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童話&児童文学

海の底にはギョロがいる

作者: gojo

  海の底にはギョロがいる


    八本足のギョロがいる


  ギョロはニョロリと足のばし


    小さな魚を捕まえる




 深い深い海の底、小魚の父子が泳いでいました。


「坊や、気を付けなさい。ここには八本足のお化け、ギョロが住んでいる」


「ギョロ?」


「うん。ギョロはね、小さな魚を襲うんだ。お父さんから離れてはいけないよ」


 その時です。

 赤い体を揺さぶって、大きなタコが、ゆっくり、ゆっくりと近付いてきました。タコは目玉をギョロリと動かすと、小魚めがけて足を伸ばしました。


「ギョロだ!」


 小魚の父子はそう言うと、一目散に逃げていきました。



「ああ、また逃げられてしまった」

 ギョロは寂しそうに言います。

「僕は、友達が欲しいだけなのに」


 でもそれは、とても難しいことでした。

 タコは、小さなカニや小さな貝、小さな魚などを食べているのですから。


 ギョロはいつも一人ぼっち。

 海の底で今日も一人ぼっち。





 夏が終わり、お日さまの輝きが和やかになった頃、ミナミの海から熱い(うしお)が勢い良く流れてきました。ゴーゴーと音が鳴り、細かな砂が巻き上がります。

 ギョロは地面にしがみ付き、固く両目を閉じました。

 

 もういいかい? まあだだよ。


 もういいかい? もういいよ。

 

 気が付けば流れは治まっていました。

 見上げると、月の光が揺れる水面(みなも)に溶かされて、優しく辺りを包んでいました。


 あれは?と、ギョロは思いました。見つめる先に、見たことのない大きな魚がいたのです。

 その魚は七色にウロコを輝かせて、透き通る尾ビレをはためかせながら、優雅に泳いでいました。


「うわあ、キレイ」

 ギョロは目玉をギョロリ。

「ねえ、君! 君はどこから来たの?」


 大きな声で尋ねると、魚は寂しそうに微笑みながら、細い声で答えました。


「私はミナミの海から来たの。潮に流されて、仲間達とはぐれてしまったわ」


 一人ぼっちなのかい?と聞くと、魚は黙って頷きました。

 こっちにおいでよ、と言うと、魚はギョロの周りをフワリと舞いました。


「僕も一人なんだ。ねえ、一緒にいようよ。僕の名前はギョロ。君は?」


「私の名前はビスケス」

 

 ビスケスは柔らかく笑いました。

 ギョロも恥ずかしそうに笑いました。


 月明かりの下、サンゴの森が仄かに色めいていました。




 海草が揺れる、そこは海の草原。


「ギョロ。こっち、こっち」


 ビスケスは背の高い草と草の間を、軽やかに泳ぎ抜けました。


「待ってよ、ビスケス」


 ギョロは足を絡ませて、たどたどしく進みます。


「僕は知らなかったよ。近くにこんな素敵な場所があったなんて」


 二匹はビスケスの仲間を求めて、ミナミの海を目指していました。



 ギョロがビスケスに追い付いた時、ビスケスは目を細め、上の方を見つめていました。ギョロも釣られて上を見ます。


 そこには、小さな魚達の群れがいました。


「ビスケス、どうかしたの?」


「なんでもないわ」


 いつか見た寂しげな表情で、ビスケスは静かに微笑みました。



 ビスケスは、それからも寂しげな顔をすることがありました。そんな時は決まって、見つめる先に楽しそうに泳ぐ小魚達がいました。草原を越えた時も、岩山に登った時も、ふと気付けば、ビスケスは羨ましそうに小魚達を見ていたのです。


 ある日、ギョロは言いました。


「僕が魚だったら、ああしてビスケスと並んで泳ぐのになあ」


 ビスケスが答えます。


「私達は今でも並んでいるわ。私は、ギョロと一緒にいれば幸せよ」


 ギョロの胸は、なぜかチクチクと痛みました。


 ――それは本当なの?


