1987.4 ドラムとの邂逅(3)
しまった。
マリコさんは帰ってきてすぐ時計に目を移す。こんな遅くなるはずではなかったのに。こりゃ怒ってるだろーなあ…ピアノのある、そして今はドラムもある部屋にしか灯がついていないのを見て彼女は思う。
「…ハルさん、ただいま…」
そっとドアを開ける。と。
「…」
音に弾かれる。
音が溢れ出て来た。それもどう考えたって、彼女の耳には騒音にしか聞こえないような。ハルはとにもかくにも、叩いていたのだ。むろん形も音も滅茶苦茶である。この家からこんな滅茶苦茶な音が出てくるなんて、マリコさんは想像したこともなかった。
「ハルさん」
ハルは気付かない。何かに取り憑かれたかのようにスティックを握りしめ、ざらざらと響きながらはねっかえりの音を出すスネアや少し気の抜けたようなタムや、ヒステリックなシンバルの間をひっきりなしに動き回っていた。
「ハルさん」
まだ気付かない。…こんなに近くにいるのに?
「ハ・ル・さ・ん!」
とうとう耳元まで言って叫んだ。ひっ、と身体半分浮かせて、ようやく音の洪水が治まった。
「…何マリコさん、早いじゃない」
「…何言ってるんですか。外は真っ暗ですよ」
そう言って窓の外を指す。あらら、とハルは汗をぬぐった。よく見ると、全身汗まみれだった。
「…それで私の入ってきたのも気付かないってのは、よっぽどその楽器、気にいったんですねえ…」
「気に…? うん、そーかもね」
「自分のことなのに、もう少し、自信持って言ってくださいよ」
「ちょいとむしゃくしゃしたことがありましてね」
「それで楽器に八つ当たりですか? それじゃあ、楽器が可哀そうですよ」
「何マリコさん、ユーキ君と同じこと言うのね」
ハルは肩をすくめる。
「そのユーキ君に、もう少し叩き方を教わった方がいいですよ」
マリコさんは、今夜は天ぷらだ、とメニューを告げた。
八つ当たり、というのはまあ嘘ではない。
夕食の天ぷらは、どちらかというと野菜がメインだった。ぱりぱりと音がしそうなくらいにからっと揚がったかき揚げを口にしながら考える。
だが、途中でどうでもよくなったことは事実だった。
どうだったっけ?
ユーキや、他のパーカッション連中がやっている場面を思い浮かべる。とりあえずこんな形。ではどうやって叩きましょう?例えばスポーツ番組のテーマ曲。彼女はそのフュージュン・バンドの名前も知らない。知っているのはメロディと、その中のリズムだけ。でも、そのメインのリズムの一番下を押さえてるリズムがよく思い出せない。
オーケストラのコントラバスや、横叩きのバス・ドラム。それにティンパニ。あれはどういうリズムだったんだろ。
そしてその一番下のリズムが足の動きになっていく。
硬くてよく響くスネア・ドラムは自己主張をしきりに繰り返す。
駆け回るタム。軽く笑い声を立てるハイハット。頭の中で駆け回るメロディに合わせて、まだ未知の楽器を、ああでもないこうでもない、とハルは叩き回っていた。
ついつい、気がつくと、ものを噛むのすらリズムを取ってしまいそうな。
それは、何日か後に、どうにもこうにもならなくて、ユーキに電話するまで続いた。お電話一番、すぐさま参上、と彼はすぐにやってくる。
「…でも動くようになったんだから、すぐ上達するってば」
にっこりとユーキは笑う。
「ものすごーく基本といや、とにかく手の練習法ってのがあってね。それ専用のメソッドの本だって出てるんだけど… どっちかというと、僕はハルさんなら、全くのサラなんだから、手足のコンビネーションから勧めるよ」
「と、いうと?」
「あのさ、オレ結構昔からドラム… というか、太鼓は叩いてたけど、ドラムセットってのは、叩いたことなくてさ、セットで始めたのって、高校の途中からだったんだけど、手と足のリズム感が全く違ってんの」
「何、手だけ空回りって…?」
