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双藍之次第  作者: 采火
3/11

縁 ─主君─

この辺りだったかと目星をつけて、窓の格子を器用に取り外してするりと城内に入ると、呆れた声がすぐ横から聞こえてきた。


「そんなに簡単に取り外れるならば、そこの格子は無意味だな」

「取り付けておきますから大丈夫です」

「そういう問題ではあるまい」


くくくと肩を震わせ笑う男に、女中は静かに(ひざまず)く。


「それで、名を呼びながら闊歩してた理由をお聞かせくださいませんか。呼んだらいつも通りお部屋までお伺いに参るのに。しかも屋敷ではなく、わざわざ城から」


おなへの方にしばらく付き人として世話をしろを命じてきたのはこの主君だというのに、どうしてまたこんな急に呼び寄せたのか。しかも城。屋敷では話せないことなのか。

男はくくくとまた肩を震わせる。巷で遊ぶ童のように、楽しそうに。

城の廊下で突然笑い出す男に、女中は半眼になって、くるりと背を向けた。そうだ、窓の格子を直さなくては。


「まぁ聞け、お蘭」

「一人で笑うなんて不気味ですよ、殿」


お蘭は咳払いをした男に、背中越から声をかける。よし、格子をつけれた。

格子を嵌め込んでから改めてくるりと男の方を向くと、男の顔が青黒い鬼のような形相となっていた。

……何あれ。


「なんです、それ」

「ふむ……やはりお前は反応が鈍いな。驚かぬか」

「驚けば良かったんですか?」

「わざとらしい反応をされても興が削がれるだけだわ」


面の内から少し残念そうに言われるけれど、お蘭としては知ったこっちゃない。というか、この面はいったいどうしたのか。まさかこれだけのために呼び出されたわけでもあるまいし……?


「まさかそれのためだけに呼んだ訳じゃないですよね」

「んなわけあるか。これはついでだ。南蛮商人から買い取ったこれを天守の間に飾ろうと思ってな。本題はこちらだ」


青黒い鬼のような面をつけたまま、袂から一つの文を差し出した。読んでみよ、とばかりに放って寄越されたのでぴらりと開いてサッと目を通す。

以下、要約。


───のーぶなが様ぁ!大変だみゃあ!中国攻めが巧く行かなくて、もうちっと時間がかかりそうなんだみゃあ。敵方がわしを舐めきっているせいで進展も無か。どうか増援をよろしくだみゃあ!陣中より、羽柴。


長々しく状況を事細かに書いてはいるものの、要約すればこの様で、なんとまあ、情けないことか。

この奇妙な不気味さを持つ面を被る男、主君織田信長から、一日も早く中国を平定せよという命があるというのにこの体たらく。手紙の主である秀吉は天才軍師をもその掌中に取り込んでいるというのにどういうことか。

お蘭は文を元のように折り畳むと、すいと宛名の主へと差し出し返す。

未だに気味の悪い面をはずそうとしない主君は、それを受け取ると再び袂に差し入れた。

さて。この主君がこんな文を自分に見せておいて何もないわけがない。人が行き交う屋敷ではなく、わざわざ城の中で自分を呼びつけているあたり、何か考えがあるのだろうと推測。改めて伺いをたてる。


「それで、私に何をさせようと?」


くくと悪戯を思い付いたような表情を面の裏から取り出して、主君は目の前の()()に命を下した。


「光秀を京へ向かわせる。京で兵を集めさせろ。集まり次第、俺も京へ上がろう。なるべく早く移動したいから、供回りを少なくする」


俺がお前に話す意味を分かってるな、と暗に伝える。つまり自分にも何かさせたいと言うことか。


「あれは今、家康の接待役だったか。解任だ解任。こちらを優先させよ。お前の後にも正式に接待役解任の旨を送らせるが、家康への接待は大概にせよとも言っておけ。いつかのように腐った飯なぞ出させるなよ」


そう言えばそうだった。今現在、話題の人は安土に来た徳川家康を接待していた。そんな彼に急に京へ出陣させようとも無理な話だ。恥をかかせるつもりかとまた大喧嘩するに違いない。

いつだったかの失敗の挽回をと思っているのであれば、それはひどい誤解を生み出すかもしれないし。突然命だけ下すよりも、知己が詳細を話す方がまだ幾分か心のゆとりが持てることであろう。


「でも接待に関しては事前に厳命していましたから大丈夫なのでは?」

「あの公家かぶりの見栄張りな金柑頭が素直に聞くと思うか?」


はっと鼻で笑うあたり、饗応役としての明智光秀は全くもって信用されていないようである。今回も饗応役に任命した際に大喧嘩していたわけだから。

まぁ仕方無いかとすくっと立ち上がって、お蘭は一礼すると音もなく廊を歩く。その背から主君が声をかけてきた。


「なんだ、窓から飛び出さんのか」

「慌てても変わりないので、今度は普通に帰りますよ。というか、おなへ様を部下に任せてしまっているので、指示を出さなくてはいけませんし」


ん?と主君が不思議そうな反応を示した。


「なんだ、まだお前がおなへの世話をしとるのか」

「小姓に休暇をとらせたからと言って私をあの方につけたの殿でしょうが」


呆れたかのように振り向いて言い返してやれば、主君は顎に手をあて、思案するかのように目を伏せている。一体なんだというのか。


「殿、何か言いたいことでも?」

「いや……成利が帰ってきておるから、あのガキ共二人も帰ってきておるのかと思ったが……違うのか?」

「え?」


成利が帰ってきてる?

お蘭はぴたりと固まって、それからよくよく考えた。成利が帰ってきているなら、私が代わりにやっていた世話仕事を本来するはずの成利の弟たちも帰ってきているはずなわけで……。

つまりは自分がまずおなへの方から解放され、本来の役職に付き、更に言えば自分に合わせて変動させていた部下たちの仕事も普段の仕様に戻すことができ。今下った命とこれからの主君の考えをよくよく考えるならば。


「……ちょっと京まで行ってきます」

「その前に光秀への言伝て忘れるなよ」


なんの否定もしないということはつまりはそういうことだったのか。

お蘭は慌てて近くの窓から飛び出した。勿論目にも止まらぬ速さで格子の取り外しと取り付けをおこないつつ。いつから自分は平和ボケをするようになったのか。頭を使わなさすぎるし、情報管理も徹底的じゃない。

主君の前で犯した失態を胸に秘め、たたたと城の瓦を踏んで一瞬の躊躇いもなく宙へと身を踊らせると、風のようにまっしぐらに光秀の元へ向かうべく、飛び出した。


「ふむ……慌てる必要がないという割りには、飛び出していきよった」


追記すれば、この日、大きな鳥が空を舞い飛んでいる姿を城仕えの幾人かが目撃しており、その翼はさながら天女が袿の袖を翻すかの如くだったという。


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