「小魚達と泳いでおいでよ」


 ギョロは言いました。

 すると、ビスケスは益々寂しげな顔をしました。


「それは無理なの。だって私は……」


「私は?」


「小さな魚を食べて生きているから」


 トクン。胸が鳴ります。


 ギョロにはビスケスの気持ちがとても良く分かりました。だってギョロは、だってギョロも、おんなじだから。


 ギョロは一本の足を差し出しました。


「僕の足を食べなよ。そして、これからは小魚を食べるのをやめればいい」


「…………」


「大丈夫さ。僕の足はすぐに生えてくるから、気にしないでいいよ。僕の足を食べて、他の魚と遊んでおいでよ」


 ビスケスは悩みました。


 しばらく悩んで、それから、ギョロの足に噛みつきました。





 小魚達がビスケスを囲んで、何やらお喋りをしています。


「まあ、なんてステキなウロコでしょう」

「キレイね。羨ましいわ」

「その尾ビレを良く見せてちょうだい」

 

 ビスケスは誇らしげにクルリと回り、どういたしましてと、お辞儀をしました。

 小魚達はウットリ。



 そろそろ食事の時間です。ビスケスは小魚達にお別れを言って、ギョロのところへと戻りました。


「ねえ、ギョロ、聞いて。今日はね、みんなにたくさん褒められたのよ」


「そうかい、それは良かったね」


 楽しそうなビスケスを見ると、ギョロは嬉しくなりました。



 小魚達とビスケスがクルクルと追い掛けっこをしています。

 

 遊び疲れて息を切らしたビスケスが、ギョロのところに戻ってきました。


「いっぱい遊んだから、いっぱいお腹が空いちゃったわ」

 

 無邪気な笑顔。


 ギョロは新しく生えたばかりの足をビスケスに差し出しました。


「はい、どうぞ」


 ビスケスは、いただきます、と言って、その足をパクパクと食べました。



 なくした足を生やすには、ご飯をいっぱい食べなければいけません。


 ギョロはビスケスの目を盗んで小魚達を捕まえていました。ギョロにとっては当たり前なはずの、食べるということ。

 でもそれは、とても辛いことでした。ビスケスが小魚達と仲良くなってからは、特にいけないことのように思えてなりませんでした。

 だからギョロは、コッソリと小魚達を捕まえていたのです。


 ある日、ギョロは小魚の父子に襲いかかり、お父さん魚を捕まえました。


「ギョロ! なぜ、酷いことをするんだ」


「生きるために食べるだけだよ」


「私達を食べてまで、お前は生きる必要があるのか」


 ギョロはちょっとだけ悩みました。

 でも、すぐに頭をブンブンと横に振り、大きな声を出しました。


「そんなの、考えたことないやい!」


 ギョロは一口でパクリ。

 そして、それが喉を通り過ぎた時、ポロポロと大粒の涙を零しました。

 

 ――どうして生きなければいけないの? どうして食べなければ生きられないの? どうしてこんなに悲しくなるの?

 ねえ、どうして。どうして、僕達はこんなに()()()なの?



 ギョロが戻ると、ビスケスは心配そうに話し掛けてきました。


「大丈夫? なんだか顔色が悪いわ」


「平気さ。僕はいつだって赤い顔だよ」


「そういえば、そうね」


 ビスケスがコロコロと笑います。

 その姿を見て、ギョロは安心しました。

   

 ――そうだ、考えたってしようがない。僕にはビスケスがいる。ビスケスがいるだけで十分じゃないか。

 