「初めは手の方がよく動くから、リズム感も正確だと思ってるでしょ? ところが、メトロノーム使って練習してるうちに、気をつけてる足の方が正確になっちゃって、手の方はいい加減になっちゃったりして… 目立たなくするのにすごーく時間かかったもの」
「…ふむ」
「だからさ、ハルさんはピアノしてる人だから、両方の手に同じくらいの力かかってるじゃない。そうゆう方法知ってるってゆうか…」
「なるほど」
それもそうだ、と妙に納得してしまった。
「で、よく基本って言われるのは」
そしてユーキは幾つかのパターンを紹介してくれた。あ、そーか、とハルは数学の公式が見つかったような気がした。8ビート、16ビート、2ビート…
「たいていの今出回ってるロックなんかは、こうゆう奴の組み合わせ。簡単な曲なら、これだけ覚えとけばできるよ」
「それ以外ってのは?」
「ジャズとかフュージョン、それにダンス系では、もっと派手にややこしいリズム・パターンってのもあるけどね」
でもね、と軽く首を回して、
「でも、クラシックじゃないんだから、どう覚えるか、は、結局あなた自身なんだよ」
ふむ、とハルはうなづいた。
*
あら、と掃除の手を休めてマリコさんはつぶやく。何やら懐かしい音が、聞こえてきた。
懐かしい、というか、けたたましい、というか。洋物のロックバンドのアルバムらしい。それもハルは、結構な音量で聴いている。以前なら、確実に、自分にとっては騒音だった気がする。だが、最近のハルのドラムに慣れかかっていた耳には、どんなハード・ロックでも、ヘヴィ・メタルでも、大したことがないような気がしていた。
マリコさんは、さほど音楽には興味がない。
と、いうより、他に興味のあることがあったので、音楽はあくまでBGM、ただ流れているだけのもの、としてしか感じられない体質のひとだったのである。
彼女は、理系の頭の人だった。それゆえに医者の道を選んだし、家事も理系のことだ、と主張する。そして、確かに、「栄養学的に素晴らしい献立」だの、「運動生理学的によく考えられた家具の配置」など、実際にこの家の中では実行されている。無論ハルは逆にそんなことは大して興味がないので、その分野はマリコさんに任せてある。要は、向き不向きがあるので、向いていることをすればいいのだ。
で、そのBGMにはどうみても不向きな音楽が耳に入ってきたのだ。それはよくマホが聴いていたレコードだった。
…でもね。
マリコさんは思う。
あたしですら知っていたのに、どうしてハルさんが気付かなかったのかしらん。
それは非常に不思議だった。耳に入ってなかった、ということだろうが、それにしても。
まあいいか、と掃除機をかけていると、やがて曲が止まって、次の曲が始まった。前の曲と同じヴォーカルに聞こえるが、曲調は全然違う。前の曲が速くて、ドラムの音が身体に響く程だったり、ギターの歪み方がちょっとしんどいくらいだったのに比べ、その曲はゆったりとしたバラートだった。ピアノの音が聞こえる。掃除機を止め、それが何だったか、思いだそうとした。この曲には聞き覚えがあった。マホも好きで、よく聴いていた。
「…あ」
針飛び。繰り返し繰り返し聴いていたので、どうやらこの曲の部分は、傷がついてしまっているらしい。
何度か、その針飛びが続いて、あきらめたのか、ハルは次の曲に針を移した。残念。マリコさんは思う。結構これは好きだなあ。
そして、またしばらく、騒がしい音が続いたから、マリコさんは再び掃除を始めた。
「ちょっと行ってきまーす」
と、どうやら全曲が終わったらしい時、ハルが部屋から出てきてそう言った。
「…あら、出かけるの?」
「ちょっとお買い物」
「何?」
「いや、さっき聴いてたLP、キズものだから」
「なるほど」
