子をもってぷらりと現れた。お蘭は迷わずその男を無視する。


「ってちょい待ち(かしら)ぁ!」

「あら光峰(みつみね)。そんなところにいたの」

「いたの、じゃないよ! 頭が自分に向けてその場で待機って指示飛ばしてきたんじゃないっすかぁっ」


そんな無情な、と喚く光峰はお蘭の部下で宗二の同僚である。光峰はこれから会おうと思ってる人達の護衛の任に着かせていたので、帰ってきているのであれば、彼に直接連絡を取れば良いのだとお蘭は思ったのだ。


「それなのに仕事中にお団子くわえてるとかふざけてるの?」

「いやー、ご苦労様、ありがとうって(りき)がくれたんで、ついむしゃっと」

「食べるなとは言わないけれど、せめて時と場合を考えて頂戴」


渋い顔をして言われたので光峰はへーいと返事をして、団子を片付ける。もちろん自分の腹に。

それを見たお蘭ははぁ……とため息をつくものの、本題に入ることにする。


「それで、護衛の任を終えたのなら何故報告に来なかったの。そのせいで私は殿から知らされるまで帰ってきてること知らなかったのだけれど」

「いんや、まだ終わってないっすよ。あいつら寄り道しまくるから……今だって寄り道中ですし?」


そう言って光峰がくいっと団子の串を向けた先は長屋の一室。ものすごく見覚えのある軒先である。

じーっとお蘭が視線を送っていると、屋主がいないというのにひとりでに戸が開いた。中から一人の少年が顔を覗かせる。


「あー! お蘭ちゃんいたぁー!」

「え、え? お蘭がいるのかっ?」


屈託無い笑顔をいっぱいに広げて、戸も大きく開いた少年の後ろから、もう一人、少年が顔を覗かせる。いや、こちらは少年とは……うん、とりあえずお蘭と同じ十七の男児と、一つ下の十六の男児が戸の向こう側から姿を表した。


「長隆、長氏、どうして私の部屋にいるのよ」

「僕らだけじゃないよー」

「兄上だっているぞ?」


長隆が自身の体を横へとずらすと、その後ろから一人の美青年が顔を覗かせて。

お蘭はその顔を見て、はぁぁぁとこの日一番の長いため息をついた。

自分の部屋の戸の前まで歩くと、恨めしそうに美青年を見上げる。


「成利。何してんのよ」

「あはは。休暇最後の日を過ごしてるだけだよ?」


へらっと笑った成利にお蘭は顔をひきつらせる。こやつの能天気さはどこから来るのか。のらくら生きている割りには彼ら森兄弟の中で一番賢いのだから、もったいないと思う。最終日くらい休暇返上で働いてくれれば、お蘭はこんなに走り回る必要もなく、華麗に次の任へと着けたのだ。やっぱり恨みたい。

光峰に、貴方がちゃんと手綱を握ってないから~っと言外に込めた視線を送ってやる。森兄弟は放っておくと長隆と長氏が何も考えないで、のんびりしたい成利の術中に嵌まってしまうのだから。

光峰はそんな上司の視線など黙殺して長氏とお団子を頬張っている。光峰が長氏に餌付けしているような光景に見えるが、事実は長氏が光峰を餌付けしているのである。お団子の送り主は長氏であるのだ。


「休暇を過ごすだけなら私の部屋じゃなくても良いじゃない」

「ちょっと渡したいものがあって」


長隆があっと何かに気づいたかのような顔をしたけれど、成利はそれに気づかず、一度屋内へと戻る。おかしいな、ここはお蘭の部屋のはずなのだけれど、勝手知ったる様子で普通に出入りしてるのが解せぬ。

成利が再び姿を表したときには、その手には手のひらほどの小箱が鎮座していた。


「これ、お土産」


差し出されたので恐る恐ると受け取ってみる。開けて良いかと問うてみたら、どうぞと言ってもらえたので遠慮なくぱかっと開けてやる。


「…………あら」


さらさらとした桐箱に小さなふかふかの座布団が敷かれ、その上に一つの櫛が座っていた。

艶々とした漆の上に、螺鈿で描かれた蘭の花が咲いている。金の縁取りまでされた花の櫛は、落ち着いた華やぎを孕んでいた。

繊細で、触れて汚してしまうのが躊躇われる高嶺の花に、お蘭は静かに桐箱を閉じる。こんな高価なもの、受け取れない。


「私なんかよりももっと別の人に送りなさいよ。おなへ様とか」

「俺が、お蘭に贈りたかったんだ。受け取って?」

「だからってこんな高価なものを選ばなくたって良いじゃない」


呆れて突き返せば、成利がお蘭の手から桐箱を掬いとり、ぱかりと蓋を開ける。それから流れる所作でお蘭の髪を掬うと、彼女が括ってもなお長いために前へと流していた髪を、くるくると括っている根本に巻き付けて漆の櫛を差し込んで留めた。

それから成利は満足そうな笑みを見せる。


「目の保養」

「~っ、もう!」


お蘭が怒ったように声をあげるが、そのすぐ隣でもっとどろどろとした負の感情を漏らしている人物がいた。長隆である。


「あ、兄上に抜け駆けされた……!」


当人達、まぁお蘭と成利だけなのだが、この二人以外にとって長隆がお蘭に懸相をしていることは周知の事実だ。小姓仕事をしていることを考えればあまり宜しくはないのだが、成利がこんな調子なので殿も寛大。


「いやー、春ですなー」

「春ですなー」


光峰と長氏が団子をもちゃもちゃ咀嚼しながら、三人の相関図を端から見物している。

そろそろ収拾がつかなくなってきた頃に、お蘭が照れ隠しも込めて話題を強制的に変えてやった。


「そんなことより! 私は貴方達を探してたのよ。私はこれから別の任につきたいから、帰ってきてるなら早く仕事に戻りなさいって言いたかったの。光峰も返してもらうわよ?」

「何かあったのか?」


成利の言葉にお蘭は頷く。殿から下っている命について話せば、成利は難しい顔をした。


「あの秀吉殿が……。供回りを少なくするなら、俺も出ることになるんだろうなぁ」

「情報収集がてら京での世話人は集めるけれど、移動中は貴方の役目でしょうね」

「知ってる」


笑って、否とは絶対に言わない成利は、心の底から殿を慕っているが故だ。殿は信頼なぞ置かない。信を置いていた者に何度裏切られたことか。それを知ってもなお、成利は殿の忠臣であり続ける。お蘭も、また同じ。

だからこそ二人は息が合うのだ。横から指をくわえて見ているしかない長隆には踏み込めない領域。

だからせめて、お蘭を困らせないようにと動くことが精一杯。

一声かけて長氏を連れて城へと戻る。長氏は光峰に名残惜しそうに挨拶だけをして、本当の帰途を辿る。これはいつもの光景。

光峰がお蘭と成利に近寄る。


(かしら)も罪作りだよなぁ」

「はい?」

「こっちの話。なー、成利?」

「俺もちょっとよく分からないんだけれど……」


二人して顔を見合わせて本気で分からないという顔をするものだから、光峰は心の中でほろりと涙を落とす。

長隆、道のりは険しいぞ。


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