 ギョロは、うん、うん、と何度も頷き、ビスケスを見つめました。


「ねえ、ビスケス。君はキレイだ」


「あら、ありがとう。突然どうしたの?」


「僕はね、分かったんだ。良く分からないけど、分かったんだ」


「おかしなギョロ」


 二匹は声を揃えて笑いました。

 笑いながらもギョロは、僕は気持ちを伝えるのが下手だなあ、と反省しました。


 気を取り直し、ギョロは言います。


「さあ、一緒に行こう」


 ミナミの海に向かって進む二匹。

 辺りはしんと静まり返り、目の前には恐ろしいほど透明な海が、果てしなく、果てしなく広がっていました。





 やがて冬が近付き、海の生き物達は寒さを乗り越えるため、ご飯をたくさん食べるようになります。ギョロも、そして、ビスケスもです。


 ビスケスのお腹が、ギョロの足が生え揃うよりも早く、グーグーとおねだりをしました。ギョロは足を差し出します。

 でも、ビスケスは首を横に振り、食べようとしません。


「ビスケス、食べなよ」


「まだ足がちゃんと生えていないわ」


「たまたまさ。すぐに元通りになるから、安心していいよ」


「でも」


「本当に大丈夫だから」


 ビスケスは困っていました。困っていましたが、ギョロが頑なに勧めるので、結局、足を食べました。

 ギョロは、それで満足でした。



 二匹を包み込んでいる海は、二匹を見守っているはずの海は、黙っていました。

 ただ穏やかに潮が流れ、そして、穏やかに時が流れていきます。




  海の底にはギョロがいる

    七本足のギョロがいる

  ギョロはニョロリと足のばし

    小さな魚を捕まえる

  ギョロリ目玉を動かして

    いつもエモノを探してる

 


  岩の影にはギョロがいる

    六本足のギョロがいる

  ギョロは落とした長い足

    だのに零した笑い声

  魚食べては迷いだし

    涙こぼした赤い顔



  草に隠れてギョロがいる

    五本足のギョロがいる

  ギョロは新たな足もとめ

    やたら魚を食べ漁る

  早く生えろと祈っても

    お日さま回れば足は減る



  砂に紛れてギョロがいる

    四本足のギョロがいる

  ギョロはとにかく食いしん坊

    いくら食べても食べ足りぬ

  腹が減っては足が減り

    足が減っては腹が減り

 


  闇に蠢くギョロがいる

    三本足のギョロがいる

  ギョロは魚を追うけれど

    慌て転んで逃げられた

  次の魚を求めても

    足を回せば空回り



  水に浮かんだギョロがいる

    二本足のギョロがいる

  ギョロは見つけた魚達

    だけど一尾も食べられず

  足がなければデクの坊

    潮と時とに流される




 深い谷が二匹を暗闇に閉じ込めていました。

 ギョロは、たった二本の足で必死にミナミの海を目指して進んでいます。


 ビスケスは不安そうな表情です。


「ギョロ?」


「ああ、そんな暗い声を出して、どうしたんだい? この谷を抜ければミナミの海なんだろう? 闇に怯えているのなら 僕が歌でもうたおうか」


 ビスケスは何も言いませんでした。ただ、お腹をグーグーと鳴らしました。二匹は、ずっと何も食べていなかったのです。


 ギョロは、ビスケスが足を食べようとしないことを知っていたので、自分で自分の足を引き千切り、それを差し出しました。


 ビスケスは、ああ、と声を出して泣きました。


 ――どうして?



 しばらく進むと、遠くに、縦に長く伸びた白い線が見えてきました。

 それは、谷の終わりを告げる光。近付くにつれ、その光は太くなり、やがて明るい海が現われました。


 二匹は、ミナミの海に着いたのです。


 空から降り注ぐお日さまの光キラキラ。

 白い砂、青い水、桃色のサンゴ、赤い貝、緑色の草。すべてキラキラ。


「うわあ、眩しい」


 ギョロはギョロリと辺りを見渡しました。


 その時、時折り光る何かに気が付きました。

 ビスケスがギョロの横を通り過ぎ、その光に向かって泳ぎます。ギョロは急いで後を追いましたが、一本の足ではなかなか前に進みません。待って。待って。ギョロは呟きながらもがきます。