だからと言って、すぐに買いに走る奴も奴である。だが、この即決即効が以前ハルの行動パターンだっただけに、昔の調子が戻ってきたかな、と多少マリコさんは安心する。
「で、何処まで? 駅前のレコード屋ですか?」
「あるかなあ? あそこはあんまり洋物が多くはなかった気がするけど」
「行くだけ行けばどうでしょうね」
それもそうね、とあっさりと出かけた。
マリコさんは、ハルが出ていった後、それまで彼女が聴いていたマホの部屋へと入ってみた。ずっと閉まったままだったのだ。カーテンは閉められ、机の上、ステレオの上はほこりが積もっている。レコード達もその被害からはまぬがれえなかったようで、カバーしてある袋がうっすらと白く見える。
…派手だなあ…
床に無造作に置かれたレコードジャケットが目に入る。どうやらハルはそのバンドの曲を聴いていたらしい。そういえば、こうゆうのもあったなあ、とマリコさんは思う。
派手、というより「…ばけもの…」白塗りメイクの上に、どう見ても、歌舞伎かホラーハウスメイクな四人が思い思いのポーズを取っている。
こうゆう人々なら、確かにああいう音を出しててもおかしくはないわ、と先ほどのけたたましい音を思い出す。だが、あのしっとりしたピアノのバラードも、このバンドと言われると、どうも訳が判らなかった。
とりあえず、日本には、そういうバンドはあまりない、と彼女は思う。少なくとも、彼女の知っている範囲では。
マリコさんのカセットケースに納まっているのは、ポップスが殆どである。それも、彼女は透き通った声が好きなので、そういう声を持っていれば、バンドだろうが、ソロだろうが、どっちだっていいのだ。透き通っていれば、「声」でなくともいいわけで、実はフュージョンバンドのリリコンなんて大好きなのである。だが、好きは好きでも、リリコンという楽器名まで覚えようとは思わないのがマリコさんなのである。そこまで覚える必要はないと思っている。
ハルはそうではない。好きになったら、それが「何か」つきとめようとするタイプである。
だが、「…だから」好きになる、という式ではない。あくまで好きになる方が先、という点、自分の感じたことが優先する、という点ではマリコさんもハルも大して変わらなかった。
*
「…ですか?」
とりあえず駅前のレコード屋に入って、ハルは滅多に見たことのない洋楽ロックのLPを繰る。立って並べられているそれの、ジャケットの帯の上にかすかに読めるタイトルの中に探しているものは見つからない。
「そうですねえ… うちもあんまり洋楽は置いてないんですよ。やっぱり、どうしてもね、最近の売れるものが」
見渡すと、歌謡曲だの、ビート系邦楽ロックのLPが表立って並べられている。いずれにせよ、あまり縁のないものではあった。
ハルの行き付けている店は、もっと静かな、こじんまりとしたクラシック・ジャズ中心の店だった。だが、その店にロックが置いてあったという記憶がなかったので、こういう、滅多にきたことのない店へ出向かなくてはならなかったのである。
「もっと街中の大きな店へ行った方がいいですよ」
店員は親切からか、ある大きな店のチェーン店の名を出した。それもそうね、とハルは思う。
「あ、そういえば、そこの向かいの、アカエさんはそうゆうのだけ置いてあるかもしれませんよ」
ガラスごしに、やはりこじんまりとした店が目に入る。つい先日、あのドラムを持ってきてくれた店だ。まだその中へは足を踏み入れたことはない。
「…どうも…」
ふらふらと、ハルはそこから離れた。
道路の向かい側のアカエミュージックのショウウィンドウには、小さい店ながらも、ギターやドラムが飾ってある。人気のあるギタリストのポスターが、ギターのメーカーの宣伝だろうか、貼ってある。ギター小僧にはたまんないだろうが、ハルには全く判らないものだった。
ともかくレコードがあれば、と手動の戸を開ける。
