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6 *

* ギルヴァート視点

 ミラお嬢は最近よく外ヘ出る――従者である俺を屋敷に残して。息抜きってのもあるんだろうし、ちゃんと侯爵夫妻の許可も取って了承はしたが、それがどうにも面白くないのもまた事実だ。心配だとか、ましてや寂しいなんてわけでは、断じてないが。


「つまんねェー……」


 侯爵家現当主、つまりはお嬢とアル坊の父親ダンカンの元へと書類を運びながらひとり愚痴る。ミラお嬢が俺を連れて行かねーと俺使用人の仕事しなきゃいけなくなるんだよなぁ。この家には恩も忠義もあるつもりだけどそれとこれとは別。仕事は普通につまらん。


「旦那、書類持って来ましたよーっと」

 

 やたら長い廊下を進んでやっと執務室前まで来て、簡単なノックに返事が返ってきたのを確認して入室した。旦那は「公的な場で取り繕いさえできれば、基本的に君の雑な敬語でも構わないよ」と、いささか礼を欠いているだろう俺の立ち居振る舞いを毎度むしろ楽しそうに笑う。いつも思うがこの侯爵家の人たちは寛大を通り越してどこかおかしいと思う。


 執務机の方を見ればアル坊と同じ空色の目を細めて俺に笑いかける姿。

 

「ああ、すまない、ありがとうギル」


 ほら、そうやっていちいち使用人の名前呼んで礼を言って。風変わりな貴族もいたもんだと思うが、ここに来て八年、身元も知れない俺を屋敷に置き、剣に礼儀に勉学に、と惜しみなく与え続けてくれる様は俗にいうお人好しというものなんだろうか。残念ながら礼儀はいささか苦手分野だったが。


「ミラは今日も君を置いて出かけたのかな」


「うっ……まあ、そう、っすね」


 クスクスと笑いながらそう言われてまあ肯定するしかないわけだが。人がちょっと気にしてることを! 不機嫌の滲み出た俺の顔を見て一層愉快そうに笑うこの人は、結構良い性格をしているとも思う。


「でもミラお嬢、今日で湖に行くのは最後にするとか」


 そう言えば旦那の笑いがピタリと止まった。まあその理由に思い当たる節があるからか。


「……アルのため、か」


「本人が言うには飽きたから、らしいですけど」


 まあ十中八九嘘だろうけどな。ミラお嬢は頭が良いくせにこういうところで嘘をつくのは下手だ。俺の小さな主はどこまでも弟のために尽くすつもりらしい。

 

「なあギルヴァート」


 暫くの沈黙を破って旦那が口を開く。


「ミラは君を兄のように思っているらしい」


 まあ確かに、俺らは普段あまり主従って感じでもないし、妹がいたらこんな風なのかもしれない。妙に納得していると旦那の空の色をした目が俺を捉えた。


「――従者としてでも、兄としてでもいい。ミラを支えてやってくれ。あの子は自分を顧みることを知らなすぎる」


 頼む、と頭を下げる旦那の姿にため息が零れそうになる。またこの人は俺なんかに簡単に頭を下げて。大体、そんな――今更それを俺に頼むのか。


「俺はずっと前から、そのつもりですけど」


 そもそも俺を見つけてこの侯爵家に拾い込んだのは、当時五歳にも満たないミラお嬢。あの日俺は確かにあの小さな手に救い上げられて、その手を取った瞬間から自分の仕えるべき相手が分かった。柄にも無く守ろうと思った。悔しいから本人には絶対言わねェけど。


「そうか。それは良かった」


 そう言って心底安心したように笑う旦那。その表情は少しミラお嬢に似てる。なんていうか、空気を弛緩させて和らげる感じ。


「じゃ、俺はそろそろ……」


 ただ、見守るような旦那の暖かい視線に居た堪れなくなって、ここはひとまず退散しようと俺はそそくさとドアノブに手をかけた。なんか色々恥ずい。でもそのドアノブは俺が回すまでもなくクルリと回って。ゴンッと鈍い音が響いた。


「アル坊……痛ェわ……」


 ドアの向こうには息せき切って興奮気味に立つアル坊。走るのは禁止だからたぶん精一杯早歩きでもしてきたのか。人の礼儀を言えた口ではないがノックぐらいしろよ。ドアにぶつけて痛む頭をさすりながら、非難がましくアル坊を見下ろしてもそのキラキラ輝いている目は気付かない。


「あの、あのね父上! 外! 外にね! えっと、」


「アル、少し落ち着きなさい」


 立ち上がった旦那がアル坊のところまで歩み寄ってその頭をゆっくりと撫でると、深呼吸をしていくらか落ち着いたらしいアル坊が、それでも興奮冷めやらぬ様子でまた口を開く。


 アル坊がミラお嬢の前以外でこんなに感情を出すなんて珍しいな。そう呑気に考えていた俺は。


「外、空がね! 光ってるよ!すごくキレイ!」


 “何かあったら魔法を打ち上げてすぐに知らせること”