 徐々にその光が何なのか見えてきました。

 ギョロは足を止めました。


 その光は、大きな魚達の群れだったのです。

 ビスケスが幸せそうに魚達と戯れています。懐かしむように、愛を確かめ合うように。


 良かった。仲間達と会えたんだね。ギョロは思いました。

 でも、なぜか複雑な気持ちでした。


「ギョロ! ありがとう」

 ビスケスが叫びます。

「ねえ、ギョロ。あなたがいたからここまで来られたのよ。あなたがいたから仲間達とまた会えることが出来たのよ」


 他の魚達も次々とギョロに向かってお礼を言います。


「この海で、みんな仲良く暮らしましょう」


 ビスケス達は、踊るように泳ぎだしました。海の天井には丸いお日さまが映っていて、それを囲むように七色に輝く魚達が、グルリ、グルリ。


 ギョロも仲間に加わろうと足をバタつかせ、上を目指しました。

 でも、すぐに諦めました。ギョロの体は、ゆっくり、ゆっくりと海の底へ沈んでいきました。

 

 ビスケスはとても楽しそうです。その様子を見て、ギョロは静かに頷きました。


「ビスケス!」


「なあに? ギョロ」


「僕はここにいる。海の底にいる」


「どうかしたの?」


「ここでお別れだ。僕は帰るよ」


「どうして? 一緒にここにいましょう」


「君は仲間達と一緒に幸せに暮らすんだ。約束だよ」


 ビスケスはキョトンとしています。


「ビスケス、さよならだ……」


 ――だって、見上げればその輝きは遠くて、足を伸ばしても、伸ばしても、まるで届きはしないから。君とのこれからを想い描いても、おぼろげな月よりも微かな夢だから。

 でもね、僕は幸せなんだ。君と出会えたから。そして、いつかまた誰かと出会うから。僕はやっと良く分かったんだ。ここは不完全な生命(いのち)達の完全な世界なんだ。

 欠けていれば埋めればいい。埋めるために欠けているんだ。そうだろ?

 君も僕も、出会って、別れて、出会って、欠けて、埋めあって、食べて、食べさせて、悲しんで、喜んで、泣いて、笑って、生きて、幸せなんだよ。


 ギョロは笑顔で足を振りました。

 ビスケスはギョロの表情から揺るがない気持ちを読み取ったのか、俯きました。


「ギョロ。ねえ、ギョロ。さようなら……」


 魚達の作る円は、まるで虹のようでした。

 

 


  海の底にはギョロがいる


    一本足のギョロがいる


  ギョロはいつでも待ちぼうけ


    丸い目玉で見つめてる

 



 穏やかな流れの中、ギョロは一人ぼっちでプカプカと浮かんでいました。

 目の前を小魚が通り過ぎても、一本の足では捕まえることも出来ません。


 ――ああ、お腹が空いたなあ。


 そんなことを考えていると、一匹の小魚の子供が、更に小さな小さな魚をくわえて、ギョロに近付いてきました。

 小魚の子供は小さな小さな魚を差し出し、ギョロに、これを食べて元気を出してね、と言って、ニコリと微笑みました。


おしまい

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― 新着の感想 ―
[良い点] ●タコの足の再生っていうのは知ってる方少ないのではないかと思うのに、そのタコと魚っという組み合わせでこのような話をつくるって凄いです。 ●ギョロとピスケスの心情の変化や葛藤、そして別れの場…
[良い点] 「ギョロ。ねえ、ギョロ。さようなら……」  魚達の作る円は、まるで虹のようでした。 なんとも切なくなる描写でした(>_<) でも…  小魚の子供は小さな小さな魚を差し出し、ギョロに…
2015/02/04 20:37 退会済み
管理
[一言] 私も、物語を考えたり書いたりするのは大好きですが、ギョロのお話は文のリズムも、内容もとても良かったです。 何故生きるのか、は、余裕のある人間だからこそ考えられるものだと思いますが、動植物達の…
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