雑然、という単語がハルの中に走った。もちろん、それはそれなりに、楽器は楽器ごとに、と整頓されてはいるのだが、彼女の知っている楽器店の整然とした様子とは全く違っていたので。
壁にはポスターが所狭しと貼られている。壁の棚には、カラフルな蛍光色のパッケージのギターの弦が、ぺらぺらと置かれている。目線を下に落とすと、細かく仕切られた黒い棚には、ドラムのスティックが尻を突き出していた。
さて、LPは、と見渡すと、片隅に、雑誌と並んで立てられていた。正確に言うと、雑誌の棚の横に、レコード棚があった。そしてその向こうの棚には、バンドスコアがぎっしりと並んでいた。
「何か探してるのー?」
軽い声がする。明るい髪の色が目に飛び込む。あれ?と店のエプロンをつけた彼は、声を立てた。
「こないだのお客さん、確か日坂さんだったよねー」
「あれ?」
そう言えば、そうである。先日ドラムを届けに来た店員だった。
「どおその後」
「おかげさまで。慣れないけど」
「…あなたが使ってるの… だよね」
その言い方じゃ、と言外に含める。そして彼は首をひねる。
「マホちゃん、どうしちゃったの?」
「どうしたのって…」
「ん、いや、いままでよくウチの練習用スタジオ使ってくれてたけど、急に来なくなっちゃって」
店員の彼は、じっとハルを見る。
「…おねーさん? 見るところ」
「そうだけど」
「あんまり似てないね」
「妹は可愛かったからね」
「可愛い… うーん…」
彼は何とも言い難い表情になる。とりあえず、この「おねーさん」は客である、ということを思い出して、
「で、今日は何を?」
「あ、レコード探してるんだけど。…の」
「ああ、こっちに何枚かあるけど」
そう言って、レコード棚の方を指す。大した量はないようだったので、ハルは一瞬不安になる。
「あるの?」
「あのバンドは、こっち方面好きな人ならたいてい一度は聴いたことあるってくらいだからね。マホちゃんも好きだったし」
「そのマホの持ってた奴が、何か針飛びしちゃってて」
「あー、あの子、好きなものは何度も聴くからね」
「…よく知ってますねえ」
「よく会ってたからね」
は?
「あ、別に誤解しないでよ、あの子はオレがバンドもしてるってから、いろいろ聞きにきてたの。自分もバンド組みたいからって」
「何… 初耳」
「だろーね」
だろーね? ハルはカチンときた。ずいぶんと、何か妹について良く知っているようではないか。自分よりずっと。だが、そんなこと表情には出さず、
「バンド… 何してるの」
「オレはギターだけど」
「あの子はドラム?」
「うん。学校の友達は、ロックにキョーミないヒトが多いからどうしたらいいかって」
そりゃないでしょう。マホの交友関係。高校は音楽系の女子校。そして大半が音大進学組。
「…じゃ、これ」
「あ、これねー。ここのさあ、バラードがいいんだよなあ」
「バラードねえ… 確かその曲がすり減ってたのだけど」
「ありゃいい曲だもん」
「『ロック』にしちゃ珍しいんじゃない?」
「でもいい曲でしょ?」
あっさりと彼は言う。
「マホちゃんは、もう来ないの? おねーさん」
「あたしは波留子って名ですけどね。うん、しばらくはあの子は」
もう来ない、なんて絶対に言わない。
「だとしたら、あれもはがそうね」
彼はそう言って、二階の小スタジオへ向かう階段の壁に貼ってあるメンバー募集の紙を指す。
「結局来なかったけど」
「メンバーをああやって探すの?」
「いろいろ。マホちゃんは、まわりに誰もいない、って言ってたから、じゃあここへ来るヒトの中から探せばどお? って」
「…ふーん」
「でも女の子のハードロック好きって、やっぱり少ないし、聴くヒトが少なければ、演るヒトなんてもっと少ないじゃん。どーしよーもないっていうのかな…」
「男の方がやっぱり多い?」
「そりゃあね」
何でだろう?