 お嬢に約束させたそれが頭に浮かんだ。廊下に走り出て、細かい装飾の施された窓枠を乱暴に押し開ける。あっち! とアル坊の指差した方を見れば確かに空に浮かぶひとつの眩い光。その方角には確か湖が、ある。


「っ、旦那! 少し出てきます!」


 返事も待たずに俺は廊下を駆け出した。途中、往診に来たらしいコーネルとすれ違って声をかけられたが、構っている暇はない。愛刀と、それから武器を仕込んだコートを身に付けて、光に向かって走る。


 何があった、どうなっている。


 光が弱まっていないということはつまり、ミラお嬢はまだ無事だということだ。その事実が少しだけ俺を落ち着かせるが、逸る気持ちは加速する一方で。


 まだ幼いとはいえ魔道に長け、魔法で身を守る術をもっているミラお嬢が俺を頼るような事態。分からないままに愛刀の柄を握り締め、ただ走る。


 ようやく湖が近くなって、俺の目が湖の際でしゃがみ込むミラお嬢を捉えた。そしてその側にもう一つの人影。


「……誰だ」


 辿り着くと同時にミラお嬢を背に隠し、金髪の少年に問いかける。いつでも抜けるように手は刀に掛けたままだ。


 お嬢と同じくらいか……? いや、子どもだからって油断はできない。


「……は? え、何」


 だが怪しい少年はその紫の瞳を丸くして驚くばかりで、殺気や害意は微塵も感じられない。いや、だからって油断は……。


「ギル! リュオンは切っちゃ駄目!」


「う、おっ!」


 そう言いながら背中に飛び付いてきたミラお嬢のおかげですっかりバランスを失って倒れ込みそうになるのを何とか堪えた。コートに隠した武器がガチャガチャと音を立てる。まじで危ねぇ……!


「あ? どういうことだよ、そんで誰だって?」


 武器がお嬢に当たらないよう慌ててコートを引きながら疑問が溢れる。急いで来たってのに普通にピンピンしてるし、見たことない人間は増えてるし本当に状況が読めない。でも緊急事態には違いないらしい、ミラお嬢の表情は強張って硬い。


「えーと、リュオンは実はリュケイオン殿下だったんだけど……って今はそれよりね! ギルに頼みたいことがあるの!」


「いやちょっと待て。でんか……殿下!?」


 怪しいやつでも困るが殿下って何だ。それはそれで大問題だろ! もしそれが本当だとしてこんな所にいる理由も分からないし、そもそも何で知り合いだよ。


 聞きたいことも言いたいことも色々あったが、ミラお嬢の真剣な目と視線が合えばそれらは何も出て来なかった。旦那とアル坊が青空の色なら、ミラお嬢の瞳は朝焼けの色だ。俺が救われたあの日も、この目は同じ強い光を持っていた気がする。


「ごめん。説明は後で絶対するから! 今はギルの力を貸して欲しい!」


 ――まあこの光を守るのが俺の役目だしな。


「……仕方ねぇな。俺は何をすりゃいい?」


「っ、ありがとう!」


 泣き出しそうな顔でそう笑うと、ミラお嬢は俺の手を引いて湖の元へと引っ張って行く。見て、と指差された所をよく見りゃ水面が歪んであるのが二箇所。


「精霊が道を繋げてくれたの。ギルには行って来て欲しい所が二つある」


 時間が惜しいらしいってのはヒシヒシと伝わってくるが、今日のお嬢は爆弾発言が多すぎる。


「まさか精霊魔法使ったのか!? 体は!?」


 黒魔法と精霊魔法は禁忌の魔法だ。というのも前者は他人を、そして後者は自身を侵すと言われているから。いつの間にこのお嬢は勝手に会得してんだよ!


「魔法は使ってないから大丈夫。ただ精霊たちにお願いしただけ」


 ……俺の魔道の知識が乏しいのか? 言っている意味が分からない。“お願いしただけ”で精霊がいうことを聞いてくれるなんて聞いたこともない、が。


「ったく、それも後で詳しく説明しろ、いいな! で、それはどこに繋がってる」


 分からないが、時間がないならこうしてる間が勿体無い。


「ダーティスの所と、それからコーネル伯爵邸」


 は? ダーティスといえば、確か。


「お嬢が街で診療してる時に助けたあの変人変態ヤロー、だよな。勝手に黒魔術の実験して勝手に大怪我したっていう世紀の大馬鹿」 


 あんなやつの所に何でまた。俺あいつ嫌いなんだよなァ。コーネルだってさっき屋敷ですれ違ったが。


「そう。ギルにはダーティスを引きずってでもいいから連れて来て欲しいの。それからコーネル邸の様子を見てきて欲しい」


 あーもう、本当に。何が何だかさっぱりだ。でも、やるべきことは分かった。お嬢にしてやれることが分かった。俺が動く理由は今はそれで十分かもしれない。


「仰せのままに、お嬢様。……じゃ、行って来る」


 俺は、湖の歪んた所へ勢い良く飛び込む。上がった水飛沫の合間に小さな主の姿が見えた。


 ……でも出来るだけ早く、速やかに戻って来ようと思う。


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