ハルは思う。自分の演ってるクラシックピアノは、女も多い。クラシック部門は、大体男女半々くらいだと思う。それに、実力世界だ。男がどうの女がどうのって、関係ない筈なんだけど。
「…ふーん…」
「それじゃ、2500円です」
「はい」
大きな袋に入ったLP盤は、持って歩くにはいまいち安定が悪い。
*
「久々に、何か弾いてみたらどうです?」
ある日マリコさんが言った。ピアノの方がほこりをかぶっているのに気付いたのである。
そうね、とふと考えたら、一か月くらい、毎日ドラムを叩いていたのである。メトロノームに合わせて、基本のメソッドやコンビネーションをただただ叩きまくる。疲れたら休憩。しばらくは、ふとももが痛くて仕方なかったこともある。加減を知りなさい、とその都度マリコさんに言われていた。まあその甲斐あってか、ある程度形にはなってきた。毎日時間はたっぷりあったし、誰も邪魔はしない。覚えたてには絶好の条件だったと言える。
叩いている間、は時間が勝手に過ぎていく。リズムだけを追っていく時は、他の雑念が頭に入ってこない。そうでないとき、どうしても、妹のことだの、あの店員に言われたことだの、どうしても頭の端々に浮かんで、離れない。繰り返し繰り返し、同じ内容が、頭の中にちらついて、消そうと思っても消えない。
別に妹のことを忘れたい訳ではない。
ただ、あの店員に言われたことは、少なからずハルにはショックだったのだ。
ロックが好き、も知らなかった。ロックバンドを組みたかったことも、知らなかった。相談の一つも受けなかった。そりゃ、ハルに相談したところで、何にもならなかっただろう。それは理屈としては判る。だが、はじめから相談の範囲外に置かれていたことが、何やら、ひどく悔しいやら悲しいやら、胸をよぎる瞬間、痛い。
そしてそういった思いは、自分で出そうと思って出てくるのではなく、勝手に出てきてしまうからタチが悪い。無意味に出てきて、無意味に自分を傷つけて去っていく。それはピアノを弾いていても起こってくるものだったので、最近はピアノに向かってなかったのだ。
「…何かリクエストは?」
「ショパンのなら何でも」
じゃあれにしよう、とハルは「小犬のワルツ」の譜面を置いた。そしてピアノの蓋を開ける。あれ?
「どうしたの?」
マリコさんは不思議そうに訊ねる。
「…ううん、別に…」
何だろう。ハルは手に何か前と違う感覚があるのに気付いた。
譜面は開いて前へ。そして鍵盤に手がかかる。数小節…
ハルはその瞬間、気付いた。
手が止まった。
「どうしました?」
「…弾けない」
「え?」
「感覚が違いすぎてる。すぐに手が思い出してくれない」
「そんな」
確かに譜は読める。どうすればいいのかも、頭では判る。でも、ピアノの曲を弾くときには、頭ではないのだ。確かに、曲を覚えるまで、その譜は手がかりだけど、手に覚え込ませてしまった後は、弾くときには「目安」に過ぎない。他の人がどうかは知らないが、ハルはそうだった。なのに。
「ブランクあったから」
「違う」
それだけじゃない。ドラムだ。
頭と身体が、少なからずドラム仕様になっている。それまでの完璧にピアノ仕様だった身体がほんの少しでも、変わってきているのだ。すねにはいつのまにか筋肉がついてしまっているし、両方の親指にはタコができている。右手は何度か水ぶくれが出来て、そのたびに割っては、繰り返したおかげで固くなりつつある。
それだけだろうか。
「…ハルさん」
「さて」
どうしたものか。ハルはとりあえず譜面を閉じ、ピアノの蓋を閉じた。
それだけではない。頭の何処かが、クラシックを弾くことを拒否している。音楽をやりたくないのではない。
それでもドラムはしたいのだ。